そのよん
長いです、終わりません。他の話とバランスをとるために回想話を区切ります。
町の人たちから離れて、迎えの馬車を待つ時間。
マティアスはおせっかいな少女に対して自分に対して下心でもあるのだろうと侮る気持ちを抱いていた。
忍び歩きをしていると、金を持っているとそれを横取りしようとする輩か、その美貌に引き寄せられる者たちしかいなかったので、今回もそうだと思ったのだ。
一体どんな顔して自分に見とれているやら――そう考えて少女のほうへ目を向けると、彼女は自分を見ていなかった。
おそらくは迎えの馬車が来る方向なのだろう、道の先へと顔を向けてこちらになどひとかけらの興味も示していない。
思い込んでいた状況と違うことに屈辱を感じて「おい!」と苛立ち紛れに声を掛けた。
「どうしました?」
「お前は……」
待て、自分は今何と言いかけた? 何故私を見ないのだなどとは――言えるわけがないだろう!
「お前は、その、私がこのまま逃げるとは思わなかったのか? お前ひとりでは私に何の抵抗もできないだろう」
言いかけた事とは違うが、気になっていたことでもある質問をした。
少女はこの質問に苦笑で答えた。
「この地方はとても平和で、田舎の土地柄ですから難しい問題もほとんど起こりません。この街の自警団に常駐しているのは足の悪いおじいさんとその息子さんの二人だけなんです」
生まれた時から最高の警備体制の中を生きてきた彼には信じられない話である。
嫌味を言うのも忘れてつい、素に戻ってしまうくらいに。
「それでは、私を自警団に連行しようとしていた者たちはどうするつもりだったのだ?」
「貴方を押さえていたのは酒屋の店主でしたから、あのまま貴方を連れて行って自分で見張ろうとしていたのだと思います。ですが、このような理由で商売に支障をきたしてはいけません。それに、暴行事件などは直接オールセン男爵家が裁くことになっていますから、このまま屋敷においで頂こうと思いました」
当初の自分の考えが全く的外れなものであることに気まずくなりながらも、またもや意地を張ってしまう。
「だからと言って、私が素直についていくとでも思うのか? 暴漢なぞと二人きりになるとは、愚かな行いだぞ」
怖がらせようとすごんでみるものの、少女は柔らかな笑みを浮かべるだけだ。
「あら、本当に悪い人ならそんなことを確認しないですぐにわたしを殴りつけて逃げてしまっているはずです。貴方は優しい人なんですね……。わたしの事を心配してくださったのでしょう?」
至上の身分である王族のマティアスはこれまでの人生で、よいこと、成功することはできて当然、して当然の事として受け止められ、贈られる賞賛の言葉は上辺だけのものだった。
暴漢としての自分の立ち位置で誰かに認めてもらえるなどとは思っていなかった。
ましてや、こんな状況でおべっかなど使うはずもない。彼女は真実自分を見てくれたのだと悟った時、マティアスの心に広がったのは歓喜だった。
身分でもなく、見目でもなく、犯罪者となった自分を認めてくれた。
その喜びはそのまま少女への恋情へと発展し、現在の状況も忘れて跪いて求婚を始めようとしていた彼を止めたのは、ガラガラとなる車輪の音と、「あ、来たわ」と視線を外して歩き始めた少女だった。
「…………」
タイミングを外されたことで我に返り、ちょっと赤面しながら彼も後に続いた。
やがて、一頭立ての馬車が現れた。非常に簡素な造りの馬車である。
「ずいぶんと小さな馬車なのだな」
「急いでいるわけではありませんし、何かのパレードがあるわけでもありませんからこれで充分なんです。馬は貴重な労働力ですから、普段は一頭だけ残して農家に貸し出しています」
何故だろう、その話を聞いても、もはや彼女とオールセン男爵家を貧乏貴族と侮る気持ちにはならなかった。
馬車は二人の前で止まり、御者台から顔を出した従者がのんびりした声で問いかけてきた。
「アルメリアお嬢様~。お待たせしました~。お忍びは楽しかったですか~?」
「ルイス、貴方がそう言った時点でもうお忍びの意味がないけどね! ええ、とっても楽しかったわ!」
「それはよかったです~。……ところで、そちらの方は? 本日はお一人での外出と伺っておりましたが」
ふいに、間延びした口調を改めて従者がマティアスを見た。
「この人は屋敷に連れて行きます。町の人たちにそう約束しましたから」
少女の宣言にちらりと男を見つめて、従者はにこやかに告げた。
「さようですか、何があってそういう事態になったのかは町の人々から聞いています。暴漢と騒がれている人物ですから、馬車の後ろにつないで引きずって屋敷に戻りましょうか。町の方々も溜飲が下がると思いますよ」
「なっ、なんだと、この無礼者っ!!」
「駄目よ、なんてことを言うの!?」
既に事情を知っていたらしいルイスの発言にアルメリアは狼狽し、マティアスは激昂した。
この自分を引回しの刑にするだと!?
「何もおかしなことは言っていませんよ。素性の知れない方を主人と同じ馬車にお乗せすることはできませんし、町の方々が暴漢だと騒ぐ方と同じ御者台に座るのはお断りです。あなたがご自身の信用性を示すことが無ければ、引き回すか自警団に引き取っていただくしかありません」
その言葉にルイスと呼ばれた従者に自分の素性が知られていると確信したマティアスは、してやられたことに歯噛みしながら、『誓い』を立てた。
「……私は、これから馬車の中でこちらの女性に危害を加えないことを守護精霊イーヴィル・ロウに誓う」
それぞれの国を建国より守り続ける守護精霊に誓いを立てることは魔法学における『契約』と同じ扱いとされて、破棄すると誓いの内容に合わせた罰が下る。
その為に、守護精霊の名を使う誓いはほとんど使われることはない。破れない約束を交わすことは人々の日常生活において厄介なことでしかないからだ。
マティアスの『誓い』の内容は限定的なものだったが、その内容は申し分のないものであったので、ルイスは受け入れた。
「それでは、お嬢様。お客様。馬車にお入りになってください」
「わ、わかったわ」
「…………」
二人を乗せた馬車は走り出した。
全部回想。コメディらしくないですね、ごめんなさい。こうなったら本編後に番外編を書かなくては! ←自分の首を絞める発言