そのいち
目指せラブコメ。そして王道。
少女は花嫁衣装に身を包み、ふんわりと幸せそうに微笑みながら花婿の隣に寄り添う。
周囲からは惜しみない拍手が送られた。
本日夫婦となった男女に一人の淑女が祝福を贈る。
「二人とも、おめでとうございます」
「お嬢様……ありがとうございます」
「お嬢様っ、もったいない御言葉です」
夫婦の前に立ったのは、新郎が使用人として仕えている家の娘である。
たおやかな風情の彼女の名はアルメリア。栗毛の髪に若草の翠の瞳を輝かせて、結婚式に参列していた。
男爵家であるオールセン家は仕える使用人たちにとって仕えがいのある主人だ。
穏やかな男爵一家は下の者に当たり散らすことをしないし、使用人への援助も快くしてくれる。
今日の結婚式も、「誓約書に署名するだけでは味気ないだろう」という男爵の鶴の一声で行われたのである。
跡継ぎの兄は学院で生活をしているために参加できず、娘のアルメリアが様々な段取りをつけてこの日を迎えた。
領民に人気のある領主に仕える者の結婚式ということで、多くの参列者が訪れた式は朝のうちに始まったにもかかわらず、夜まで続いたのだった。
夜になると町は静かな雰囲気に包まれたが、酒をふるまう店ではこれからが盛り上がる時間帯だ。
人々は楽しげに笑い、食べて、酒を楽しむ。
そんな中、大きくはない店の一角にやたらと悲壮感漂う女性がいた。
女が一人酒場にいても、危険なことにならないくらい治安のいい町だが、あまりに深刻な様子なので店主もほかの客も気になっていた。
明るい金の髪は実は鬘であり、俯いているために誰にも気づかれない瞳の色は翠。
そう、彼女はオールセン男爵家のアルメリアだった。
泣きながら酒をあおる姿には、昼間の結婚式で見せた明るさのかけらもない。
アルマリアはひたすらに……ぼやいていた。
「何よ何よ。わたしが告白した時には、お嬢様には僕みたいな男はふさわしくありませんとか言ってあっさり断ったくせに。買い出しに出かけた先で声をかけてきた女の子の誘いには乗るってどういうことよ。落し物を拾ってくれたお礼だなんて、わたしは小さいころからいーっぱいあの人にお礼と称して贈り物をしたり食事に誘ったりしてきたのよ。『身分違い』ですって? 取るに足らない男爵家なんて庶民と結ばれるのに大した問題はないわよ」
一般に守ってあげたいと思わせるはかなげな美貌をくしゃくしゃにして、アルメリアは嘆き続ける。
家では結婚式のお祝いムード一色に染まっているために、悲しむことなどできなかった。
よって、お忍びで町に出てやけ酒を飲んでいるというわけだ。
最初はただひたすらに悲しいだけだったが、だんだんと腹立たしい気持ちが湧いてきた。結局のところ、彼女は思い人に振られたのだ。
しかも、思い人がほかの人と揚げる結婚式の段取りまでやらされた。こんなひどい目にあったのは何故なのか?
感情と酒に振り回された頭では考えがまとまらず、「身分制度が悪い」という極論に達した。
わたしが彼に振られたのも、彼がほかの人と結婚したのも結婚式の準備をさせられたのも。
「みんな身分制度が悪いのよー!」
ダン! と叩きつけるようにグラスを置いて叫んだ彼女に店の中が静まり返る。ところが、一拍おいてアルメリアの席から離れたテーブルで一人の男が立ち上がり、近づいて来た。
「威勢のいいお嬢さんだな。どうして身分制度が悪いんだい?」