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5、雷は落とされた

 あの後、多数の生徒と教師が超研に殺到した。あの妙な感覚はなんだとか、何が起きたとか。オカルトなんか信用しないと豪語していた科学部の連中も、今回ばかりは超研に走り込んできた。

 その人の群れから半分気絶状態の空衣くんを隠し、愛する紅茶をすすった水鳥先輩は悪びれもせずに言った。

「気のせいですよ」

……それで納得する生徒たちもどうかと思うが。

「あ、予鈴……」

「おいトモ、帰るぞ」

「断ろう」

「断られた!?」

「少々調べたいことがあるのでね。それから友里君」

 ぎぎぎ、と音が鳴りそうな感じで私が振り向く。美紀が苦笑した。肩に手を置く。

「大丈夫。先生には保健室って言っておくから」

「え、何。私サボるの決定なの?」

「仕方ないだろう。君しかできないことのほうが多いんだから」

「トモ、友里ちゃん使うの良いけどな、精神残量に気をつけてやれよ。口寄せも召喚もそれなりに精神力食うんだからな」

 残量とか使うとか私は道具なのだろうか。いつの間にそんな底辺に落ちぶれたのだろうか。

「じゃ、私達行くよ。空衣くん大丈夫?」

「いや……雷怖い……」

「あーあぁ。可哀想に」

 じと目で薫先輩が水鳥先輩を眺めるが、我関せずを表現する。あんたが原因だよ、と心中ツッコむが、残念ながら精神感応は使えないらしい。

 二人だけになったコンピューター室で、やや呆れたようにため息を吐いた。

「何ですか。授業時間減ったじゃないですか。どうしてくれんですか」

「まぁそうカリカリするな」

「高校生の授業日数は死活問題なんです」

「大丈夫だよ。君はとりあえず毎日学校に来ているみたいだしね」

「とりあえずってなんですか」

 ふむ、と顎に手を当てた先輩が頷く。

「言い変えよう。君はとりあえず毎時間授業に出ている」

「あながち間違ってないところがものすごく悔しい……」

 今授業中に寝たことを激しく後悔した。毎日一時間はサボってコンピューター室に入り浸る人間にとりあえずなんて冗談でも使ってほしくない単語だ。

「まぁ、そんな君が一時間授業をさぼったとしてなんら問題はないだろう。さて、友里君」

 素晴らしい速さのブラインドタッチで、ディスプレイに小さな画像と大量の文字が現れる。

「ちなみに僕はタイピング検定初段だ」

「聞いてませんよ。つうか心読まないでください」

「心は読めない。読めるのは活字だけだ」

「どうでもいいので早く進めてください」

 眉間にしわを寄せて水鳥先輩がディスプレイを指で示した。読め、ということらしい。

「……風蟷螂?」

「鎌鼬の同族だよ。鎌鼬ほど賢くはないから、純粋な暴力しか生まない、そんな妖怪さ」

「純粋な暴力……?」

「鎌鼬に斬られたことはあるかい?」

「そりゃあまぁ、ありますけど」

「鎌鼬に斬られても、痛みはないんだよ」

 ゆっくりと記憶を探る。家へ帰ったらいきなりふくらはぎが裂けていて、はっと周りを見渡せば小さな尻尾が見えていたっけか。

「鎌鼬は小さな薬のつぼを抱えて、人間を切った後即座に塗りつけるんだ。そして、何も知らずに家へ帰った人間が風呂につかった時の反応を見て楽しむ」

「最低ですね」

「……彼らの生きざまをたった一言で切り捨てるとは」

 やれやれ、といった様子で肩をすくめた先輩。やれやれはこっちの台詞だ。私の授業時間を返せ。

「風蟷螂は鎌鼬ほど脳が働かない。つまり、人間が切られて痛がる姿を見て、成長するんだよ」

「……でも、あんな妖怪が闊歩してたら藪なんか歩けませんよ」

「風蟷螂はもっと小さいんだよ。僕もあれだけ大きいのは初めて見た」

「そんなに、ですか。で、なんで私はお呼び出しされたんですか。帰っていいですか」

「まぁ待ちたまえ。友里君。君にはここで風蟷螂を召喚してもらいたい」

「……マジですか」

 頷く先輩。

 超研で一番戦闘能力が高いのは間違いなく水鳥先輩だが、二番手はおそらく私か空衣くんだ。空衣くんは言うに及ばないが、私の戦闘力は物理的な攻撃力だけじゃない。

 一度見た妖怪を強制的に現実世界に下ろせる。それが私達“イタコ”の特殊能力らしい。妖怪がその時言うことを聞くかはイタコの実力次第らしいが。

 口寄せとの簡単な違いは、口寄せは己の肉体に“霊”を下ろすが、召喚は何もない空間に“妖怪”という生き物を呼びよせるのだ。強制的に体から退出させられる口寄せとは違い、召喚は気を抜くと妖怪に食われるのであまり使いたくない技の一種だ。

「それを、やれと?」

「あぁ」

「死にますよ」

「殺させない。さぁさっさとやりたまえ」

 コンピューター室の狭い床に白い紙を広げる。簡易的な結界だ。そこに座れということだろう。どうでもいいが私はその結界が大っ嫌いだ。入るたびに背筋がぞくぞくする。要するに気持ち悪い。

「マジで呼ぶんですか?どうなっても知りませんよ?」

「召喚者が自分を信じなくてどうするんだ」

 まぁそうなんですけど。

 印を組んだり呪文を唱えたりなんて本格的なことは全くしない。私の召喚の場合は、その妖怪をイメージして地面に下ろすような感覚を繰り返すだけだ。

「……来たね」

 あぁ、とうとう呼んじゃった。

「うわ、でかい……」

「これを封印してしまえば話は楽だが、殺すのは好きではないな」

「何言ってるんですか……」

「友里君。妖怪は死んだらどうなるか、知っているかね?」

 突然のネタ振りに黙る。そんなの、死んだこともないのに知るわけがない。

「あくまで自説だがね、人は死ねば霊となる。そしてしばらくしたら成仏し、また巡り巡って世界に戻る。しかし、妖怪は“異形”だ。世界にあってはならないものだ」

「はぁ……」

「それは、この世に存在してはいけない。なら、消滅するしかないのではないだろうか」

 ぞくり、と嫌な感じに背筋が寒気だった。ポケットから綺麗な札を数枚取り出した水鳥先輩が、その冷たい目を私からそらす。

「まずは動きを制限しよう。話はそれからだ」

 そう言って水鳥先輩が札を貼り付けようとした瞬間。

「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 とんでもない速度で女子生徒が突撃してきた。

「へぶっ!」

 漫画のごとくぶっ倒れた水鳥先輩を容赦なく踏みつけ、涙目になりながら訴える。

「何してくれてるの!カマちゃんがいなくなったと思ったら貴方達、カマちゃんをどうする気!?」

「カマちゃん?」

『この妖怪の名前ではないでしょうか、友里嬢』

至極冷静に猫が言った。つかお前今までどこに行ってた。

「どうするって……そりゃあ消すんだろうね」

 心の中で私は知らないが、と付け加えるのを忘れない。

「そんな!」

「そんなもこんなもないさ。害になる妖怪を消すのが陰陽師の仕事だからね」

「害なんてないわ!カマちゃんはとっても良い子よ!」

 ほら、と女子生徒が近づいていく。いかん!と水鳥先輩が叫んだ。

「近づくな!」

「え?」

 言うが早いか、遅いか。

 奇声を上げた蟷螂が女子生徒に突進していく。

「友里君!」

「やってます!」

 全神経を風蟷螂に総動員させる。脳の奥がぴりぴりする。動機が激しい。苦しい。一つの体で魂を二つ従わせようとしているのだから当然と言えば当然だが、これはキツい!

「っあ……」

 頭が割れる!

 わずかに鈍りつつある蟷螂の動きなんか気にも止められない。目の奥がちかちかして、呼吸ができない。脳味噌に手を突っ込まれてかき回されているみたいだ。

 そもそも風蟷螂を呼びたすといったこと自体が私の力量不足なんだ。その上制御しようなんざレベル五でセキエイリーグに挑むようなものだ。あるいはレベル一でラスボスに挑むロトの心境か。

「うぐ……」

 冗談じゃない。レベル差は圧倒的でもそんな無謀な状況で魂を食われるのはまっぴらごめんだ。

「友里君、後少しだ!」

 結界を張ったらしい水鳥先輩が叫んだ。四方に札が置いてあるのが見える。けれど、すぐに視界はブラックアウトした。

 意識がもっていかれた訳じゃない、と気付いたのは瞼に熱い感覚がしたから。

「痛ぅッ!」

「友里君!」

 精神がぶれないから肉弾戦で行こうってか、この蟷螂!

 目が開かない、けれど耳元で聞こえた電気質な音が何故か心の奥から安心させてくれた。

「もっと話してから消したかったのだがね。事態が事態だ。覚悟はいいね?」

 水鳥先輩の声が近くで聞こえた。パリパリ、という音がバチバチに変わり、やがてゴロゴロに変わる。

「消えろ」

 らしくない声が至近距離から聞こえ、コンピューター室で本来起こりうるはずもないすさまじい落雷の音が響き渡った。

 どっと疲れが押し寄せる。消えたのだと悟った瞬間体の軸がぶれたような感覚でめまいがした。

「大丈夫かい?」

「目が開いてから言ってくれますか?」

「あ、あああああ……」

 がくがくと震えたような生徒の声がずいぶん遠くに聞こえた。実際遠いのだろうし、震えているのだろう。目が見えないというのはとことん不便だ。

『友里嬢、大丈夫ですか?』

「それも目が開いてから言ってくれるかな」

『おっと失敬』

 血だらけの所為で目が開かない。たぶん裂けているのだろう。しかしこの時間帯にこの怪我で保健室に行くのもいただけない。なんというか、猟奇的だ。下手すりゃサイレンもなるかもしれない。

「どうしましょうか、これ」

「そのままという訳にもいくまい。とりあえず包帯だけ巻いておくか。君!」

「はい!?」

「うじうじとしている暇があれば手伝ってくれ。大量出血で死ぬわけじゃないさ」

「……人を勝手に殺すな」

 ぱっくりといったであろう瞼に手をやろうとして、大きな手がそれを止めた。雑菌が入るから止めろ、という声が上から降ってくる。

「変なところでマメですね」

「女性の顔に傷を残したと言えば母からラリアットを喰らうからね」

 どんな母親だ、と突っ込みながら目の上の包帯をおとなしく享受した。目の上の異物感が気色悪いが我慢する。他人を気にしない自己中心的な先輩がかなり久しぶりに見せた気づかいだ。ありがたく受け取ってやろう。

 自分はなんて嫌な後輩なんだろう。今さらだが、と思って苦笑した。

「なんだ今の落雷音。おい超研。秋花薫。説明しろ」

「……あんのアホ野郎……」

「おーい?」

「落雷?なにもなかったですよ。幻聴じゃないですか?あったとしても俺は関係ないですよ?」

「……秋花、お前きっと疲れてるんだよ」

「普通言う立場逆じゃないですか?」

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