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3、貴方の歌をお聞かせください。

 「ちょっと待て。お前このタイミングでここによるか?」

「何がだね薫」

 靴箱前で薫先輩が水鳥先輩の肩をつかんだ。しれっと水鳥先輩がふりむくが、正直言って私は心臓がとまりそうだ。この状況で前を向かず懐中電灯をつけたまま玄関に立っていられるその精神を疑う。

「学校に来たら靴箱で靴を脱ぐ。これは常識だろう?」

「あぁ確かに常識ですよ。だけどな。今は常識外の行動をしてるんだよ!」

 思いのほか大きな声が出て、全員が口に指をあてる。懐中電灯のスイッチを切ると物陰に隠れて説教が始まった。

「と、いうか常識外の行動をしている自覚は無いんですか?」

「無いよ」

 さも当然のように言うな!

 途方もない怒りと呆れを何とか抑え込んで、ゆっくりと立ち上がる。よく叫ばなかったものだ。自分で自分を褒めてあげたいってこういうことを言うんだろう。

「さて、そろそろ行こうか。薫も五月蠅いことだし、ここはビニール袋を失敬して靴を入れていこう」

 ぺたぺたと足音を立てながら水鳥先輩が廊下を進む。なんでこの人はこんな状況下においてもマイペースなのか。今度モンブランの頂上に一人置いてきぼりにでもしてこようか。そうすればマイペースも治るかもしれない。

「そういえば空衣。お前のかーちゃんって狐なんだよな?」

「はい?え、あ、そうですけど」

「入学式とかどうしたんだ?」

「人間にきっちり化けられますよ」

 空衣くんが得意そうに言った。妖怪は意外とハイスペックらしい。狐と人間を行ったり来たりというのが何ともうらやましいなと思った。脱走するの簡単だろうし。窓から飛び降りるのも可能だし。

「でも母さん、最近どーも調子が悪くて。この前食べたチーズが原因だって言ってましたけど」

 ずいぶん現代的な狐なようだ。狐が乳製品食べるなんて聞いたことがない。

「紫の冠の人が食べさせてくれたらしいんですけど、どうも怪しかったって。顎髭長いし。木の棒持ってるし」

「えと、聖徳太子?」

「そうです!それです。さすが美紀先輩!」

 前言撤回。千年以上前の話がついこの間になってしまうのか。恐るべし狐。それを考えてか考えずか、美紀がのんびりと言った。

「じゃあ、ビオフェ●ミン飲まないとね」

「そうですね。明日買ってきます」

 千年以上前のチーズで腹壊すんならビオフェ●ミンの効果もかなり遅く来るんじゃないだろうか。そんなことを言うと空衣くんの何かが壊れるだろうと悟って、私は無言で笑っておいた。






 「さて、諸君。十時までまだだいぶあるが音楽室についてしまった!」

「しー!」

 全員が口元に人差し指を当てて叫んだ。ホントにこの人からは目が離せない。離したら何しでかすかわからない。急いで音楽室に連行して、中から鍵をかけてつっかえ棒を仕込んだ。窓には厚手のカーテンを引き、懐中電灯の明かりだけで椅子に座る。

「後二十分もあるぞ。どーすんだ?」

「とりあえずお茶を持ってきたから飲もうじゃないか」

「何故そんな結論に至るんですか」

「そこにお茶があるからだよ」

 頭が痛い。そこにお茶を持ってきたのは貴方でしょうが。自分で理由作っといてそれは結論になるのですか、とひたすら脳内でツッコむ。声に出せないのが悔しい。ちくしょう、先輩後輩は無くすべきだ。

「しかし……夜の学校というのも不気味なものだね」

 金属製のマグカップに紅茶を注ぎながら水鳥先輩がつぶやいた。ほぼ真っ暗の室内はしんと静まり返っていて、墨をぶちまけた黒さとはまた違った、不思議な色合いと調和している。

 私はこの闇が好きだ。蛍光灯みたいな人工的な光で照らされた、不気味なくらい明るい部屋よりも、こんな自然に溶けたような、藍とも黒とも言い難い闇が大好きだ。ここで目をつぶってじっとしていると、溶けてしまいそうな、消えてしまいそうな、危なげない心地よさが体を包んでくる。

「闇が怖い、なんて認識。私達には程遠いものなのかもしれませんね」

「だね」

 美紀が笑った。私達にとって、闇は還るところであり、怖いところではない。むしろ、私が私になれる貴重な場所なのだ。

「最近は純粋な闇が少なすぎる。妖怪にとっても、異能者にとっても、優しくない社会が出来上がってしまった。僕等はそのことを憂うだけで、何もしてこなかった。それが悪かったのかもしれないね」

 どこか遠くを見る表情で水鳥先輩が言った。空衣くんが小さく頷く。薫先輩が一口紅茶をすすってから、大きく息を吐き出した。

「神呼びなんて職業、この高校のどれくらいが知ってるだろうな」

「口寄せなんて単語も」

 私が小さく付け加えると、美紀が指を五本立てた。苦笑しながら紅茶を口に含む。

 カーテンを広げると、霞んで消えそうな星が見えるのだろう。いくらここが田舎だと言っても、表通りのネオンや街路樹のLEDは眩しい。節電を心がけるならその灯りを全て消せばどうだと叫びたいが、そんなことを今ここで叫んでも、お役所の偉い人たちは取り合ってくれないだろう。妖怪の一揆にあっても知らないぞ。

 少しずつ夜の闇が濃くなり、十時まであと数分の時だった。

『時間ですよ、ヴェンさん』

『ん……?起こさないでくれよアルト。朝帰りでねむいんだよ……』

『授業中眠らなかったのですか?彼女の歌、聞き逃しますよ?』

『それは困るけどさぁ……』

 全員の顔が凍りついた。すごくシュールな光景だった。シュールという言葉では足りないくらいシュールだった。美紀の口がどういうことなの?と動く。知るか。私が聞きたい。

 音楽室の肖像画(この高校は精神年齢が低いことに置いてある)から手のひらサイズの偉人がぴょんぴょん飛び降りてくる。ビデオ観賞用のテレビを精一杯ジャンプして電源を入れ、机の前にずらりと並んだ姿はそこそこ可愛かったが、違和感の塊に可愛さは払拭されたようだ。

 硬直している私達にようやく気付いたミニマムベートーベンが駆け寄ってくる。精一杯足を動かしているが、体が体だけでえらくスローだ。

『やぁ、お客さんだね。歓迎するよ。君達も彼女の歌を聞きに来たのかい?』

「歌?」

 美紀が首をかしげる。ミニモーツァルトが不思議そうに私を見上げた。

『おや。てっきり彼女の歌を聞きに来たのかと思いました。ご存じないのですか?』

「えぇ。彼女とは?」

『大戦で亡くなった歌手の方ですよ。ほら来ました』

 テレビからノイズとともに歌声が聞こえてきた。ソプラノと言うには少し低く、アルトより高い、透明な声だった。まるで澄んだ湧水のように私の耳を通り抜け、心地よいリズムとメロディーが轟音に疲れたそれを癒す。

「……いい声だね」

『だろう?我々の宝だよ。なぁ?』

『あぁ!』

ミニマムバッハが嬉しそうに同意した。のんびりと続くその歌は、軍事曲でもなんでもなく、最近はやりのなめらかな歌だった。こんこんと湧き出る歌声に、水鳥先輩がうっとりと眼を閉じる。

「素晴らしい歌声だね。テレビに憑いてるなんてもったいなさすぎる。そう思わないかい?」

「確かに、もっと知られるべきだよな」

「でも、妖怪の声は普通の人間には聞こえませんし。もったいないですねぇ」

 空衣くんが残念そうに言った。紅茶をすすりながら水鳥先輩が一人でもったいないもったいないと呟き続ける。

「あ、だからワイドショーがついてたのね。彼女の歌は人間には聞こえない。だからノイズも歌声も聞こえずに、民法のアナウンサー声だけが外に漏れてた」

「なるほど」

 水鳥先輩が珍しく素直に返事をした。わずかな優越感が心地いい。美紀が両手を合わせてぱちぱちと拍手する。薫先輩と空衣くんも加わり、拍手はかなりの音となった。テレビのノイズが少し嬉しそうにざわざわと囁く。

「うん。良い歌だったよ。君」

『またおいで。君たちなら大歓迎だ』

 ミニマムベートーベンがニコニコ笑いながら手を振った。同じように偉人達が手を振ってくれる。人差し指くらいしかない大きさの彼らが手を振るとちょっとした指人形劇みたいで可愛かった。

「それじゃ帰ろうか」

 薫先輩が右手を戸にかけた瞬間、どたばたという音が聞こえてきた。マズい。全員に緊張が駆け巡る。

 ゆっくりと近づいてくる気配は間違いなく鬼山だった。どうしよう、と口だけで美紀が言う。んなこと私に聞かれても知らない。いざとなれば先輩を置いて窓から飛び降りればなんとかなるだろう。幸運なことに動物霊ならうようよいる。憑依させて逃げよう。美紀と空衣くんは連れて行ってあげないこともない。

「だから友里君。君は先輩に対する尊敬の念を忘れてきたのかね」

「シー!」

 全員が合唱した。足音は近付く。そろそろ窓を開けようと思って立ち上がったその時。

「全く。君達は僕を侮りすぎだよ。こんな時の対策をこの僕が練っていないとでも思ったのかい?」

 どの口がそんなことを言っているんだ。

「……」

 白い紙をぱたぱたと振ると、私達と同じ大きさの人型の何かが現れた。何事かぶつぶつつぶやくと光速で移動を始めた。

「馬鹿な教師陣はこれでだまされるだろう。さぁ行くよ」

「どこから?」

 薫先輩が聞いた。しばらく沈黙の時間が流れる。

「……飛び降りる」

「あほか。ここ五階だぞ?」

「人間はやればできる」

「できないことだってある」

 珍しく薫先輩に言いくるめられている。非常に新鮮だ。

「そうだ。友里君。憑依させて飛べないかね?」

「体の構造は変えられませんしそんな都合よく妖怪が居るとでも?」

 さらに珍しいことに私にも言いくるめられている。いい気味だと思う一方、このままじゃヤバいと脳味噌が警報を鳴らす。見つかるのも時間の問題だ。

 その時、空衣くんが得意げに鼻を鳴らした。

「人間は空を飛べなくても、妖怪は飛翔することができますよ」

「あ!」

 全員がいましがた気付いたように叫んだ。我らが超研には本物の妖怪がいたことを。そしてその妖怪は後輩だと言うことを。

「空衣君!今すぐ変化して脱出したまえ!校舎を少々破壊してもかまわん!」

 先輩の特権をフル活用して水鳥先輩が叫んだ。校舎を破壊するのはいけないことだが時と場合によっては許してくれて良いと思う。

 黄金色の毛並みに捕まって空をかけると、校舎はぐいぐいと遠のいていった。

「ねぇ、空衣くんの毛並みってふさふさだね」

「確かにふわふわね。シャンプーとか何使ってるの?」

「パ●テーンです」

「「さっすがー」」

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