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2、夜の学校には危険がいっぱいです。

 午後九時五分を腕時計が告げる。どこに行くの?だとか何時に帰るの?などと心配する母親を説得し、制服に袖を通した。普通の格好で行ってもかまわないと言われたが、これが私の仕事着だ。それに許可はもらっているとはいえ制服なしで学校に入るのは気持ち悪い。

「あ、友里!ここだよ!」

 美紀が手を振っているのが見えた。紅い袴を穿いていることからやはり仕事という気持ちで来たのだろう。世間から完全に浮いた格好で手を振られて、私も周りの視線を気にしながら手を振り返した。

「やぁ、遅かったね、友里君」

「すみません。親の説得に少々時間を食いました」

「ふむ……。それは仕方がないね。僕等異能者と呼ばれる集団は周りの理解を得難いものだ。とくに君のような突発的な異能者は親の認知が追いつかない」

「はぁ……」

難しい言葉ばかり使われても、私の脳がついていかない。突発的?認知?成績優秀な水鳥先輩は周りも自分と同じ理解力を持っている前提で話すので、美紀なんかは隣で頭バーストさせている。秀才のマイペースは本格的に困る。

「それより、薫先輩はまだなんですか?」

 美紀が強引に話を変えた。バスが道路をパッパーと軽いクラクション付きで通り抜けていく。私達の隣のバス停で止まった。赤と白で塗り分けられたカラフルなバスからぞろぞろと人が降りてくる。これで降りてこなかったら確実に遅刻だ、と美紀が愚痴る。

「あ、皆集まってた?悪い」

「十分遅刻だよ、君」

「すいません、先輩方。事故が起こったらしくって」

薫先輩の隣から申し訳なさそうに小柄な男子が出てくる。はて、誰だったか。首をかしげていると、水鳥先輩が笑顔で男子に近寄る。

「久しぶりだね、えーと……空衣(あおい)君、だったかな?」

「あ、はい。そうです。部活にもなかなか顔を出せずにすみません」

「いやいや、気にすることは無いよ」

 ニコニコとやたら笑顔で握手する二人。周りの人間が変なものを見る目で二人を見ている。私と薫先輩と美紀はそっぽを向いて他人の振りをする。空衣くんには申し訳ないが、この先輩と同類格と思われるのは大変心外だ。私はまだ変人になる気はない。

「さぁて。大体君との挨拶は済んだところで。君、人間じゃないだろ」

 話のつなぎ方がかなりおかしかった気がする。そして話の内容もかなりおかしかった気がする。ぱーどぅん?貴方今なんとおっしゃいましたか?よく小説や漫画で自分の耳を疑うという表現があるが、実際にそんな感情を持つなんて夢にも思わなかった。否定するよな、してくれ。そんな目で薫先輩が空衣くんを見つめる。その思いを知ってか知らずか、照れたように頭を書いた空衣くんが一言

「いつから気付いていましたか?」

私達の期待を見事に裏切る返答をした。

「入学式から、かな。なんとなく周りとは違う雰囲気が出ていたからね。やっぱり、少し妖気が薄いのかな。半妖?」

「はい。母が九尾狐(きゅうびこ)です」

「あー……じゃあ、君長生きするだろうね。うらやましい限りだ」

 さも当然のように会話は進むが、これは普通の会話ではない。ついていくのが精いっぱいの、現実離れした会話だ。そもそも、妖怪と人間が共存するなんて、まず無い話なのだが。この先輩はそれが普通のように話を続ける。冗談じゃない。こっちはついていくのだけで精いっぱいだ。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。九尾狐ってなんだ?おいしいのか?」

「食べないでください」

 空衣くんがツッコむ。先輩に対して切れ味のあるツッコミを返すとは……私の中の株が少し上がった。

「ふむ……君達は知らないのか。九尾狐とは中国神話に登場する狐の妖怪だ。名前から分かる通り、九本のしっぽを持っている。妖狐の中でも特に万単位の年月を生きた古狐がこうなる。まぁ、古株ってことだな、君。空衣君。何歳かね?」

「はい?もう忘れちゃいましたけど……一番古い記憶は目の前でわけわかんない旗振りながら火縄銃……でしたっけ。なんかひもがひょろひょろ出た鉄筒で馬に乗った兄ちゃん達をばったばったとなぎ倒してるところですかねぇ……」

「えーと……長篠の戦?」

「そうです!それです!」

 ようやく思い出せた!ここまで生きると記憶あやふやで困るんですよねぇとかなんとか言いながら空衣くんが飛び跳ねる。頭が痛い。バファリン飲もうかな。私の周りには奇人変人が集う。もう慣れた気がしていたがその認識はどうやら甘かったようだ。

「長篠が……何年だったっけ、友里ぃ」

「あんたそんなのでよく高校入学できたわね……1575年よ。以後和やかな織田天下って覚えておきなさい」

「はーい」

「友里ちゃんって、教師向いてるかもね。なっちゃえば?」

「候補には入ってます」

 頭から白煙を出していた薫先輩がようやく会話に参加してきた。全員の復活を確認してから、水鳥先輩が号令をかける。

「さぁ、君達。いよいよ出発の時がやってきたようだ!」

 白い紙をぱたぱたと振って鍵の形に変化させる先輩。躊躇なく鍵穴に突っ込み、がちゃがちゃと適当に動かして門を開けた。金属のきしむ嫌な音がして、築ウン十年の校舎へと入っていく。

「あ、待てって智治(ともはる)!」

 薫先輩が水鳥先輩のファーストネームを叫びながら走っていく。と、いうか水鳥先輩の名前を聞いたのは初めてな気がする。いつも一人でコンピューター室にこもって妖怪と遊んでいるから、友達なんていないと思っていた。こんな卑屈で偏屈な先輩にも友達の一人はいたのかとちょっとほっとする。

「いいからついてきたまえ。遅いぞ、走れ!」

「おいトモ!お前が速いんだよ!」

 二人の掛け合いが夜の空気に溶けていく。こんなに騒いで宿直の先生にバレないのだろうか。後ろでキィィと音を立てて門がしまった。






 「さて、諸君。今から今日の活動を説明する。まず、音楽室の位置だが、本館五階。東階段から行くのが一番速いだろう。だが、それには大きな問題がある――――」

 何の問題だ。水鳥先輩がわざわざ“大きな”というくらいだから相当な問題だろう。全員が固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「二階に宿直室があることだ。そして今日の宿直当番は鬼の数学教師守山、略して鬼山が務めている」

「「「「な、なんだってー!」」」」

 小声で大合唱する。それを聞いて満足そうに両手を上げ下げする先輩。だんだん私までアホに見えてきた。

「ってどうするんだよ。中央階段から行ったほうがいいんじゃないか?」

「まぁ落ち着きたまえ、薫。ここに宿直当番の見回りルートがある。美紀君、懐中電灯を」

「はい、先輩」

 美紀がペンライトで光をあてる。白のA4サイズの紙に校舎の断面図が六つ、綺麗に並んでいた。

「この赤いラインが施錠確認ルート。そして緑の文字が見回り時間だ」

 ワードとペイントを駆使して書き上げたらしい。ゴシック体がポップに並んでいる。にしても、こんな情報はどこから仕入れてきたのだろうか。全てを知りえた素敵な中学生からだよとか言われると困るのであえて口にはしない。

「見回り時間は九時半か。そろそろだな」

「では入ろうか」

「「「「ちょっと待てーい!」」」」

「む。なんだね?」

 薫先輩が必死で水鳥先輩を押さえつける。この人はマイペースすぎだ。自分は決して見つからないとでも思っているのだろうか。この人だけなら捕まっても何ら関係ないが、今はグループで行動している。巻き添えはごめんだ。

「お前、いま何時だと思ってる」

「九時十五分だが、それが何か?」

「あと十五分で見回りタイムだろうが!危険すぎる!」

「どこがだね。十五分もあれば十分到着できるだろう」

 悪びれもせず先輩が言った。薫先輩が頭を抱える。激しく同情する。今度、彼の誕生日には頭痛薬を送ろうと決めた。

「もしもってのがあるだろうが。中央階段から行こう中央階段から」

「待ちたまえ。それだと七不思議のひとつにぶち当たることになる。七不思議を発見してしまうと、動きづらくなるのは僕達のほうだろう。口寄せの途中で鬼山と鉢合わせ、そんなのはごめんだ」

 もしそうなったら先輩を盾にして私は逃げる。

「友里君。君、今とてつもなく失礼なことを考えなかったかね?」

「気のせいですよ、先輩。疑心暗鬼だとクラスメイトから嫌われますよ」

「む……。そんな訳なので中央階段は却下。東階段しかないだろう」

 再び窓からの侵入を試みる先輩。それを必死で抑えつけていると、コンクリートの地面を踏む音が聞こえた。

「……しぃ……音……」

 鬼山だ。全員の頭にその単語が浮かぶ。あまりにも外がやかましいので見回りに来たんだろう。全員が息をひそめる。体を低くして、物影を探した。

「藪……!」

 とっさに私は思念を送る。足音に細心の注意を払いながらそうっと藪の中にまぎれた。動物霊が大量にわいていた。

「助かったよ友里君」

「ありがとな」

「さすがです先輩」

「ありがとー」

 褒められて悪い気はしない。少し得意げに鼻を鳴らすと、なぁ、と猫霊が擦り寄ってきた。

「っかしいな……確かに音がしたんだけどな。考えろ俺。俺が泥棒ならどこに逃げる?」

 余計な推理を始めた鬼山に空気読めない奴大賞を送ろうと思う。黒くねむそうな目が捉えたのは、私達にとって最悪の展開を予兆するそれだ。

「藪、か」

 マズイ。明らかにこれはマズイ。体をちぢこめても、確実に見つかる。非常に困ったな、と水鳥先輩が肩をすくめた。そんなことしている場合じゃないだろう、と薫先輩が頭をはたいた。その時、美紀が下唇に人差し指を当てた。そのあと、猫霊を指さす。

 口寄せをしろ、という意味だろうか。猫に一声鳴いてもらって、その場をやり過ごす。これは案外いけるかもしれない。鬼山は百メートルくらいに近づいている。やるしかないだろう。失敗したら申し訳ないな、と心の奥で思いつつ、私は下唇に指を伸ばした。子猫の霊と目があう。子猫がかるくうなずいた。

『なーぉぅ……』

 想像より物悲しい声で子猫は鳴いた。親猫を求める子のように、闇夜に小さく響いていく。

「なんだ、猫か」

 美紀が目でもっとやれ!と訴えてくる。私の意志で動くわけではないのだから、どうすることもできないが、子猫がそれに応じたようだ。二、三度。今度は嬉しそうに鳴いた。

『にゃぅ、にゃおぅん!』

 鬼山が遠ざかっていく。全員がほっと肩を下ろした。猫霊が嬉しそうに飛び跳ねる。

「こんな声、人間の声帯からでるのね」

「え?先輩があの声出したんですか?」

「そうよ。口寄せっていうのは、霊を私の体に乗り移らせることだから」

 自分の体を一時的に貸し出す、と言った感じだろうか。私の精神はいったん脇にそれて、霊が自由に動かす。口寄せ中は私の精神におかまいなしに体が動く。私が命令できるのは口寄せの中止だけだ。

「へぇ……口寄せって案外不便なんですね。霊を自由に操る術かと」

「まぁ、名前負けしてる術ではあるわね」

 事実をばっさり言われると痛い。戦闘向きではない術だし、霊の能力を一時的に使うことはできるが、それも私の意のままという訳ではない。訓練を重ねると意のままに操れるらしいが、そんなことをしている暇は学生にはない。

「さぁ、鬼山が行ってそこそこだ。そろそろ行こうか」

水鳥先輩が言った。全員ががさがさと立ち上がる。夜の学校は高く、威厳のある姿で立っていて、昼間あんなに親しみやすかった空間が一気に謎の建物という感じになっていた。

 懐中電灯が夜を切り裂く中、しばらく殺した足音が響く。

「そういえば、何で鍵を借りて入らなかったんですか?」

「ふふん、愚問だな、美紀君。無許可で侵入したからに決まっているじゃないか」

「自信満々にいう言葉とは思えないな」

「超研っていつもこんな感じなんですか?」

「否定できない自分が悔しいわ……」

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