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雨の日に神様を拾いました

掲載日:2026/08/31

 


 雨は、この二日、降り続いている。


 築百年を過ぎた平屋の屋根を叩く雨音は、雨漏りを受けるバケツの音と二重奏を奏でている。


 ミチルは、この家で一人暮らしをしている。



 昨晩、この家に闖入者があった。


 それは、今、段ボールのなかでバスタオルにくるまってじっとしている。



 昨晩、雨の二重奏の合間になにやら、鳴き声が……


 雨の中、外に出たくなかったが、ほっておくのも嫌だったのでミチルは外に出た。


 幸いというか、玄関の近くの植込みの陰に小さな体が見つかった。



 それを抱き上げると急いで家に戻った。


 タオルで自分と子猫の体を拭いた。


 牛乳を温めて皿に入れてそばに置くと、子猫は少しだけ舐めた。


 それから、すぐに寝息を立て始めた。


「よかった……」


 様子を見ているうちにミチルはそのまま、寝てしまった。


 ◆◇◆◇◆


 鳥の鳴き声で目を覚ました。


 朝日が障子を淡く照らしている。


 ミチルは子猫の無事を確認すると玄関を開けて、庭に出た。


「また草が伸びたなあ……あぁ、このお日様じゃ、もっと育つだろうなぁ」


 昔、祖父が丹精していた庭は、木も草も伸び放題だ。石灯籠は苔に覆われ、飛び石は雑草に埋もれている。



 家に戻ったミチルは段ボールをのぞいて「……あれ?」と言った。


 猫がいない。


「えっ、どこ?」


 それを眼にした瞬間、ミチルは固まった。


 縁側に、一人の青年が座っていた。


 二十歳くらいだろうか。


 雪のように白い肌。


 長めの黒髪が朝日に透けている。


 横顔が、整っていてまるで、絵画の人物のようだった。


 そして、何も着ていない。


 青年はゆっくり振り返る。


「ああ、おはよう」


 青年は前から、ここに住んでいたような顔で笑った。


「お、お、お、おまわりさん!」


「そんな名前じゃない」


「知ってるわよ」


「そうか」とまた笑った。


「警察を呼ぶの!」


「呼ばなくていいのに」


「いや、呼ぶ!」


「その前に聞いて」


 青年は穏やかに笑った。


「昨日、庭で助けてもらった猫だよ」


「……は?」


「だから猫」


「猫が人になるわけないでしょう!」


「そう思う?」


 青年は首をかしげた。


「証明しよう」


 そう言った瞬間、青年の輪郭が水面のように揺らぐ。


 次の瞬間、そこには一匹の白い猫がいた。


 ただし、子猫ではなく大人の猫だった。


「昨日は子猫でした」


 ちょっとだけ、残念そうな顔でミチルは言った。


「……」


 もう一度輪郭が歪むと人間に戻った。


「昨日は元気がなかったから子猫だった……今日は元気だし」


「と、とにかく、もう一回猫になりなさい。裸なんだから!」


「服を貸して」


「うぅぅ」


 ミチルは唸った。


「君、裸はいやなんでしょ。だから服を」


「もう」


 怒鳴りつけようと息を吸い込んだ所で思い出した。


 祖父の着物がある。


「待ってなさい」


 ミチルは足早に祖父の部屋に入った。


 タンスを開けると、懐かしさがこみ上げてきた。


 気がつくと、ミチルは祖父が一番気に入っていた着物を取り出していた。


「これ。着方はわかるかしら?」


 そう言いながら手渡した。


「おぉ、いい物だ。ありがたい」


 青年はぱっと立ち上がった。


「馬鹿!」


 ミチルはあわてて後ろを向いた。


 しばらくして「似合うかな」と声がした。



 背の高い青年には、着物の丈が短かった。だが、落ち着いた色合いの着物は、かえって青年の美しさを引き立てている。


 ミチルはその姿を眺め、素直な感想を口にした。


「似合ってる」


「そうか。いい着物だ。大切にされていたことが、よくわかる」


「そう」


 青年は満足そうに着物の袖を撫でると、家の中を見回した。


「いろいろと気に入った。ここに住む」


「は?」


「ここに住む。家も庭も、住人も気に入った」


「冗談はやめて。見ず知らずの人を住まわせるわけないでしょ」


「私は人ではないぞ」


「人じゃない? じゃあ、何だっていうの?」


「神だ」


「神?」


 ミチルは思いきり顔をしかめた。


「冗談を言ってないで、出ていって。警察を呼ぶわよ」


「無駄だ。私は神なのだから。猫の姿になれる人間がいるか?」


「そりゃ、いないだろうけど……神様だっていないの!」


「ここにいるではないか」


 青年は当然のように自分を指した。


「そうだ。ただで住むとは言わない。家賃を払おう」


「家賃?」


「金はないから働く。この家と、あなたを守る。用心棒というのか? それをしよう」


「用心棒……家を守るっていうことは、庭もきれいにしてくれるってこと?」



「そうだ。庭も家もきれいにする。それに、悪意を持って近づく人間はもちろん、魔も、さまよう霊や人に害をなす妖、呪いや災いの類いも寄せつけない。この家の敷地に入った時点で、わたしが追い払う。何が来ようと、あなたには指一本触れさせない。それを家賃としよう」



「この庭をきれいにして、魔も妖も、人間も何が来ても寄せつけない……」


 ミチルは考え込んだ。


 (それなら、あいつらにこいつをぶつけてやればいい)


「……そうね。それなら、いいわ」


「決まりだな」


 青年は満足そうにうなずいた。


「私のことは、夜刀と呼んでくれ。用心棒らしい名だろう?」


「確かに、それらしいかも。夜刀さんね。私はミチル」


「ミチルさんか。では、大家さんはミチルさんだな」


「そういうことになりますね」


 あまりに自然に話がまとまってしまったため、ミチルは少し不安になった。だが、今さら追い出せる相手とも思えない。


「では、朝食にしましょう」


 そこで、ふと疑問が浮かんだ。


「……あれ? 神様って、ご飯を食べるんですか?」


「食べたいです」


 急に夜刀の口調が丁寧になった。


「霞とかじゃなくて、ご飯を?」


「はい」


「神様の力で、ぱっと出したりは?」


 夜刀は無言で首を横に振った。


「……作りましょうか」


「お手伝いします」


 二人はなんとなく、いそいそと台所へ向かった。


 古い家に、久しぶりに二人分の足音が響いた。



 荒れ果てていた庭の片隅で、名も知らぬ白い花が一輪、静かに咲いた。


 それが奇跡の始まりだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます!


誤字や脱字をご指摘いただけることにも、心より感謝しております。

とても助かっています。


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