第二十七話「選びし立場」
朝の光が、石造りの屋敷にゆるやかに射し込んでいた。
重たい夜の残滓は、まだ空気の端々に残っているものの──王弟家には、ひとまずの静けさが戻りつつあった。
アメリア妃殿下は、クラウスとランの看護のもと、ようやく落ち着きを取り戻した。
毒の作用を見極めるため、信頼のおける薬師の手配も進んでいる。
出入りを監視された使用人たちは、ひとまず控室に隔離され、屋敷全体がひとつの息を潜めている。
僕は、窓辺に立ち、遠くに霞む城の塔を見つめていた。
「セラ」
静かに名を呼ばれて、振り向く。
王弟殿下──レオグランツ殿下が、執務室の扉を閉じたまま、そこに立っていた。
「少し、話せるか」
「……はい」
促されるまま、書きかけの文書が広げられた長机の向かいに腰を下ろす。
殿下の指先が、何気なく紙端を押さえる仕草をしてから、まっすぐに僕を見据えた。
「君の立ち位置を、問いたい」
その包み隠さない問いかけに、息が止まるかと思った。
「王太子の婚約者としてなのか、それとも──アルヴァ=クロイツ家の息子として、ここにいるのか」
言葉に、影が揺らぐ。
父と母や姉の顔。セヴァンの背中……そして、それらと対比するようなアリスタンの手の冷たさ。
(問われているのだ。僕自身の覚悟を)
僕は、答えるまでにひと呼吸、時間を使った。
焦って言葉を吐き出すより、自分の中をひとつずつ確かめるように。
そして自分の中の意志を伝えるために。
「アルヴァ=クロイツの者です」
その声音は、自分でも驚くほど穏やかだった。
「僕は、ジークムントの息子として、ここにいます」
王弟の目が、わずかに細められる。
「……そうか」
呟くようなその一言が、風のように胸を撫でた。
それが、承認だった。
「では、セラ・アルヴァ=クロイツよ。──ひとつ、頼みがある」
「……はい」
「王宮に出向いてほしい。アメリアの容態を、王太子に報告してほしいのだ」
その言葉に、僕は一瞬、言葉を失った。
「……“容態を伝える”……ですか?」
王弟は小さく微笑んだ。
その微笑の奥に、研ぎ澄まされた意図があった。
「そうだ。君が見舞いに来たのはすでに知られていることだろう。それを逆手に取りたい。敢えて、“弱っている”と、伝えてほしい。そして君には……」
「……王太子殿下の様子を探れ、ということですね?」
「出来るかね?」
正面から問われたその言葉に、僕はゆっくりとうなずいた。
「お受けいたします」
静かに。それでも確かに。
僕は、そう答えた。
※
馬車が揺れるたび、窓の向こうで城の石壁が近づいてくる。
王弟家を発って、まだ一時間も経っていないのに、風の匂いがまるで違った。
警備が整いすぎている城門。訓練された騎士たちの足音。兵の目線。
──僕は、王宮に向かっていた。
「セラ様」
低い声で、ランが控えめに言った。
「……くれぐれも、ご無事で」
僕は小さくうなずく。
その目に、不安と決意が同居しているのがわかる。
それは、僕も同じだった。
復讐をすると決めた僕の周囲には、明らかに“前”と違う空気が存在しているからだ。
これがどう僕の運命を転がしていくのか予想もつかない。
(いや……転がされる、ではないな。自分から転がらねばならない)
石段を上り、白金の扉が開かれる。
迎えに出たのは、アリスタンの侍従頭。簡素ながら整った衣服に、隠しきれない気迫がある。
「セラ様。殿下が執務室でお待ちです」
「……案内を」
扉の向こうから、乾いた光が差し込んできた。
その先に、あの男がいる。
アリスタン。──僕の婚約者。かつての、そして今なお名前だけが残された関係。
けれど僕は、ひとつ息を吐き、進んだ。
扉の前で立ち止まり、深く一礼する。
そして、執務室の扉が開かれた──
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