8話
「指名依頼、ですか?」
装備を受け取った翌日。
探協に入るなり探協職員から告げられたのは、ガルド商会から指名依頼が入っているとの報告だった。
淡い金髪にさわやかな容貌。スラっとした体躯のその男の職員はお手本のように、にこやかな笑みを浮かべている。
相手からどう見えるかを考えつくした感じのいい笑顔。シエナもやり手モードの時にやる表情だ。
"アイドルスマイル" 地球だったらそう呼ばれていたアレである。
配信者として実に見習いたい――身に着けておきたいスキルだ。
そして、俺みたいな見た目小娘相手にも丁寧な口調と気配り。
いや、小娘だからこそ警戒されないようにだろうか。
関わりの薄い職員からの報告ということもあり、対応がやや警戒を含んだものとなってしまう。
男は俺の思考が一回りして、落ち着いたのを見計らったかのように詳細を語り始めた。
「はい。ガルド商会より、腕のいい盾役を至急、紹介してほしいと依頼がありまして。協会としても、新進気鋭で勤勉。才能あふれるアルカさんを紹介させていただいた次第です。」
優男は俺の警戒を察してか、持ち上げるような言葉をはさみつつ、笑顔を深くする。
随分うれしい評価ではある。同時に、随分と都合のいい依頼だ。
ガルド商会。正直あまり聞いたこともなければ、関わりもない。
うれしいよりも先に"なぜ?"が来る。
「ありがとうございます。しかし……随分急な依頼ですね。出発、明日の明朝ですか?」
「ご指摘ごもっともです。それも含めての依頼料となっております。」
「確かに……条件はかなりいいですね」
依頼内容としては先行したパーティに加わり、未開拓地域に生息する希少魔物の討伐と素材の採取だ。
喫緊で必要な素材がうまく確保できない場合に、稀に出てくるタイプの依頼
――いわゆる『金なら出すから何とかしてくれ』パターン。
しかし、それを踏まえても結構な額である。
「先行組は男女混合パーティですのでご安心を。……うちのシエナから、男だけのパーティには入れないようキツく言われておりますので」
「ふふふ、それはご迷惑をおかけします」
シエナの裏話に思わず笑いがこぼれる。
そういえば
「今日、シエナは?姿が見えませんが」
「はい、彼女は昨日から昇格者研修に出ていまして。優秀な後輩を持つと肩身が狭いですね」
軽口をたたきながら、やれやれと首をすくめる優男。
覚えがあるなぁと自分の社会人生活に思いをはせながら、改めて依頼を確認する。
金額面――上々
難易度――対応可能
場所――まぁまぁ遠方だが対応可
日程――急だが問題なし。
信頼性――まぁ、探協経由の依頼だ、大丈夫だろう。
良し。そう判断して肩の力を抜く。意識して笑顔を作り、職員に答えた。
「わかった。依頼、受けさせてもらうわ」
俺の雰囲気が和らいだことを感じたのか、男もほっとした様子だ。
「ありがとうございます。探索者協会一同、アルカ様のさらなる躍進を期待いたしております」
「ごめんな、お兄さんの営業スマイルがまぶしくてな。思わず身構えてもうたわ」
軽口をたたいておく。男は、ボケに特に乗ってくれることなく、笑顔で手続きを進める。
「いえいえ。ありがとうございます。それでは、魔導端末をこちらへ」
「はいな」
つらつらと契約用の呪文を唱え、魔導端末に依頼情報を書き込み。契約完了だ。
実に手早い。優秀な職員さんなんだろう。
「はい、依頼受領完了です。前金はどうされますか?」
「そのまま貯金に回し取ってや。特に現金は要りようやないしな」
すでに師匠のところには月謝は払い済み、アイテムの買い足しは、魔導端末で行ける。
「かしこまりました。」
てきぱきと作業を進める優男。
ふと思い出したように顔を上げ、申し訳なさそうに言う。
「アルカ様にはご不便をおかけしてしまうのですが、今回は配信は無しの方向で」
「いやいや、配信は嫌がる探索者の方が多いしな。了解やで」
配信は禁止かぁ。新衣装お披露目をしたかったのだが、仕方がない。
心の中でため息をつきつつも、ひらひらと手を振り、問題ないことを告げる。
収益だけの話ではなく、定期的な配信は視聴者数の保持と増加に影響するため本音を言えばやりたかったが、ケースバイケース。
――せっかくの新衣装だ、せめて汚さないように気を付けよう。
「はい。完了です。出発は明日の開門時、東門横に竜車を用意していますので」
「あいあい、了解」
魔導端末を受け取り、受付を後にする。
契約期間や場所を考慮して、必要そうな物資を逆算してく。
ちょっと長くなりそうな依頼だ、サフィのとこでもろもろ補充して――
「探索者様。依頼の達成と無事のお帰りを、心よりお祈りしております」
背筋にぞわりと寒気が走る。
掛けられた見送りの声。
――声のトーンが、違う?
肩越しに振り返る。優男はにこにこと「なにか?」という感じでこちらを見るばかりだ。
……気のせいか
気を取り直すようにため息をひとつ。足早に協会を後にした。
◆◆◆
「はい~。これが"竜車"ですよぉ。おぉ、虚狐様よりずっとはやーい」
竜車。市バスほどのサイズの地竜の上に人と荷物が置けるスペースを取り付けた、それだけのもの
この世界に来て『意味わかんないもの』は多々あったが、竜車はその中の一つだ。
「それに、全然揺れませんねぇ。馬車とかだとお尻も痛くなるんですがねぇ」
爆速は地面が流れていくのに、車内はほとんど揺れない。気分はまるで高級車だ。
竜の足がぬるっと地面をなめるように動くせいかもしれないが、それにしたって限度がある。
他に乗客がいないことをいいことに、俺は最前列でその光景を眺めていた。
「竜車はですねぇ。外を眺めていると逆に酔うといわれていますので、参拝者さん達は気を付けてくださいねぇ」
砂ぼこりを巻き上げながら、舗装されていない道行を進む。荒地、急な丘、岩場に沼も何のその。
新幹線ほどもあろうかというスピードで竜車は目的地に進んでいた。
「なんと~!今日私は一人で竜車に乗っております!いやぁ、太っ腹な商会さんですねぇ」
ふと、荷台を振り返る。そう、一人だけである。
いつもだったら、詰める限りの人と荷物を積んで走るはずの竜車には俺だけ。かなり異常事態だ。
俺を運ぶためにいくらかけているのか。ふと怖い想像が浮かんでしまう。
慌てて頭を振り、思考をかき消した。
「……しっかし、配信ごっこも空しくなってきたなぁ」
ため息をつき、座席に座り込む。
暇と退屈、わずかな寂しさを紛らわすためにやっていたエア配信もいよいよ限界が来てしまった。
どうしてだろうか、いまいちエネルギーがわいてこない。
「配信で"見られる"ってんで、テンションを保っとったところあるんやなぁ」
意外な発見である。
シエナの不在に唐突な指名依頼、空っぽの竜車。
地球でも、異世界では特にそうだが、"いつもと違う"ことが重なるときは何か起こるときだ。
――それも、結構な確率で面倒事が。
<<孤高の美少女……ありがてぇ、ありがてぇ……>>
「はぁ、脳内コメ欄まで過疎っとる。虚無配信かな?」
沸き上がる不安を押さるように、尻尾を取り出し、撫でる。
いつもならすぐに不安が消えていくのに、今日はなぜかへばりついた油の様にぬぐえない。
「これバラエティ番組なら“ドッキリの仕込み”やろ。誰も乗ってへん竜車って、怪しすぎひん?」
<<お、面倒事フラグかー?>>
無言でエアコメントを振り払い、座席に深く身を沈めた。
◆◆◆
「おい!さっさと回復しろ!急がねぇと間に合わなくなんぞ!」
「すんませんジルダさん!」
竜車を降りてすぐ、宿営地に入るや否や怒号が耳を刺した。
思わず空を仰ぐ――着いた瞬間即修羅場である。
とっさに竜車に戻りたくなるが、あきらめて視線を向ける
宿営地では泥だらけでボロボロの男たちが何やら騒いでいた。
俺に気が付いたのか、ジルダと呼ばれていたリーダー格の男がこちらに気が付き、走り寄ってくる。
「あぁ、お前が救援の盾持ちか。すまねぇな出迎えも出来なくて。俺はシルダ、このパーティでリーダーをやってる。一応、銀槍級だ」
「いえ、大丈夫です。私はアルカ、鉄盾級です。――しかし、随分慌ただしいですね。何かあったのでしょうか」
つい余所行きスタイルで対応してしまうが、気にしていない――気にする余裕もないようだ。
「いや、な」
言いづらそうにシルダは答える。
ジルダの口元には後悔が浮かび、厳めしく眇められた眉間には深い皴が刻まれていた。
「依頼の途中で、未発見のダンジョンを発見したんだ。つい……中に入っちまって……。それで、途中で面倒な罠にかかってな、ウチの女衆がまだ中に取り残されてんだ。」
「それは、また」
自業自得
言ってしまえばその一言だ。
新規発見のダンジョンは、まず協会に届け出るのが“最低限の決まり”だ。
盗掘の防止や発見者の権利の保護、そして何よりその危険性から、発見即突入は禁止されている。
――目の前の男と同じように、利益に目がくらんだ事故は往々して起こっているようだが。
「こんなこと、臨時のお前に頼めた義理じゃあねぇんだが……すまねぇ!あいつらを助けてやりてぇ!一緒に、ダンジョンに潜ってくれねぇか」
「……急ぎ、協会に連絡した方が良いのでは?」
ぐっと身を乗り出しながら言ってくるシルダに、一歩引きながら答える。
彼らのやっていることは明確な規定違反だ、探協に報告すれば罰則もあり、罰金も科されるだろう
しかし、探協は速やかに高位探索者を派遣してくれるはずだ。
今、臨時のメンバーで突撃するよりもずっと安全なのは間違いない。
シルダは苦悶するようにと目を伏せ、絞り出すように言った。
「……あいつらも出血してたようなんだ、多少の備えはあるだろうが、長くは、もたねぇ。」
ばっと顔を上げ、シルダはそのまま頭を下げた。
「救出さえできれば、罰でも何でも受ける!お前は、優秀な盾役だと聞いている。この通りだ――
血を吐くようにジルダは叫ぶ。
あぁ、こいつはきっと責任に押しつぶされそうな自分を奮い立たせてこの場に立っているのだろう――そう思いたかった。
「――頼む!あいつらの助けを呼ぶ声が耳から離れねぇんだ!」
……けど、どこか、セリフが整いすぎてる。
一言一言が、まるで台本にでもあるかのようにスムーズすぎる気がした。
本当に切羽詰まった人間って、もっと感情的じゃないか?
この小さな身体より、頭二つは高い男の後頭部を見下ろしながら、考える。
ふと、俺の中の冷たい考えが首をもたげる。
『――じぶんらが勝手に突っ込んで、さらに人を危険に巻き込もうとしとるんか?』
思わず喉元まで出かかったその言葉を、ぎりぎりで飲み込む。
頭ではわかっている。
疑念に従って俺が突入を拒否すれば、多少なりとも"正しさ"は保たれる。
しかし、ここでもし助けに行かず、あの女探索者たちが死んだら。
それを、あとから知ることになったら――
多分、俺は一生、寝覚めが悪い
――はぁ、探索者、いや社会人失格だ。
ため息をひとつ吐き、地面に視線を落とす。
そして、口角を引きつらせながら言った。
「……協力しますわ。――ただし、報酬はそれなりにかくごしといてな?」
あるべき論でいえば、自業自得、即時帰還と報告が鉄則だ。
完全な規則違反。感情に流された愚行に頭が痛くなる。
――あぁ、シエナに激詰めされる。
ぱっと、頭を上げたシルダの表情は、歓喜と安堵が浮かんでいた。
「!!ありがてぇ!――おい!お前ら、準備急げ!突入するぞ!」
「「へい!」」
ほんとに面倒事になったなぁ。
すっかり癖になったため息をつく。
見上げた空にでは、黒い太陽がやけに強く、輝いているように見えた。
やるからには全力や!頼むで!気合い入れて生き残っとってくれな!
ふん、と気合を入れ、盾を背負いなおす。
話がまとまったのを察したかのように、背後で竜の鳴き声が響く。
振り返ると、もう竜車の後ろ姿。来た道を高速で引き返し始めていた。
随分と、早いお帰りやな?
迷いを断ち切ってくれるかのようなその動きに苦笑を漏らす。
<<じゃ、帰りの足しまっとわね~>>
<<お、ここから地獄ツアーかな?>>
もはや職業病になりつつあるエアコメ芸を手でかき消しながら、慌ただしく準備を進めるジルダたちを眺めるのだった。
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