7話
『ギ、ギィイイイイイイ!』
生木がへし折れるような悲鳴を上げ、人面樹の化け物、トレントが絶命する。
長く伸びたその鼻の下。人間でいう人中の部分に突き刺さっていた拳を抜き、魔石を抜き取った。
「ふふふ~。武器を奪っただけで油断するなんて、小癪、小癪ですよぉ」
ちらりと、視線だけで使い魔を確認する。
機敏な動きで安全な場所を確保しつつも良いアングルで俺を捉えてくれている。――サフィさまさまである。
ちょっと、ローアングルに寄ろうとするんは難点――要調教だな。
<<あぁ、良い画角。ありがてぇ、ありがてぇ……>>
<<どんどん身体強化がやばくなってんなぁ。>>
<<トレントごときでイキってる?>>
<<つっよ!>>
<<メイスがメイン武器じゃなかったんですか!?嘘つき!!>>
<<拳でトレントぶち抜く巫女……おるぅ?>>
<<使い魔、動きいいね!どこの商会製?>>
コメントが流れていく。
以前増えた視聴者も継続して視聴してくれているらしく、最近では200人前後の同接で安定していた。
コメントの盛り上がりを眺めながら肩の力を抜いていく――周囲に追加の敵もナシ。
額に滲んだ汗を拭い、配信を意識して笑顔を作った。
「はい、それでは~。これからトレントの枝を伐採していきますねぇ」
スッと、斧を取り出す。
魔力を吸ったトレント材は建材にも武器にも薪にも高値がつく。
が、トレントのような大きい魔物は、すべてを持ち帰ることは難しい。金になる部位を解体して回収するのが基本だった。
もっと稼ぐには、自前の運搬設備が必要かもしれない。
運搬用の魔道具を買うにも、人を雇うにも金が要る。なんにせよ金が足りないのだ。
世知辛さに涙を拭きながら斧を握り、トレントに近づいていく。
今回の目的は、武器などに使用される重要部位、魔枝だ。
<<あっ……>>
<<アルカちゃん、斧使えんの?>>
<<無理じゃないかなぁ、根本的に武器に向いてないんだよね>>
<<不器用……なんすね>>
以前からの視聴者が余計な情報を追加していく。
やめろ!新規さんが『あ、そういう感じの奴ね?』みたいなリアクションになってるだろ!
「あ、失礼なことを言ってる邪教徒がいますねぇ。ふふふ……みとけよぉ」
<<おうおう!やったれアルカちゃん!>>
<<いや、一般人でも斧は使えるし余裕やろ>>
細く息を吐き、意識を集中。ゆっくりと、斧と自分が一体化するように構える。
目標と斧、そして正中線が一本の線状なることを意識する。
「ふん!」
気合い一閃、枝へと振り下ろした。
――破滅的な音を立て、斧の腹が枝にぶち当たった。
「……ちょっと、失敗したみたいですねぇ」
<<……お、ウケ狙いか?>>
<<ちょっと斧曲がってね?>>
<<基本からやり直せ>>
無言で、再度振り下ろす。無様にも斧は斜めに枝にぶつかり、大きく揺らすにとどまった。
フォームは!フォームは完璧なはずなのに!
「……っち!」
斧を放り投げ、メイスを取り出す。
身体強化を張り巡らせ、構える。――幾度となく繰り返した必殺フォーム。
「砕け散れ! 天!罰!」
<<舌打ち助かる>>
<<え?>>
<<え?>>
<<え?>>
<<は?>>
なじんだメイスを枝の根元に振り下ろす。
先ほどに倍する音を立て、トレントの幹から枝がはじけ飛んだ。
数ある枝の中でもひと際魔力を含んだその魔枝は、先ほどまでの猛攻をうかがわせるオーラを放っていた。
掴んだ手のひらがじんわり痺れる。魔力を多く含む素材特有の、いやな感触だ。
「よし!成功です!トレントの魔枝、ゲットですねぇ。うーん虚狐様の加護を感じますぅ。」
へし折った――採取した枝を高々と掲げる。
<<さすがメイン武器!!(白目)>>
<<おまえはなにをいっているんだ>>
<<天罰くらうべきはお前では?>>
<<これは邪教>>
無事素材を手に入れたにも関わらず、コメント欄は非難囂々だ。
「はぁ?結果的に素材は手にはいったので成功ですよねぇ?」
人をほめられない奴らに苦情を入れながら、バキバキと追加の枝を収穫していく。
――持って帰れるものは持って帰る。それが探索者の基本だ。
<<お、そうだな>>
<<斧も扱えない奴が探索者やってるってマジ?>>
<<俺も天罰食らいたいわぁ>>
<<おなかすいてきた>>
つらつらとコメントと会話していると、軽い効果音と共に強調表示のコメントが流れた。
<<依頼成功おめでとう!:200L>>
「あ!お賽銭ありがとうございます!あなたに虚狐様のご加護がありますように!」
使い魔のグレードアップによって搭載可能となった投げ銭機能だ。――詳しい仕組みは不明である。
<<お賽銭!:200L>>
<<かわいい代:300L>>
「わ、わ、わ。ありがとうございます。ありがとうございますぅ」
触発されてか投げ銭が連投される。
ひとつひとつは、決して高額ではないが配信を認めてもらえたようで、じんわりと心にやる気が満ちていく。
使い魔も心なしか嬉しそうにふよふよ浮いていた。
放り出され、ルールも常識違うこの異世界。
本来の自分を知る人間が一人もいないなか、ここまでつぶれずにやってこれた。
――なんだかんだやれてるのは、視聴者のおかげかもしれない。
たまにはお礼でも言ってみるかとコメントに目を通す。
<<つーかホットパンツじゃなくてスカートにしてよ>>
<<は!?お前邪教徒かよ帰れ!!>>
<<使い魔ちゃん!もうちょっと絶対領域アップにして!>>
<<うーんアルカちゃんの外套の中に住みたい>>
「キモ」
俺がちょっとでも感謝しかけたのが間違いだったかもしれない。
ため息をつきながら、荷物をまとめ帰還の準備を進めていった。
◆◆◆
ヴァルクに帰還し、探索者協会で素材の精算と報酬を受け取る。
根元を砕いたこともあり、素材の買取価格が下がることは覚悟していたが、魔力が標準よりも多かったらしく、むしろ増額だった――斧ぐらいは使えるようになれと怒られたが。
『斧ぐらいは使えるようになれ』実に正論である。なんでこう不器用なんだろうか?
何はともあれ、貯金も増え実績も積み重なってきた。この調子でいけば、認定を上げられる日も近いだろう。
仕事の成果がパッと評価されて、ランクとして目に見えるのは非常にやりがいがある。
日本ではなかなか得られない経験だ。
最近では探索者の知り合いも増えてきて、しばし情報交換。
パーティの誘いをてきとうに交わしながら、協会を後にした。
順調である。ぼんやりと考えながら、俺は武器防具屋「鉄ノ華工房」へと足を向けていた。
ザ・民家といった門構えのその店は、何を隠そう俺の装備一式をお願いしている通いの店だった。
扉を押すと、ガランとベルが鳴る。
ドアから真正面に見えるカウンター。そこには、鮮やかなピンク色の髪を一本の三つ編みリボンにまとめた、身長120センチのちんまりした体の少女が仁王立ちしていた。
相変わらず、どう見ても幼女だ……不思議な生物、ドワーフ。
その不思議生物こそ、この少女こそ店主"ヴィリアント親方"だった。
「いらっしゃ~い!……んまぁ、アルカじゃない!そろそろ来る頃だとおもってたわよん!」
「どーも。」
見た目と出てくる言葉の差にめまいがする。
オネェ口調の少女。間違っているような別に問題ないような不思議な存在。それがヴァリアント親方だ。
「最近調子もいいみたいじゃな~い。シエナが自慢げに言いふらしてたわよぅ」
「あいつ、一発しばかなあかんかもなぁ……」
俺は苦笑いしながら、カウンターに近づく。
「それで、頼んでたやつ……もうできてる?」
「できてるに決まってるでしょ!――ドワーフの名にかけて納期に遅れたことはないんだから。ほらほら、奥で試着しちゃいなさいな!」
ヴィリアント親方がちょいと手招きすると、奥の作業台から、体長1mほどの魔法生物たちが手際よくいくつかの包みを運んできた。――見た目はでかいハニワだ。
「ノーム、やったっけ?ホンマえらいわぁ、この子くれへん?」
「バッカいってんじゃないわよぅ!小さくても精霊よ?使役するにも手順ってもんがあんのよ手順が!」
軽口を笑い飛ばされる。
併せて笑いながら、俺は包みを受け取り、奥の鏡の前でそっと広げる。
今までと同様に白を基調とした外套。しかし、同じなのは白い布という点だけだった。
「これは、すごいな」
「依頼通りの品に仕上がってるはずよ!生地は宵蜘蛛製、予算内で防御系の魔術繊維も織り込んであるわよん!」
手触りだけで、耐久性の桁が違うことが分かる。ほのかに魔術の反応も感じられ、実際に魔力を込めれば布とは思えない防御力を発揮してくれるはずだ。
「まぁまぁ!重要なのはそこじゃないわよん!っさっさと着てみなさいよぉ!」
言われるがまま、外套を羽織る。
全体を整えた後備え付けられた鏡に姿を映した。
おぉ!これは想像以上!
単純なイメージとしては巫女服の上に羽織る"千早"だ。
本来非常に薄い布で作られることの多いそれを、裏布をしっかり当て探索者仕様に丈夫かつ多機能に。加えて、配信映えするようにデザインにもこだわり作成してもらった。
単調にならないよう裾に向かって、夕焼けを思わせる朱色のグラデーション。さりげなく金の装飾が光り、邪魔にならないように考慮された飾りひもや護符、留め具が配置されている。フードの縁には、銀糸で精巧な模様が縫い込まれていた。
裏地の黒色生地は単調にならないよう光の角度で藍色が浮かぶ。
フードの模様なんて、俺が適当に描いてみせた鳥居を基にしているはずなのにうまいことデザインに落とし込まれている。
「なんちゅうか……もう、さすがプロやなと」
「あっったりまえでしょーう!!」
そう言いながらも親方は胸をそらし、まさに鼻高々状態。
一見シンプルながらも随所に回復薬の収まるポケットや道具固定用のフックといった探索者用の工夫が凝らされ、使用者のことを考えたまさに逸品だった。
軽く魔力を流してみると、やわらかく全体にいきわたり、各種防御術式が展開されるのが感じられた。
「どうよ、"映える"でしょう!?」
武器防具屋「鉄ノ華工房」――民家に擬態したこの店は実用重視の武器防具だけでなく、配信者用に見栄えも十二分に意識した装備を作ることに定評のある隠れた名店である。
「せやな。まさに"衣装"って感じや」
「面白い仕事ったわよう!アルカの出してくれたデザインもここらへんで見ないものが多かったし、私も勉強になったわん!」
親方の弾む声とドヤ顔、ノームたちのにぎやかしを聞きながら、自分の格好を確認する。
地球じゃ服なんて仕事着くらいしか意識してなかったのに、今じゃ見せるための服にこだわってる自分がいる。
外套を広げるようにし、グラデーションや装飾の具合を確かめる。
親方が俺の周りをちょろちょろ回りながら、こだわりポイントや苦労話をしてくれる。
「アルカも、もっともっと有名になって魔導モニタに移るくらいになりなさいよ!そこであんたと魅力を世界にみせつけてやんのよ!装備はそのためにあるんだから!」
「それはでかい夢やなぁ」
有名どころの配信者は魔導モニタで放映されることもあるんだっけ?
先は長そうだなと苦笑する。
「まっかせなさい!どんどん目立って、どんどん稼ぎなさいよう!」
親方の元気な声を背に、店を出る。外套の新調も済んで、装備はバッチリ。
一文無しから始まった異世界生活。
探索者としても、配信者としても、何とかやっていけている。
決して100点満点ではないが、悪くない。この調子でいけば当面は大丈夫だろう。
――たぶん。何かやらかしさえしなければ。
ふと、尻尾がぴくりと動いた。
フードをかぶる手が、ほんの一瞬だけ止まる。
「……ん?」
小さな違和感。けれど、首を振る。
もう一度フードをかぶり直して、新しい外套の裾を指先で軽く整える。
港町の通りへと足を踏み出した。
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