幕間3
薄暗い廃屋。埃っぽくかび臭い空気が漂うそこには、一人の少女と一匹の狐の姿があった。
意識を失い倒れ伏す少女。その姿を見ながら、狐は大きく口をゆがめた。
少女の姿は、“元の姿”とは似ても似つかない。まごうことなき、絶世の美少女。
そして――かつて狐が焦がれた宵森の少女によく似ていた。
『耳と尻尾が生えたのは予想外じゃったが……くくく。思ったより相性が良かったのかのぅ』
くらりと視界が揺れる。
千年の封印。そして、信仰されることなく忘れられていったことで、神格としての存在もまた徐々に崩れていった。
そのうえで権能を曲解して発動した"界渡り"。
人の身に干渉した反動と合わせ、狐の存在は限界を迎えていた。
輪郭はすでに不安定で、神性の残滓が霞のように空気へと溶けてはじめている。
『しばらくは眠ることになるか……。まぁ、ええ。』
少女への賞賛、信仰、嫉妬、悪意はすべて狐の力に代わる。
ただ生きているだけでも、この少女は多くの感情の波にさらされるだろう
眠る少女に近づく。
そうして、吸い込まれるようにその体の奥深くへと溶けていった。
『あぁ、次、目覚めるのはいつになるやら……十年後か、二十年後か……。この男――いや娘しだいかのぅ』
かつて自分をたぶらかし、封印した宵森の女。
その血族が自分を身に宿し東奔西走する様を想像しながら、狐は深い眠りについていった。
◆◆◆
――狐が次に目を覚ましたのは、自身の予想より遥かに早かった。
『……んあ、ん……なんや騒がし……って、ちょっと力が戻っておるのぅ?』
底をついたはずの神気がわずかに回復している。
全盛期からすれば塵ほどの回復量ではある。だが、予想よりも遥かに早い目覚めに、狐は戸惑いながら意識を浮かべた。
(なんじゃ?小さな教団でも立ち上げたのかの?それとも村ひとつ支配下に置いたか?どれ、様子だけでも見てみるかの――)
――と、その瞬間、脳天に響き渡る巫女の罵倒。
「あーあ。本当に虚狐様って、試練の難易度調整ヘタクソですよねぇ!だから毛もハゲハゲで千年貧乏社で封印されるんですよ、バァーーーカ!」
『虚狐って、わらわのことか!?えっ!?いきなりめちゃくちゃディスられておる!?……は、ハゲてないわ!神じゃぞ!?』
意識が急浮上し、視界がぱちんと開く。
そこには、宿主の少女――アルカ。
血に濡れ、息も絶え絶えのその姿の向こうに、異形の化け物が構えていた。
『――はぁ!?なんでこんな妖と相対しておるのじゃ!?ていうか右腕は!?』
かつて、自らの神気で作り上げた最適化された肉体の片腕が、消失している。
『わらわの最高傑作がぁあ!!』
混乱のまま、戦闘が始まる。
いや、すでに始まっていた。
流れる血、折れた肋骨、損傷した内臓。巫女の体は満身創痍だった。
『なんでじゃ、なんでこんな危険なことしとるんじゃ……その体ならどんな生き方だって――』
狐の混乱が加速していく。男が10人いたら12人が振り返る美貌を与えてやったのだ。
権力者の妻になって裏から世を牛耳ってもいい、
金持ちをたぶらかして財産を捧げさせたっていい、
そうでなくても教祖として信者から貢がせたらいい!
『なんで自分で直接戦っとるんじゃ!?』
独特の価値観で混乱する狐を知ってか知らずか宿主の罵倒は続く。
「ふっ!ほんと、にっ!ウチの虚狐様は、ねぼすけ、です、ねぇ!」
『起きとる!起きてはおるのじゃ!!もうちょい敬え!!』
――【魔力充填完了――ラギア・コア、起動します】
「は?」
『は?』
混乱し、慌てる主従を後目に、覚醒した異形の右腕が状況をひっくり返す。
【充填率10、20、30%。魔力供給はこれ以上困難と判断――】
「待っ……ちょっとだ、け……待――!」
『待っ……ちょっとだ、け……待――!』
急激に吸い上げられる神気。魂の奥底から、容赦ない強制吸引。
存在の核にすら手を付けようとするような、ぞっとする不快感。
……直感でわかる。これは――わらわの敵じゃ。
【――限定発動、マナ・フレア】
再度薄れていく意識。
自身の核をかろうじて守りながら、狐は危機感を強め。
『こ、これ、復活が遅れると吸い尽くされる……!』
――頼むのじゃ巫女よ!早めに信仰を集めて欲しいのじゃ!
消えゆく意識の中、一応神である狐は自らの巫女にそう祈るのだった。
これにて1章終了となります。
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