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20/21

幕間2

――却下。


薄い紙束を片手で揃え、もう片方で木の印をぽん、と落とす。


依頼の紙は次から次へと積み上がる。

騎士団への回復剤納入依頼。――却下。

怪しげな貴族からの毒薬精製依頼。――却下。

国王陛下への精力剤納品依頼――却下。


どれも却下、却下、却下!

こういうのを片っ端から断っていくのが、午前中のわたしの仕事だ。


――どれもこれも面白くない。


いつものように、端の欠けたカップから湯気だけは立派な“謎茶”をすすり、却下印を押した紙を使い魔に咥えさせて奥の投函口へ運ばせる。

猫背はさらに丸くなる。店の炎は気まぐれに揺れるが、客は来ない。

静かなのは嫌いじゃないけど、退屈はきらいだ。


――面白いこと、ないかなぁ。


机に額をつけ、ぼんやりと今日の出来事を思い出す。


◆◆◆


「えっと、シエナからの紹介で来ました。アルカと申します。」


朝一番。シエナの紹介で、妙な子が来た。狐耳の黒い子。顔も良く、声もいいそして年は若い。

なのに妙に大人びた――世の中に擦れた話し方。

所作に微妙な違和感が混ざる。場数を踏んでいるのに、踏んだ場所が違う、そんな印象。

渡されたシエナからの手紙には、ダンジョン配信に必要な"機材"一式を何とかよろしく。

それだけ書いてあった。


あの女……。

付き合いだけは長い悪友の身勝手なお願いに青筋を浮かべつつも少女――アルカちゃんに向き直る。


――あぁ。いらっしゃい。配信ってことは。使い魔をお探しかな?売れ残りだけどいいのがあるよ


格好いい女店主の対応。この街でも有数の魔導具師としての威厳を見せつけつつ対応する。


「へ、へ、へ。い、いまっしゃい、ませぇ――」


……噛んだ。声も裏返った。

終わりだ――かっこいい店主プランは、初手で瓦解した。


はぁ、いつもこうだ。人と対面するとどうしてもうまくしゃべれない。


「……」


少女の顔に変化はなかった。まるでこんな事態になれているとでも言わんばかりに変わりなく。

こちらが慌てれば慌てるほど、彼女の方が冷静に見えるのはどういうことだろう。


「え、えっと……」


猫背を正そうとして逆にぎこちなくなる。


「し、しえな、さんの……ご紹介で、すよねぇ?」

「はい。シエナからの紹介で参りました。アルカと申します」

「は、はは……ぁ、アルカ……ちゃん……」


少女は同じセリフを繰り返した。仕切り直ししてくれているのだろうか。

対するこちらは名前を呼ぶだけで噛む。声が裏返る。終わっている。


「あ、あのぅ……えっと、な、何をお探しで……?」

「使い魔を一体。配信に必要と聞きましたので」

「つ、つか……つかいま!あぁ、だ、大丈夫ですぅ。対応可能……ですぅ」


早口になりすぎて、語尾が伸びた。


「売れ残りですけどぉ……割引きの生成品があります。見た目はちょっとアレだけど、配信に、は十分なはず……」

「ありがとうございます。ぜひ、それを」


少女は即答した。


「せ、説明……要りますかぁ?」

「はい、お願いします」

「おぉ……おおぅ……」


即答されて逆に動揺する。舌がもつれてうまく言葉にならない。

それでも必死に説明を始める。


――半刻後。


「それでね?ちゃぁんと納期に間に合わせたのに、あのカス、他店に決めたからもうお金払わないって――!」


気が付けば手振りまで加えて、売れ残り使い魔のことではなく商売の愚痴をぶちまけていた。


「それは最悪やなぁ。訴えたりできへんのか?」


黒耳の少女――アルカちゃんは眉をひそめながらも、相槌はやさしく滑らかだった。


「うぅ、それは私が悪かったんだけど、契約交わしてなくて……」

「なるほど……。契約なしで口約束やと、相手の言い分が通ってしまうもんなぁ」


「そ、そう! そうなのぉ! だから、だからぁ……!」

気づけば語尾が上ずり、声が早口になる。だが、彼女はうんうんと頷いてくれるだけ。


「……あぁ、それはあかんなぁ」

「でしょでしょ!? わ、わたしばっかり損してぇ……!」


気づけば机に身を乗り出し、初対面の相手にまで商会への不満や同業者への文句を洗いざらいぶちまけていた。


――アルカちゃんの相槌が、気持ちよすぎるのが悪いのだ。


◆◆◆


……その日のやりとりが頭から離れないまま、机に突っ伏して悶える。

――初めて会った、年下の子にあんな醜態晒してっ!!


ようやく頭と顔の温度が下がってきたころ、ふと気が付く。


「そういえば、配信しててもおかしくないよねぇ」


そう思い立って魔導端末を開き、配信を調べてみる。

アルカ――ヒットなし。

狐娘――ヒットなし。

探索者、ダンジョン配信――ヒットしすぎ。


「うーん……」


もっと詳しく詳細を聞いておけばよかったと後悔しながらも検索を続ける。

そういえば、なんか口を滑らせてたなぁ。


虚狐――結果:1


「はっけ~ん」


【ダンジョン配信】虚狐神復活配信part1


思わず頭を抱える。

考えすぎて、逆に意味わからなくなった配信名。


「誰が見るのこれぇ」


……そう思った矢先、画面のカウントダウンに気が付く。

『――配信予定:あと00:02』


あぁ。しかも、もうすぐ始まる。始まってしまう。

待機所には私含め5人しかいない。

いや、初配信で人がいること自体はラッキーなことなんだけど。


待機所のコメントが流れていく。


<<クソ怪しすぎ>>

<<通報準備完了>>

<<我、光神教也。邪教撲滅>>


ヤバそうなのしかいないし……。

あの子の笑顔が曇るところは見たくないが、でも見たい気もして、どうしようもなく端末を握りしめる。


「あぁ、サムネイルもちゃんと設定してないから真っ暗だし……。あ、あぁ……初配信でこれはぁ……」


共感性羞恥で胃がきゅうっと縮む。けれど同時に、胸の奥がざわつく。


――あの子はどんな配信をするんだろうか


「……ふ、ふふ。へへへ」


私は自分の声が漏れたのに気づき、慌てて口を押さえた。



端末をカウンターに置き、椅子を引き寄せる。炎がひとつ強くゆらめいた。


◆◆◆


――配信が始まる。

画面は真っ暗。聞こえるのは呼吸だけ。緊張が伝染してくる。


声が聞こえる。

店で話したときとはうって変わって、随分とやわらかな――かわいらしい声。


『……あー、あーあれぇ?飛ばへん……?なんでや?』

「あぁ、映像がはいってない……ちゃんと説明したのにぃ!」


<<映像入ってないぞ>>

<<あ、声かわいい>>

<<光神様も良しと言っています>>


『うお!これがコメントか!?――いや、ん、ん』


慌てたように咳払い。不器用に作られた声が配信に乗った。


『み、みなさん~。ちょっと、まってな――待ってくださいねぇ』


ごそごそと、何かをいじる音。

ようやく映像が流れ始めるも、持ったままONになってしまったのか、ご尊顔がドアップだ


『わ、わ!ちょ、ちょっとまってな、仮面が仮面がまだで――』


<<……>>

<<は……?かわ>>

<<光神教は改宗を認めています>>


何とか配信を始めるが、その後も散々だった。


――挨拶をすれば


『こほん。えー……きょ、今日はですねぇ……その……』


挨拶が崩れる。口上の台本がない。キャラクターの人格が固まっていない。語尾が揺れている。


『虚狐神教の、あー、筆頭巫女の、えっと……アルカや――じゃなかった、アルカです……』


名前を噛む。かわいい。けれど、惜しい。キャラの骨格がまだ見えない。


『音、だいじょうぶですかぁ?もしもし――あ、あれ、小さい?えっと確かこの辺にく……あ、あぁあぁあぁ』


メインの感度をいじったのか。音が上下に跳ねる。


……調整もままならぬまま、彼女は配信を続ける。

次の場面は、いよいよダンジョンへの移動だった。


『それではぁ、今日は軽めにダンジョン外周を――』


立ち上がって、出発。


……映像が動かない。


「使い魔、忘れてるねぇ」


映っているのは無人の空間。空寒い空気だけが流れ、足音が遠ざかる。

初心者あるあるではある。


<<どこいくねーん>>

<<置いてかれた使い魔くん>>


『あれっ?、あぁぁ! ちょ、ちょっと待ってな!』


フレーム端に戻ってくる狐耳。画面下にメニューの反射。追従ON。ようやくカメラがすべるように動き出す。

追従が遅れている。……初心者あるあるだ。


無理な追従に魔力の供給が不安定になったのか、カメラが床を舐めるように沈む。


ローアングル。


「おっと」


つい、身を乗り出してしまう。

画面いっぱいに足。装束の裾がふわりと翻る。本人は気づかず、視聴者だけが息をのむ。


『あ、あれ?なんでや――あ、なんででしょうかぁ?……使い魔ー?』


「使い魔に何が映っているか、意識しないとだめだよぉ!」


余りに無防備なその姿に、つい突っ込みを入れてしまう。


<<み、みえ!>>

<<くっそ!気が付きやがった!>>

<<神はホットパンツは素晴らしいと言っています>>


こいつら……。


その後、幾度か使い魔の追従を試し、歩き撮りに戻る。

絶妙な歩行速度。ぐっと声も聞こえやすく映像も映えるようになった。


「アルカちゃん、ちゃんと成長してるなぁ。ふふ」


ぎこちなさの中にも、少しずつ慣れが見え始めた――。


そうしてたどたどしいながらも、コメントのやりとりもしながらダンジョンの外周を一周。

いうなればお散歩配信だろうか。

内容という内容はなく、とにかく配信してみた、というのがありありとわかるものだ。


そうして迎えた、締めの挨拶。


『えっと、それでは、虚狐様のご加護があらんことを――って、あれ? ご加護のポーズってどんなんでしたっけぇ……』


「ふふ。設定、覚えてないねぇ」


彼女はそれでも笑って、頭を下げて、挨拶を続ける。

手元は少し震えている。震えは、わたしの胸にも伝わる。

初回の恐怖。わかる。何度装置を作っても、最初の点火だけは怖い。


<<初々しいの好き>>

<<狐耳ええやん>>


「へ、へ、へ……悪くないよぉ」


わたしは端末のボリュームを少し下げ、のどの奥で笑った。


アルカちゃんが、画面越しに手を振っている。

今日はここまでか。ひとつ、退屈を紛らわせるものを見つけてしまった。

端末を操作し、初めてコメントを書き込む。


<<初配信美少女。ありがてぇ、ありがてぇ……>>


『!『ひだまりおじ』さん、コメントありがとうございますぅ。また見に来てくださいねぇ!』


あんなに大人びて見えた子が、今は無邪気に笑ってこちらに手を振っていた。

胸の奥がじんわりと熱くなった。


炎が細く長く揺れた。


「……ひ、ひ、ひ」


笑みがこぼれる。猫背は、少しだけ伸びていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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