17話
ちょっと炎上した。
――と言っても、ちょっとで済んでよかったと言えるだろう。
正直、もっとガチでヤバいことになると思ってた。探索者永久停止とか、尋問――下手したら拷問とか、牢屋行きとか。
だってよ?
他人が権利を持つ新発見ダンジョンへの無許可侵入。
しかも内部での戦闘、遺物の持ち出し、証拠物品の持ち逃げ。
おまけに、ジルダたちが奪ったアイテムの数々はいまだ行方知れずというオチ付き。
――完全にやらかしてるわ。
しかし、探協の医務室で目を覚ました俺を待っていたのは、司法機関による拷問と尋問――ではなく泣いて謝るシエナと仁王立ちの探索者協会協会長だった。
涙を拭き、説明してくれたシエナによると
事の発端は、崖っぷち運営のガルド商会という中堅商会――およびそこの専属探索者ジルダたち一行。
俺に依頼を案内したイケメンの兄ちゃんは、そういった商会やろくでもない同業者から金をもらい"お仕事"をしていたらしい。
「どこにも悪いやつはいるもんですね」
余所行きスタイルで対応する。俺の声に協会長が反応した。
ドアの脇からこちらへ歩いてくる。
え、やっぱこっから拷問が始まんのかな?死刑?死刑かな!?
ベッドサイドまで寄り、こちらを見下ろす協会長。
クソでかい。分厚く鍛え上げられた筋肉と2mは越えているであろう体躯。
これで、現役を引退してるとか絶対嘘。
恐怖から目をそらしつつ、見上げていると
――突如、その頭が地面に叩きつけられた。
落雷のような轟音が響く。
「本当にすまない。謝って済むことではないことは百も承知だ」
「え、ちょ、ちょっと!」
The・土下座である。
この世界にも土下座なんて文化あるんだ!と思う余裕もなく慌てることしかできない。
頭を下げたまま微動だにしない協会長。
助け船を求めるようにシエナを見ると、いつもの明るい雰囲気はなりを潜め、沈痛な面持で答えた。
「……今回の一連の出来事は、探索者協会としても、そして私個人としても、極めて重く受け止めています。
協会の職員が探索者様を欺き、罠に嵌める――そんな蛮行が、私たちの内部で行われていたこと。絶対に、許されることではありません」
そこで言葉を区切り一度頭を下げるシエナ。
次に頭が上がったとき、その瞳には燃え上がるような怒りが込められていた。
「すでに内部調査と粛清は全力で進めています。今回の関係者はすでに処分済みです。これは、あなたに対する責任であると同時に、私たち探索者協会という組織の信頼と、存続を賭けた問題である。我々はそう認識しています。本当に、申し訳ありませんでした。あなたを信じさせ、そして裏切る形になってしまったこと――私は、一生忘れません」
絶句してしまう。どこか現実味を感じられていなかったが、今回の件、かなり大事のようだ。
黙っている俺に何かを察したようにハッとして、協会長は続ける。
「君に依頼を持っていった職員はすでに処分している。望むならその証も――」
「いらない、いらないです。本当に結構です」
だからその脇に置いた"壺"しまって?
壺からはみ出した"金色の細い何か"なんて、俺は見えてない。見えてないからな?
そうか、とどこか残念そうにつぶやく協会長。
なんでもこの協会長、元金級越えで二つ名持ちの探索者、ゴリゴリの武闘派だ。
とにかく手広く、様々な地域をまたにかけ活躍した猛者でダンジョンを踏破したのも1回や2回どころではないらしい。
今回、俺の救助に来たのもこの人。風のうわさによると竜車より速いとかいう眉唾な伝説もある。
そんな化けも――猛者が目の前で土下座しているのだ、俺の胃はキリキリ、心臓はバクバクだ。
「そ、それでダンジョンの権利もっとった商会さんからはなんか言われてへんのか?」
この物騒な話を切り上げるべく、強引に話題を変える。
実際、新発見ダンジョンの初回探索は見つけた者に権利が発生する。
場合によってはこの右腕も返せ!と言われてもおかしくない。
思いっきり寄生されたとはいえ、再度右腕を切り落とすというのは勘弁して欲しいんだけど……
やや言いにくそうにシエナが付け加える。
「当初、商会からはアルカさんのその遺物を引き渡すよう、要請がありました」
「……当然やろうな」
顔が曇るのが分かる。商会の主張は当然の権利だ。
そこを保証するのが探索者協会の仕事の一つ、今日はその話も合って協会長も出張ってきたのだろう。
片腕になるのは痛い。個人的にも探索者的にも、そして配信者的にも大激痛だ。
しかし、この世には通すべき筋というものがあるのも事実。
ルールを破った奴が、のさばっとったら示しがつかないもんな……。
「はぁ、しゃあないわな。できれば――痛くないようにしてくれると助かるんやけど」
ぽつりといったその一言に、部屋の空気がピタリと止まった。
「え?」
え?ってなんだ。俺が聞きたいわ。
「あ、いや、この右腕切り落として商会さんに返すんやろ?できれば、麻酔とかで寝てる間にやってほしいわ」
化け物に右腕を切り落とされたときの感覚がまざまざとよみがえる。
もう一度あれは味わいたくない。せめて意識のないうちにひと思いにやってほしいもんだ。
何でシエナは盛大に顔を引きつらせてるんだろうか。
「いやいやいや!何言ってるのアルカちゃん! そんなわけないでしょ!」
心底驚いたような反応に、こっちがびっくりする。
そこに、重く低い声が割り込んできた。
「君が持ち帰った遺物についてだが――我々が取り上げることはない」
声の主は協会長。正座しているにもかかわらず、ベッド上の俺より視線は上。
元来、口数の多いタイプではないのだろう。言葉を選びつつ、しかしはっきりと言う。
「探索者協会の不手際で、四肢を失った者から、さらにその手を奪うような真似は――決して、しない」
静かに、けれど全身から覚悟のようなものを滲ませて。
この人がトップなんだなと、改めて思い知らされる。
「……せやけど、それじゃあ商会さん側は納得せぇへんのやない?」
商会側から見れば俺は盗掘者側だ。俺の体もあるが、通すべき筋があるのもまた事実。
「えぇ、多少は……揉めました。初回探索での戦利品はダンジョン発見者が得られる大きな利益の一つですので」
シエナは淡々と答える。
その口調があまりにさらりとしていて、逆に怖い。
「せやろ?だから――」
「なので――」
遮るようにシエナが被せる。
……シエナちゃん。ちょっと顔が怖いんだけど。
シエナは薄く笑みを浮かべてこの話の落としどころを語り始めた。
「なので――代わりに、今回の元凶となったガルド商会を潰し、彼らが持っていたダンジョン権利や資産、そして関連の従業員含め"すべて"を渡すという形で、なんとか手打ちになりました――探協からも多額の賠償金を払っています」
シエナはまるで天気の話でもするように言う。
サラッと言ってるけど、かなり物騒な事言ってない?
「実は……内部調査自体は、以前から別件で進めていたんです。まさか今回の件にまで繋がっていたなんて、私も驚きましたけど」
シエナは、わずかに唇を噛むように言った。
「あちらの商会も最初は強く主張していましたが、交渉の末、賠償と引き換えに組織の清算で合意していただきました。多少強引ではありましたが」
「ガルド商会、潰したんか?」
「はい、跡形もなく」
シンプルかつ即答。
そこに一切の情緒や情けはなかった。
「それって……つまり?」
「はい、すべて。商品も、資産も、事業権も、人材も――商会長とその家族、愛人に至るまで、"すべて"です」
そのすべてに"命"まで含まれてるんだろうなぁ……。
いや、物騒だなぁ!?
頭の中に、あの壺にさっきの壺がよぎる。
じわじわと、冷たい汗が背筋を伝っていった。
部屋の中に、沈黙が流れる。
いつの間にか身をかがめていたシエナにそっと抱きしめられる。
「でも、ほんと無事でよかった。」
その声は震えていた。
「シエナ」
――ごめんな。
そう言おうとする直前。シエナは顔を上げる。
そこには――見惚れるほどの作り笑顔が浮かんでいた。
「それでね、アルカちゃん」
圧力を感じるほどの笑顔。
先ほどとは違う、冷たい汗が流れる。
「――私、今回の配信見てたんだぁ」
「ひえっ」
瞬間、憤怒の顔になったシエナはまるでマシンガンのように言葉を吐き出した。
「『死にかけてます』じゃないでしょ!心臓止まるかとおもったよ!自分がどこのダンジョンにいるかも把握してないし!協会長を送り込むのにどれだけ困ったと思ってるの!大体――」
――お説教は10分ほど続いた。
「……はい、はい、すみません。反省してます。」
「ほんとだよもうっ!」
最後は怒鳴るでもなく、膨れっ面で拳をコツンと俺の額に当ててきた。
そうして、再度ぎゅっと抱きしめられる。
「お願いだから、自分を大事にしてよね」
小さくつぶやいたその声は、ふざけていなかった。
◆◆◆
目を覚ました後、二、三日ほど探索者協会の医務室で療養し、俺はようやく――宿へと戻ってきていた。
時刻は昼を少し過ぎたところ。
しばらく離れていただけなのに、建物の影や漂う香りが、やけに懐かしく感じる。
久しぶりに実家へ帰ってきたみたいやな。
独特の緊張が少し足を重くする。
宿のドアを開けて、ひょっこりと顔を覗かせ、声を掛ける。
「ど、どうも戻りました~」
わずかにいた酒場の客が一斉にこちらを見る。
カウンターの奥から、いつもの豪快な声が飛んできた。
「なんだいアルカ!生きてたのかい!」
「へ、へへ。恥ずかしい限りで……」
エプロンで手をぬぐいながら、女将さんがこちらへ向かってきていた。
その快活な笑顔にホッとする
「てっきり依頼にしくじって、くたばったかと思ったよ!いつ部屋片づけようか考えてたんだからね」
「いやぁご迷惑をおかけしました」
あっけらかんと言い切る女将。
宿に泊まるときに「帰ってこなければ荷物は売るよ」と説明を受けていたが、なんとか間に合ったようだ。
「はっはっは!探索者なんてふとした拍子に二度と帰ってこないなんてザラだからね!」
「ドライやなぁ……」
苦笑しながら答える。
実際その通りなのだろう、探索者なんていつどこでくたばるかわからない根無し草の自由業だ。
事実、今回、めちゃくちゃぎりぎりだったしな!
死んでもおかしくなかった。
改めてその実感をかみしめていると、ぎゅっと暖かいものに抱きしめられた。
「うぉ、女将さん!?」
「……よく、帰ってきたね」
その言葉だけで、こみ上げるものがあった。
何も言えずにいると、女将は俺を離し、両手を軽く叩いた後、明るい声で言う。
「ほら!ゆっくり休みな!元気になったらしっかり手伝ってもらうからね!」
「了解了解、どうもおおきに」
日常が、ちゃんとここにあった。
女将さんに背を押され、部屋に戻りながら、少し肩の力が抜けた気がした。
◆◆◆
女将さんにせかされるまま部屋に入る。
豪華な部屋というわけではない。
しかし、きちんと掃除されていて、変な埃っぽさもない。
俺が倒れていた間、誰かがこまめに手を入れてくれていたのだろう。
自然と口元が緩むのを感じる。
外着を脱ぎ、持ち帰った鎧、盾なんかを降ろす。
装備はどれもくたびれていて、傷がないものなんかなかった。
うーん。これは全部新調か?
大きな出費にため息をつきつつ、ベッドに倒れこんだ。
柔らかな感触が、体に染み込んでくる。
「あぁー……。ようやっと帰り着いたわ」
大きく深呼吸をひとつ。そうして、完全に一息ついた。
ひとしきりベッドの上をゴロゴロと転がり、生存を堪能する。
ふと、部屋の片隅にある鏡に目がいく。備え付けの、何の変哲もない姿見だ
近づいて、映った自分の姿を見る。
治療の跡が痛々しいが、相変わらずの美少女だ。
いまさらだが、この見た目はあのアホ狐の趣味なんだろうか?――趣味はいいな。
視線を下げると、右腕が目に入った。
黒く無機質な義手。
動かそうと意識してみるも曲がらず、反応もない。
――わざとらしすぎるほどに。
鏡越しに見つめながら、ぽつりと声をかける。
「おい。いつまで黙っとるつもりや」
その瞬間、視界の端にふわりと文字が浮かんだ。
何かのコメントのように、白い文字がぬるっと現れる。
同時に、脳の内側に直接声が響く。
【お気づきでしたか】
あの極地、状況に流されるまま聞かされていた電子音声。
その時より幾分かやわらかな口調で、その電子音声――遺物は俺に話しかけてくる。
【あまり私が目立つと混乱を招くかと思いまして、スタンバイモードで待機しておりました】
目の前のコメントと、脳内の声は完全に一致していた。
浮かび上がる文字。どこかで見たようなその演出につい、つっこんでしまう。
「なんやねんこの文字。――もしかして、配信のマネか?」
【配信――あぁ、あの時の通信技術のことでしょうか。そうです。これは配信を真似しています】
化け物と戦っていた時の異様な恐ろしさはどこへやら、予想外に軽い返答に思わず苦笑する。
「……それで?結局、お前は何なんや。過去の文明の人工知能ってことでええんか?そもそもお前の下にあったよぉ分からん機械はなんやった――」
【……それにしても、こうして会話するのは初めてですね】
「露骨に話題をそらすな」
【細かいことはいいではないですか。私は高性能スーパー義手。あなたはその使い手。あなたと私は一心同体。末永くよろしくお願いします】
この話を聞かない感じ、あのアホ狐ににてるわ!
何か言い返そうとした矢先、遺物のほうが先に言葉を継いだ。
【えぇ、えぇ。『あなた』では他人行儀ですね。ここはやはり、特別な呼び方が欲しいところです】
「は、はぁ?呼び方ぁ?そんなんなんでも――」
【適合体01――ナンセンスですね。マスター?――ありきたりすぎますね。なにかもう、もっと――ママ】
「はぁあ!?!?」
想定外すぎる呼び方に、声が裏返る。
何が「ママ」だ。ふざけんな。俺は男だぞ。いや、今はちょっとあれだけど!
動揺する俺をしり目に遺物はどこか満足げだ。
【ママ。えぇいい感じです。私はあなたを母体として生まれたわけですからね。何も間違っていません】
「いやいやいや!」
ママ、ママとかみしめるように続ける電子音声に怒鳴り返す。
ふざけるなよ!パパにすらなったことがないってのに!
それに母体ってなんだ!気絶してる間に何したんだ!怖!
「却下や却下!認知せぇへんで!あんたなんかうちの子やあらへんわ!」
意地でも認知しないぞと、左手で右手をぺちぺち叩く。
……くそ、硬てぇ。思ってる三倍くらい硬てぇ!
【ところで、現在、私の機能はほぼ100%使用できていません。制御と同調にある程度の訓練が必要です】
「ところで、じゃないわ!話題の転換が急すぎるわ!せめて一呼吸置け!」
さりとて聞き流せる話題でもない。
呼び方は絶対後で修正してやると心に決めながら、不承不承返した。
「……俺の意思で動かせるようになるんか」
【肯定します。前回の戦闘で私が動いたのは、いわば緊急措置――言ってしまえば保証外使用です】
「まぁ、助かったけども……」
そう、助かった。あれがなければ確実に死んでた。
そのことを思い出させられ、少しトーンダウンしてしまう。
くっ!卑怯なやつ!
「制御と同調って何するんや……なんか機械埋め込むとかやないやろな」
【いいえ。魔力の流し方と、神経の意識操作を合わせた適合率訓練が必要です。例えるなら……筋トレとリハビリと瞑想を同時に行うようなものですね】
「聞いただけで地獄っちゅうのが分かるな……」
とはいえ、いずれは動かせるようになるらしい。
それは純粋に嬉しい。
「……でも助かるわ。正直、右腕なくしてどうしようかと思ってたし」
【これからは、私がその右腕になります】
「――なってもらうで?しっかり頼むわ、相棒」
【……】
「ま!相棒となるといつまでも『遺物』って読んどるわけにはいかんな!せや、配信もあるし、お前にもかっこいい名前を――」
【――ママ】
「ほんまにママはやめろ」
俺の言葉を遮るように遺物――相棒が言葉をかぶせてくる。
そこには先ほどまでの浮かれたような空気はなく。どこかうかがうような、こちらを心配するような気配があった。
【ママ、一つ提案です。探索者なんてやめてしまって、安全に暮らしませんか?――私もサポートします】
「だからママはやめぇって」
釘を刺しながらも、内心――悪くない、とは思った。
これは、安全な未来への導線だ。
そもそも俺は、何をしたらいいかも、何ができるのかも分からないまま、流されるように探索者になった。
配信者になったのも、気がつけば、だ。
この高性能っぽい人工知能がサポートしてくれるなら、きっと他の道だってある。
それこそ、商売をやったってええしな。
町で小さな魔道具屋でも開いて、のんびり過ごすのも――悪くない、かもしれない。
けど――
異世界に放り込まれてからの生活を思い出す。
めちゃくちゃな理由で拉致られて、女にされて、戦って、配信して、黒歴史作って、だまされて、大けがして、死にかけて、生き延びて。
……ほんっと、散々な目にあったなぁ。
改めてそう思う。
日本でいたころからは考えられない、波乱万丈危機危険の毎日。
デスクワークの現代人にはなかなかハードな日々。
――それでも、意外と楽しかった。
導きだされた、子供のような結論。
真面目に提案してくれてるのは分かるけど、俺は今の生活を捨てられそうもない。
「悪いな、安心安全の快適ライフはまだお預けや。お前っちゅう相棒もできた。まだまだ、これから頑張るで」
【しかし――】
「それに、ほら、よく言うやろ」
聞いたことないけどな。
「――『かわいい美少女にはダンジョン配信をさせろ』ってな」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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