16話
【魔力充填完了――ラギア・コア、起動します】
「は?」
は?
<<は?>><<は?>><<は?>><<え?怖い>>
突如、電子音声が響いた。
その場にいた全員――俺も、化け物でさえも、動きを止めた。
唐突な沈黙は、まるで、現実が一瞬だけ静止したかのようだった。
思考が追いつかない。
状況が理解できない。
思考の空白を縫うように、スッとそれは動き始めた。
俺に憑りついた未知の遺物――ラギア・コアが、まるで意思を持つかのようにゆっくりと拳を振り上げる。
筋肉の動きとは明らかに異なる制御で、滑らかに正確に動いた
それはまるで――「見せつけるような所作」だった。
「え、ちょっと待って?これ、勝手に動いてんやけど!?」
否応なく肩が引っ張られ、俺の体が引きずられる。
己の意思では制御できない力に翻弄される恐怖。
混乱した頭で、何とか止めようとするも、止まらない。
そう、右腕――ラギア・コアは、戦闘態勢に入っていた。
赤く光っていたラインは、いつの間にか青へと変化。
その輝きは脈動し、まるで心臓の鼓動のように、空間にリズムを刻んでいた。
「おい、待っ……!」
止まらない。引き絞られた黒腕は一瞬、排気するかのように煙を吐き出した。
ようやく我に返ったか、化け物は慌てるように駆けだす。
『アアァアアアア――!』
直後――右腕が膨張する。事態を飲み込めないまま、化け物へ拳が叩き込まれた。
寸前、先ほどまで勝ち誇ったように笑っていた体中の顔は、明らかに驚愕に引きつっていた。
ズドン、と。
空気を爆ぜるような音とともに、化け物の巨体が宙を舞う。
次の瞬間壁に叩きつけられ、放射状にひびが伝った。
<<ええええええ!?>>
<<右腕が、右腕が動いてる!!?>>
<<やった!これ勝ったやろ!?>>
<<でもアルカちゃんの動きじゃないよね!?>>
<<こわいこわいこわいこわい!でもかっこいい!!>>
「い、いやいや!――えああああ!?!?」
その衝撃に振り回された俺の体も、独楽のようにくるくると回転する。
巨大な腕に引っ張られるように回転する狐娘、たぶん相当マヌケに見えるに違いない。
そんな状況にもかかわらず、遺物は脈動を続ける。
その内に明らかな意思を秘め、魔力がぐんぐん吸い上げる。
まだやる、まだやってやる。そんな意思が感じられた。
ふと、あるコメントを思い出す。
『<<……寄生型の遺物?聞いたことないけど……。このままアルカちゃん乗っ取られるんじゃない?>>』
「制御不能!制御不能やってこれ!誰か助けてマジで!」
【警告:非認可生体兵器群個体Δ-02、不完全転化体を確認。脅威レベル:B-。宿主の危機を検知。殲滅処理を継続します】
「もう何言ってんのかわかんない!!やめて!ほんとにやめてぇえ!!」
また、響く電子音声。
先ほどとは異なり、今度はしっかりと右腕から発されているのが分かる。
<<お、俺はこの展開読んでたよ>>
<<ちょっと興奮してきた>>
「しばくぞお前ら!」
遺物が、指を地面に突き立て、俺の回転を止める。
ふらつく頭を振り払い、化け物に向き直った。
――目の前、鎌を振り上げる化け物がそこにいた。
「っ!」
盾で受け止める――右腕が地面に突き刺さり、衝撃を地面に流し、体を支えるような動きをしていた。
明らかに、俺を補助するような動き。
そうして、化け物との距離をとるように、大きく右腕が凪がれた。
いや、怖い!怖い!やっぱり何かしらの意識があるんだけどこの右腕!?
『ア"ア"ア"ア"ア"ア"アアアァアアアアアアアアアア!!』
化け物が絶叫し、床を蹴って突進してきた。
残された頭部が震え、全身の目が暗く血走っていた
【対象の抵抗を確認。――殲滅機動に移行します】
どこか苛立たし気に聞こえる電子音。
ひえっと思うや否や、遺物は謎の廃熱をひとつ。
腕が容赦のない変形を開始する。
ガシャンガシャンと、まるでロボアニメの変形シーンのような音が響き渡る。
装甲の重なり、その内部から発せられる青い光が空間を満たす。
装甲が開き、展開し、さらに大きく――俺の身の丈を超えるほどの“巨腕”が形成された。
その威容に――空間が、圧される。
青光が床面に幾何学模様を描き、影が反転した。
空気が震える。
化け物でさえ、一歩引いたように動きを止めていた。
い、いやぁ、かっけぇなぁおい
もはや展開についていけず、現実から目を背けるしかなかった。
<<ひぇっ!>>
<<はえぇ~かっこよ……>>
<<嘘嘘何それ、欲しい欲しい欲しい!>>
<<うおっでっか!>>
コメント欄はさっきまでの悲嘆はどこへやら、大盛り上がりだ。薄情者め。
混乱の中、異形の巨腕だけが構わず化け物をつかみ上げる。
『ア、アア、エアァアアアアア!!』
必死に抵抗する化け物。
しかし、今や無邪気な子供につかみ上げられた哀れな虫のよう。
【想定外の膂力を関知。対象の脅威レベル:Aに修正。武装制限解除――】
無機質に、どこか喜色を含んだ電子音声が聞こえる。
――瞬間、暴力的なまでの魔力消費が始まった
『アアア”ア”ア”アアアアアァァア!!』
「うぉ!おおぉぉぉ……っ!!」
化け物と、そして俺も同時に声を上げる。
尋常じゃない勢いで魔力が吸われていく。
徐々に回復してきていた魔力全てを吸い尽くす勢いに耳鳴りがし始めた。
急激な魔力の欠乏に、視界がゆがむ。
どこか現実味すら失った五感。そこに淡々と電子音声だけが響いていた。
【充填率10、20、30%。魔力供給はこれ以上困難と判断――】
波打つ視界と鈍い肌感覚でもわかるほど、巨腕の手のひらに魔力が集中していく。
捕まれている化け物が必死に抵抗するが、腕は揺るがず、とらえたままだ。
――いやいやいや!待って、この魔力消費は死ぬ!
「待っ……ちょっとだ、け……待――!」
【――限定発動、マナ・フレア】
直後、全てが光と音に呑みこまれた。
空間が焼き切れ、化け物が爆発に飲み込まれていく。
破片が飛び散ることもなく、例の奇声すら上げることもできず、ただただ消滅していく。
不思議と衝撃はなく、それが一層目の前の出来事からリアリティを奪っていた。
<<あっ、とんだ!?――
<<なんでここで!?……アルカち――
<<ラグってるラグってるラ―ー
<<え、配信飛ぶ!?今このタイミ――
使い魔がバチバチとスパークを起こし、コメントが乱れる。
視聴者たちが絶叫にも似た混乱を文字にして送ってくるが、その大半が途中で切れていた。
魔力放出と、使い魔の通信制御が干渉している――。
「あぁ、これ、いつもの配信では使えませんねぇ」
余りに現実離れした状況に、完全にズレたことをつぶやいていた。
【対象の殲滅を確認。待機状態へ移行】
機械音が、すっと耳に入ってくる。
直後――ガシャン、ガシャン、と男心をくすぐる音を立てて、巨大化していた右腕がゆっくりと元のサイズへと変形していく。装甲が折り畳まれ、再構成されていく様子は、もはや芸術的ですらあった。
数瞬後、左腕とまるで変わらない大きさに戻った右腕がそこにはあった。
青いラインの脈動が穏やかに続く。
相変わらず怪しく光ってはいるが、どこか一仕事終えたような満足げな気配を漂わせていた。
呆然と部屋の中を見渡す。そこには生々しい戦闘の跡があり――もう化け物は影も形も存在しなかった。
<<え、あ、もどった!?!?>>
<<画面真っ白なんやけど!?>>
<<化け物は!?巫女様いきてる!?>>
<<あれ?終わってる!?>>
<<え、これアルカちゃん生きてる??ぶじ!?>>
コメントが戻る。
視聴者からすると、いきなり画面が飛び、何もかも終わっていた感じだろうか。
あぁ、これは炎上不可避ですかね……
「ほんま、何やねんこれ」
呆れと感嘆と、混乱と。いろんなものがないまぜになって、情けない独り言が漏れた。
同時に大きくため息をつく。全身にガクンと重力がのしかかる。
危機を脱した。
その思いからか、気力も一気に抜け落ちる。
脚も震え、意識もパチパチ状態。立っている気力すらもうなくなりそう――脱出は難しそうだ。
目の端、かろうじて浮遊している使い魔も、ぐらぐらと上下に揺れ眼球を点滅させている。
あぁ、もうすぐ落ちるなこれ。配信も、俺も、どっちも。
「は、はいぃ……参拝者さんたち……ご視聴……ありがとう、ございました……。ま、また――……ぁ」
ガキン、と乾いた音。
辛うじてお礼の言葉を口にしている最中、狐面の端にヒビが走る――次の瞬間、ぱりんと割れて床に散った。
<<えっ!?>>
<<面割れ!?>>
<<やっぱり美少女やったーーーー!!!>>
<<いやいやいや!それどころじゃねぇだろ!>>
<<アルカちゃん顔顔ー!>>
使い魔が最後の力でズームに入ろうとしているのが、気配でわかる。
「っ……有料、有料ですからねぇっ……!」
顔を覆う余裕すらなく、血と汗に濡れた素顔がそのまま映し出される。
不測の事態。最後に搾り出すように忠告するも、それすらも、尻すぼみに消えていく。
後光はもうさすがに出ていないだろう。
血に濡れて傷だらけ、だが、それでも、美少女だ。――きっと許される。
<<え、え、え、アルカちゃーん!>>
<<こ、ここで終わんの!?>>
<<まってまって!もうちょっと頑張って!>>
<<おい!誰か救助呼べないのか―――
紛糾するコメントに応える力は、もうなかった。
ぼとり、と音を立てて使い魔が落ちる。
配信も強制的に終了、謎のやり切った感だけが胸を埋める。
いつの間にか頬に触れたのは、冷たい床。あぁ、倒れたのかと他人事のように思う。
肩、背中、尻、頭……全身が熱くて、重くて、動かない。
意識もどんどん遠ざかっていく。
もう、目を開けるのもおっくうだ。いよいよ意識もシャットダウンしそうだ。
――あぁ。もうだめだわ。完全に、限界
次、意識を取り戻せるといいなぁ。そう思い意識を飛ばす――そのときだった。
【宿主の気絶を関知。生体維持モードへ移行。――随分と世界は変わったようです。これから楽しくなりそうですね、マ――」
電子音声が、まるで子守唄のように、遠く遠くに響いていった。
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