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14話

死にかけ告白の瞬間、コメ欄は爆発した。

混乱、心配、動揺、ついでにちょっとした罵倒。

ありとあらゆる感情が混ざった文字列が、過去最速で流れていく。

無理無理。さすがにこれは全部は追えないわ。


文字通り、目が追いつかない状況だ。

当然だがコメント一行ごとに人、主張、感情が異なる。

まるで滝のように言葉が押し寄せる。

処理しきれず、精いっぱい作った笑顔が、さらに引きつるのがわかった。

――待つことしばらく、流れが少し落ち着いてきたところで改めて話し始めた。


「いやぁ~。神の試練ですかねぇ。ちょっと失敗してしまいまして。えぇ」


<<いやいや、罰だろそれ!>>

<<マジで今どこ!?>>

<<え、なにどういう状況>>

<<やらせ?>>

<<てか普通に心配なんだが>>

<<……巫女様が無事ならOKです。無事だよね?>>


心配コメントが流れていく。

そんな中、一つのコメントが目にはいった。


<<魔導端末で救助よべば?アホかよ>>


冷静な意見である。

俺も視聴者側だったら、そんな感想を抱いたかもしれない。

でも、言い方もうちょい優しくてもよくない?こちとら美少女だぞ?


「救助呼びたいのはやまやまなんですけどねぇ……」


内心を苦笑で隠して、魔導端末を左手で取り出し、配信に映るように掲げる。

若干手が震えているのに、ようやく気が付いた。

"アルカ"というキャラクターで覆い隠してはいるが、なかなか俺も限界らしい。


「圏外、なんですよねぇ。やばいですねぇ」

いやぁ、圏外!異世界でも圏外ってあるんだなぁ!クソ!


<<圏外、初めて見た……>>

<<この雰囲気、ダンジョンとか?>>

<<ってことは、未踏破区域?探索者ってマジでそういういとこいくんだ……>>


「ふふふ。未踏破区域の依頼は危険ですが、"おいしい"ものも多いんですよぉ」


魔導端末を降ろし、肩を落とす。


「はぁ、そうなんですよ、おいしい依頼――おつとめ、に目がくらんだ私の不徳の致すところですよぉ」


自虐的に笑ってため息をつく。

コメント欄は、心配8割、批難1割、狂人1割で紛糾していた。

批難と狂人をスルーしつつ、会話を続ける。


<<で、その右腕はどうしたの>>

「この右腕ですか?いいところに気が付きましたねぇ。この右腕は何と――」


きりっと意味深な表情を浮かべながらポーズをとる。

――動かない右腕のせいで、勿体付けてローブをめくるだけになったが。


「――謎です。なんなんでしょうかねぇこれ?遺物、かなぁとは思うんですけど」


顔を崩して嘆息する。実際わからないことだらけだ。

本当に何なんだろうな、これ。


<<いや、わからんのかーい!>>

「いやぁ、気が付いたら取りつかれてましてねぇ……どうしましょうかこれ、動かないですし」


<<大丈夫?ちぎっとく?>>

「いやぁ、さっきちょっと引っ張ってみたんですけど、全然取れなくてですねぇ」


<<とりあえず物理で何とかしようとするの辞めなー?>>

<<……寄生型の遺物?聞いたことないけど……。このままアルカちゃん乗っ取られるんじゃない?>>

「はいそこぉ、怖いこと言うのやめてくださーい」

大丈夫だよな?え?大丈夫だよね?


ずっしりと重たい右腕が、不気味なオーラを放っているようだ。


<<場所教えてよ場所!助けにいくわ!>>

<<お、一般通過町人がなんか言ってる>>

<<っていうか、そこどこなの?>>


ここはどこか。そう言われるとちょっと困るところだ。

道筋をジルダたち任せにしていたツケがここにきて噴出していた。

どこまで情報を開示したものかも判断できず、半笑いでごまかすしかない。


「あー、東部未開拓、のどこかなんですよねぇ。パーティーメンバー逃げちゃって……いやぁこれだから異教徒は困りますねぇ」


<<え、ダンジョン内に置き去りってこと?>>

<<これは探索者協会の罠だよ。アルカちゃんなんか知っちゃいけないこと知ってない?>>

<<ヤバ>>

<<未踏破区域で?ダンジョンの奥で?一人置き去り?それって――>>


コメント欄に静寂が訪れる。


それって絶対死ぬ。


誰もがそう思ったのかもしれない。俺だってそう思う。

コメントが流れなくなっただけなのに、ダンジョン内の静寂が一層深まったように感じられた。


「ふふふ、人生最後かもしれない会話が参拝者さん達だとは……いやぁ、びっくりですねぇ」


静寂をかき消すために、性格の悪い言葉が漏れる。

俺はこんなにかまってちゃんだっただろうか。内心に自嘲があふれる。


<<いやいやいや>>

<<え、マジでやばい感じ?>>

<<え、え、え!どこに言ったら助かる?分かんない>>


「そうですねぇ。参拝者様方も虚狐様に私の無事を祈ってもらえたらと思いますねぇ。――虚狐様。あなたの巫女にご加護を――あらぁ、右腕が動かないと、祈ることもできませんねぇ」

どっちにしろ廃村の邪神だ――望み薄である。


<<ほんと頼むよ虚狐様ぁ!代わりに俺が祈るからさぁ!>>

<<あんたんとこの巫女、死にかけてるよ!!>>

<<お願いします…お願いします…お救いください>>

<<お、邪教か~?>>

<<光神様に祈った方がワンチャンあるくね?>>


コメント欄にわちゃわちゃと祈りの言葉があふれる。

その瞬間、いきなり俺に力があふれ体力が一気に回復。右腕が元の姿に戻り、メイスが神々しい姿となって再生される――


――なんてことは全くなく、コメントが流れていくばかりであった。


「ありがとうございます。皆様にも虚狐様のご加護がありますように。」


ありがたや~とこちらも片腕だけで祈る姿をひとつ。

役に立たない神に祈っておいた。


いや、マジで助けてくれ。


◆◆◆


それからしばらく、コメントとたわいないやり取りを繰り広げる。

配信を切って魔力回復に努めた方が良いと理性は訴えている。

それでも、配信を続けてしまっているのは、思ったより俺も追い込まれているのかもしれない。


……でも、思ったより回復してきたな?


想定していたよりも体力も魔力も回復してきている。


「ふふふ、皆さまのおかげでちょっと力が戻ってきた感じしますねぇ。感謝感謝です」


<<マジで誰か助けに行けないの?>>

<<未踏破地区ってことは人里から離れてるだろうし、無理じゃね?>>

<<もしかして、俺らのお祈り効果!?!?>>

<<右腕のライン、なんかちょっと青いところ増えてない?>>


コメントに従い、いまだ動かない右腕に視線を移す。

肩口から指先まで走る赤いラインはいつの間にやら半分ほど青く輝いていた。

小さく鈍くうなり声のような駆動音を続ける右腕は未だ動く気配はない。

魔力の充填具合とかか?全部青くなれば動かせるようになる――といいなぁ。


そう思った矢先、右腕の奥で、ドクン、と心臓とは別のリズムが走った。

硬いはずの金属が、内側からわずかに"膨らむ"ような感触。

赤と青の境目がじわりと揺らぎ、さらに青い光が進む。

一瞬だけ、右手の指先が“勝手に”微かに動いた気がして、慌てて左手で押さえ込む。

……やっぱり、これ生きてない?ほんとに取り込まれたりしないよね?いや、怖ぁ!


沸き上がった恐怖を内心で笑い飛ばす。そこまで常識外れの遺物なんか聞いたことはなかった。

また動きを止めた右腕は、今だ俺の意思を受け付けない異物のままだ。


「いわれてみれば、そんな感じしますねぇ。満タンになったらビームとかでないでしょうかねぇ。ダンジョンの壁すべてぶち破って脱出したいですねぇ」


<<発想が脳筋なんよ>>

<<巫女様のビーム食らいたいなぁ>>


和やかな時間が流れる。まるで、危機なんて陥ってないんじゃないかと思うほど、いつも通りの時間だった。

しかし、果たして、後どれくらいこうしていられるだろうか。

1時間?半日?1日?それだけ時間を稼げたとして、その先どうしたら――


微かに、異音が響く。


耳が、きゅっと詰まったような感覚。

まるで、それを聞きたくないといわんばかりに五感が抵抗する。

しかし、確かにその声を意識はとらえていた


『……ア”……ア”ァ”……ア”……』


遠い通路の奥から、石壁を爪でひっかくような湿った音が、くぐもった叫びに混ざって届く。

反響が歪めていても分かった。

――殺す。

その意志だけで、あの化け物は俺を追ってきている。


<<何この音>>

<<これ、もしかして鳴き声?>>

<<どう聞いても、風鳴りだろダンジョン初心者か?>>


視聴者にも聞こえたのか、動揺が広がり始める。


「あぁ、参拝者さん。すみません。楽しいお祈りの時間でしたがここまでのようです。」


左手で何とか立ち上がり、転がしていた盾を持ち上げる。

散乱していたバックパックの中身を乱雑に詰めなおし、大きくため息を吐いた。


……確実に、近づいて来てる。


天井崩落で押し潰したあの巨体。生きているとは思っていたが、こんなにすぐさま追ってくるとは。

心の片隅にあった、あきらめてどこかに行ってくれないかという淡い期待は霧散した。

血の匂いか、俺の魔力の残滓か――いや、あの化け物なら、執念だけでたどり着く道を見つける。

徐々に、しかし確実に音は大きくなっている。一直線、着実に距離を詰めてきているようだ。


「神の試練が近づいている気配です。あぁ、皆さんどうか、どうか私が無事に生還できるよう、祈っておいてくださいね――やばいと思ったら、配信切ってな」


最後のセリフは、金属がへし折れるような音と、壁を叩き割る轟音にかき消された。

扉の隙間から、ぬるりと湿った空気が這い込んでくる――あぁ、またこの匂いだ。

その匂いだけで、喉が反射的に詰まり、斥候の頭がはねられた瞬間がフラッシュバックする。

ガン、と最後の蝶番が折れ、闇の中から奴が姿を現す。


<<え?>>

<<アルカちゃん?>>

<<うっそ、完全に新種じゃん>>

<<は!?>>

<<なになになに!?>>


化け物は小さくなっていた。

いや――削ぎ落とされたと言うべきか。

アラクネのようだった下半身は、ねじ切られ、赤黒い筋と内臓を引きずりながら這いずっている。

皮膚の裂け目からはまだ熱い蒸気と共に異臭が立ちのぼり、血と何かの体液が床にべったりと広がっていく。

その姿は、惨めで、無様だ


――しかし、暗い瞳の奥の『殺す』という意志だけは、むしろ増していた。


「はっ!随分と、みすぼらしい姿になりましたねぇ。私が恋しいあまり、おっきな下半身も置いてきちゃったんですかぁ?」


挑発する。声が震えていないかどうか。配信者的にはそこが気になるところだ。

――配信マナーとしては、配信を切るべきだ。自分が死ぬ姿をさらすのは基本的にはNGである。

それを理解していながらも、俺は配信を切れずにいた。


一人っきりになりたくないなんて、情けない限りやな、俺!


攻撃手段はなく。こちらも満身創痍。右腕は未だ動かず。部屋の中はすっからかん。

唯一の出口は敵の背後だ。


<<いやいや!逃げろってバカかよ!>>

<<キモイキモイキモイ!!>>

<<虚狐様虚狐様虚狐様お慈悲を!>>

<<え~?もしかして死にざま配信やってるぅ?>>


コメント欄も混沌に落ちていく。


「あーあ。本当に虚狐様って、試練の難易度調整へたくそですよねぇ!だから毛もハゲハゲで1000年間貧乏社で封印されるんですよ、バー―――カ!」


にっちもさっちもいかない窮地。

もはや俺にできることは、何とか心が折れないように、どう猛に笑うくらいだ。


<<アルカちゃん。おねがい、少しで長く時間を稼いで――>>


視界の端、そのコメントを最後に化け物はもう聞きたくなかった咆哮を上げ、その鎌を振り上げた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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