13話
やんわりと意識が戻る。
頬には冷たい床の感覚。
あれ、俺、寝て……?確か化け物に襲われて、それから――
急激に意識が覚醒する。
慌てて上半身を起こすと、ふらりと立ち眩みに襲われた。
そうだ、化け物に襲われて、逃げて、隠し部屋で――遺物は!?
立ち眩みを頭を振って追い出しながら、周囲を見渡す。
最後に見たのは、神々しくも禍々しい祭壇と触手、そして、その上に掲げられていた卵。
だが、今――そこには、
……ただの、がらんどうな石床が広がっていた。
「……なんもないやんけ」
ぽつりと、間抜けな声が漏れた。
いや、実際問題、間抜けだった。
死ぬかと思って逃げ込んだ隠し部屋、目の前に現れた未知の遺物、その祭壇――
全部、影も形もない。
ただ、祭壇ごと、床の一部がまるごと抜け落ちたかのような跡が残るばかりだった。
「……夢オチ?」
今時それは悪手だ?炎上待ったなしだ。
触腕に巻き付かれた不快感も、気絶させられた不可視の一撃の痛みも遠く、幻肢痛のようだ。
「いや、そんなはずない」
現実から逃げようとする思考を切って捨てる。
何よりの証拠に、今も動かない右腕から、信号のように鈍痛が続いていた。
――そう、右腕から。右、腕?
「――はぁ!?」
愕然と、視線をそれに向ける。
――まるで異物。それが最初の印象だった。
「……うそやろ?」
右腕が、ない。いや、ある。
けど――これ、本当に俺の腕か?
鈍く光りを反射する金属のような質感。"遺物の卵と同じように"ラインが走り、赤く脈打っていた。
形だけでいえば、見慣れた右腕と瓜二つ。
しかし、脳はそれが自分のものだと受け入れられずにいた。
「ちょっ……何やこれ、何なん!?」
それから逃げるように壁際に這いずる。
しかし、その"右腕"は当然のようにそこにあり、一緒についてきていた。
「う、うわ、うわ、うわっ……何やこれ!!マジで、ホンマに、な……っ!」
胸の奥が冷えていく。
俺の、一部?え、嘘だろ?
しかし、ちゃんと、肩から繋がってる。
腕を動かそうとする。かすかに繋がっている気はするのに、動かない。
触ってみると、かすかに触れられている感覚はある。だが、それだけだ。
やば……これ、まさか……さっきの……?
「え、え、何これ、マジで……」
思考が止まる。視界が揺れる。
ふらついたまま、壁によりかかる。
『常識を覆すからこそ、遺物』
頭の中でぐわんぐわんと、その言葉が渦巻いていた。
あかん、全然考えがまとまらん……。体もクッソだるい。これはあれか、魔力切れか?
体に意識を向ける。魔力の気配も、残滓も、気配すらもない。
震える左手で、バックパックを漁る。
うまくいかず、道具をぶちまける形になりながらもなんとか2本の魔力回復剤を取り出した。
サフィ謹製"魔力補填液β"と市販の魔力回復剤だ。
――どちらを飲むか。
市販の魔力回復剤でも、時間をかければ魔力は戻る。
けれど、この隠し部屋がいつまで安全かなんて、わかったもんじゃない。
今、この瞬間にも化け物が扉をぶち破って入ってこないとも限らないのだ。
のんびり回復してる暇はない。――今すぐ動ける状態にする、それが優先だ。
「こんな短期間でサフィ製のモンを飲んだことないんやけどな」
またも脳裏に浮かぶ、副作用を楽し気に説明する発明者の姿を思い出しながら、封を開け、一気にあおった。
――瞬間、視界がぐらつく。
「……ぐっうぅ」
頭の奥がチリチリと焼け、喉の奥が鉄錆の味を訴える。
痛みにも似た熱が胸に燃え、代償を求めてくる。
これで、副作用の本番は24時間後なんだから本当に狂った薬だ。
以前体感した頭痛と発熱が鮮明に思い出される。
「はっはっはっは……っ」
何とか飲み終え、荒くなった息を整えていく。
熱の山場も越え、徐々に徐々に視界も定まり始めた。
副作用は重篤だが、効能はぴかいちだ、こうしている間にも魔力が急速に回復して――
「回復が、おそい?」
以前使ったときは、恐怖を覚えるレベルで魔力が回復していた。
それに比べると、現在の回復速度は天と地ほどの差があった。
「……いや、違う。魔力が戻っとらんのやない。吸われとるんや――右腕に」
せっかく補充した魔力が、右腕に向かって流れ込んでいた。
吸い込むように。喰らうように。
せっかく体内に流れた魔力が、右肩で沈黙しているそれに食われていく感覚。
なんだこれ!!遺物じゃなくて寄生トラップか!?
「あぁ、もう!踏んだり蹴ったりや!」
抵抗しようとしたが、どうにもならない。回復した端から右腕が魔力を吸い上げ止めようがない。
結局、俺はそのまま床にずるずると座り込み――
ふぅ、と、でかいため息を吐いた。
想定の半分ほどの速度でしか進まない回復。未だ脳裏に響く化け物の獣声。
期待していた遺物は謎の寄生金属でうんともすんともいわない。
「は、はは。わけのわからん右腕、回復のおっそい魔力、救援の見込み無し。――役満やな!……はぁ」
なんだこれ、あれか?完全に詰んだか?
諦念と共に、再度大きく、大きくため息をつく。
何とか死地を乗り越え、たどり着いた先がこの何もない行き止まりだ。
動ける程度に回復するのが早いか、化け物がここを見つけ乗り込んでくるのが早いか。
もう、神頼みしか残ってへんなぁ。
「へ~い虚狐様?何とかしてくれてもええんちゃうん?ゴッドぱわーぷりーず」
突如、天から光が降り注ぐ!――ということもなく、たわごとは宙に消えていく。
へっと投げやりな笑いを投げて、視線を落とした。
目の前にはぶちまけたバックパックの中身。――こてんと転がった配信用使い魔と目が合った。
見た感じ、致命的なダメージは受けていなさそうだ。
どうせこのまま死ぬんやったら――
使い魔の横、転がっていた狐面を手に取る。
「一回、配信しとくか」
――最後になるかもしれんしな。
そう考えると、変な笑みが浮かんでしまうのだった。
◆◆◆
<<初めての突発配信!ありがてぇ、ありがてぇ……!>>
<<お?突発配信??>>
<<こんこんこんこーん>>
<<暗っ、何これ>>
<<放送事故?>>
<<アルカちゃーん。おーい>>
<<照明さーん仕事してくださーい>>
視界にコメントが流れていく。
使い魔の魔力充填が十分でなかったか、それとも機嫌が悪いのか、どうにも映りが悪いらしい。
ひょいと手を伸ばし、宙に浮いた使い魔をつかまえる。
「えい」
少し回復してきた魔力を使い魔に注ぎ込む。そうして再度、宙に放った。
使い魔はくるくると回り、視界をこちらに合わせて静止した。
うん。大丈夫だろう。
「映っていますかぁ?どうも皆さま。今日もご参拝ありがとうございます。アルカですよぉ~」
精いっぱいの笑顔を浮かべ、配信を開始する。死の淵だからか、いつもより緊張は弱めだった。
コンディション的に後光は3割減だが、それでも美少女だ。問題ないだろう。
不足分はカラ元気が補ってくれる――笑みが引きつっているのはご愛敬だ。
「ふふふ、ちょっと皆さんとお話ししたくなったので配信、始めちゃいました~」
半分マジだ。もう半分は投げやりな気持ちである。
視聴者数は130人ちょっと。突発配信にしては上々すぎる。
<<来た来た来たーー!今日もかわいい>>
<<なんかいつもと違くない?>>
<<新衣装!?>>
<<え、血……?>>
<<服ボロボロなんだが>>
<<は?は?はぁあ!?>>
<<アルカちゃん!?アルカちゃん!?>>
よしよし、いい感じだ。
目ざとい視聴者は新衣装にも気が付き始め盛り上がっていく。
「お、お、『火うち岩』さんご慧眼ですねぇ。この外套、新衣装なんですよぉ。どう、ですか?」
それとなく外套を広げて見せる。
こんな状況でなければ、立って見せてこだわりポイントを語りたいところだが仕方ない。
「あぁ、ありがとうございます。好評で安心しました。」
誉め言葉が流れるコメント欄に少し心が回復する。
配信の流れを察知してか斜め上をゆっくりと浮遊していた使い魔が、徐々に正面に移っていく。
お、使い魔さん。その角度だと"映って"しまうとおもうんだが。
使い魔はより分かりやすく衣装が見える位置に移動しようとしているだけなのかもしれない。
もしくは――
――"わかってる"のかもしれない。どうやったら配信が盛り上がるのか。
かしこいかしこい使い魔が生み出した流れに乗るべく。左手で右側の外套を少し、まくり上げる。
「それで、皆さん。実は、私ですね――」
使い魔がいよいよ正面に。それに合わせて、完全に外套をまくり上げた。
<<……>>
<<……は?>>
<<は?は?はぁあ!?>>
<<え?>>
<<血……え、腕……>>
<<アルカちゃん!?アルカちゃん!?>>
微笑む美少女、きらめく外套。
その下から覗くのは――血の跡が色濃く残る鎧と、赤く脈打つ異形の黒腕。
相反する光景をひっさげ、とびきりの笑顔を視聴者に向けた。
「――まぁ、端的に言うと、死にかけてます♡」
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