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12話

転がるように通路を走り続ける。

逃げた。いや、逃げるしかなかった。


――耳が、あの獣じみた絶叫を拾う。

理性を食い潰すような、咆哮とも悲鳴ともつかない声。

幻聴か、実際に響いているのか。もう判別がつかない。


とにかくあの化け物から遠くへ――

その思いだけが、頭の中を埋め尽くしていた。


「くそ……っ」


息が切れ、足がもつれる。

腕の喪失でバランスを欠いているせいもあるだろうが、バテるのが早すぎる。

止血されたはずの右肩が、まるで記憶をえぐるように痛み出す。

喉の奥は熱い。視界の端がちらちらと点滅を始めていた。

――副作用か。


「そこそこの副作用にしてはきっついな……!」


思わず壁に手をついて体を預ける。

肺が酸素を欲しているのに、うまく呼吸ができない。

脚が震える。

過剰な身体強化のせいもあってか、鼓動が不規則に跳ねていた。

もっと、もっとあいつから離れないと――!


必死に息を吸いながら、あたりを見渡す。

今までよりいっそう崩壊の跡が残る通路。

無数のひっかき傷のような痕跡が壁に残り、いやおうなしに化け物の姿を幻視してしまう。

がむしゃらに走ってきたせいで、すでに化け物の出現地点よりもはるか奥まで来てしまったようだ。


ガクリと膝が折れる。

踏み込みが甘かったのか、単に限界だったのか。

とにかく支えを求めて、壁に左手を突いた――その瞬間。


「……あ?」


手のひらの下に石壁にあるはずのない"溝"があった。

線だ。ごく薄く、指先にだけ感じ取れる、異物の感触。


目を凝らす。

壁の継ぎ目に沿って、ほとんど見えない細い隙間が走っていた。

「ひ、ひび割れか?いや、こんな直線的に――」


隙間をなぞる。


――ピン


微かな金属音。それはまるで、到来を告げるチャイムのようだった。

とある一点を通り過ぎた瞬間、軽い電子音とともに、壁――扉がスライドする。


風が流れ込んでくる。

これまでのどこか濁り、淀んだ空気とは異なるにおい。

この荒廃し、密閉された地下空間ではありえない、"管理された"空気が頬を撫でた。


通路が続いていた。

これまでの通路と違う。瓦礫も、ひび割れも、配管のむき出しもない。

あまりにも"整いすぎている"空間。


床は磨かれた石か金属か判別できないほど平坦で、同素材で構成された壁面には均等に並んだ照明パネルが淡く灯っていた。


そして、奥。


通路の突き当たりには、再び扉。

ジルダたちが破壊していた、機能を失い、がたつき、ただの壁と化していたものとは違う。

完全な状態を保ち、その中と外界を隔てるその扉は、この状況にあってか、何か不気味な引力を放っているようにすら感じられる。


こんな危ない橋、普通だったら渡れないな。


一歩踏み出す。ホコリすら積もっていない通路は、靴音すら吸収して静寂を保ち続けている。

未発見ダンジョンの隠し通路に罠看破の技能もなく踏み込むなんて自殺行為だ。

だが、今はただ遠く聞こえる死の気配から逃げることだけを考える。


歩いているはずなのに、足音がしない。

本当に前に進んでいるのか?そんな疑問すら浮かぶ状況の中俺はゆっくりと、奥の扉へと近づいた。


大丈夫なのか、これ。


明らかにおかしい。罠もない、音もない、空気すら違う。

探索者として、こんな部屋に一人で入るなんて自殺行為だ。

だが、背後からは化け物の怒りの気配が、遠く、しかし、確かににじむように迫ってきていた。


震える足で扉の前に立つ。

よく見ると、縁には複数の細いセンサーのようなものが埋め込まれており、光が流れていた。

――俺を"認識している"。


扉に、触れる。

その瞬間――


「……ッ!」


音もなく、扉が横へと開いた。

もはや匂いすら感じられない冷たい空気の流れとともに、視界が開ける。


そこは、部屋と呼ぶには異質な空間だった。


高い天井や壁には、まるで神殿のような精密な紋様が刻まれ、様々な"機械"が置かれている。

地球にあったPCや高度機器類とはまた文明文化の異なるそれらは、だがしかし、何かを成し遂げるためだけに作られた点だけは一致していた。


部屋の中央――祭壇としか形容できない何かが鎮座していた。


黒色の金属的な何か。確固たる目的をもって作られたそれの表面にも、周囲と同じく文様が走り、多種多様なケーブルがつながっている。


そして――


「なんやこれ……卵?」


祭壇の上、漆黒の卵が、静かに、しかし確かな存在感で浮かんでいた。


ゆっくりと自転するその表面には、血のような赤いラインが輝き、まるで生きているかのように脈動している。


――遺物


聞いたことはあった。

ダンジョンの奥。遺跡型、生成型問わず極めて稀に発見される"桁外れ"の存在。


遺物は、現代の技術では再現できない事象を引き起こす。

剣であったり、鎧であったり、時には使い方もわからない何かであったり。

上位の冒険者や軍の特殊な部隊が持つといわれるそれは、ダンジョンのそして探索者の夢でもあった。

……もし、これが本物なら。


「この状況、打開できるかもしれへん」


鼓動が高鳴る。

目の前の卵はどう見ても戦闘に役立つようなものには見えなかった。


しかし、そういった常識を覆すからこれらは遺物と呼ばれている。


ふらふらと、引き寄せられるように祭壇に近づいていく。

副作用もあり、限界が近い。視界が揺れ、今にも倒れそうだ。


[生命体の接近を確認]


「!?」


どこからともなく、機械的な女声が響いた。

祭壇か、それとも部屋全体からか。出所はわからない。

だがそれは、確かにこちらを認識していた。


祭壇の表面を、赤いラインが一気に駆け巡る。

響き始めた駆動音は、まるで鼓動のように重く、規則的だった。


[対象をスキャン――規定値をはるかに上回る魔力の内包を確認]

「な、なんやなんや!」

[対象に抱卵の適性ありと判断。以降、適正体01と呼称――捕獲します]

「――ちっ!」


祭壇のみならず、部屋の四方から機械状の触手が迫る。

慌てて飛びのこうとするが、体はもはや限界だった。

膝から力が抜け、膝をつく。

殺到した触手にからめとられ、締め上げられる。


触手は体を撫で回して各部を検査していく。


[適正体01の部位欠損を確認――適性を下方修正]

「――好き勝手言いよってからに!」


口元に来ていた触手に噛みつく。硬質な表皮は文字通り歯が立たず、不快な鉄の味を伝えるにとどまる。


[――適正体01の抵抗を確認――無力化します]

「がぁっ!」


体に走る衝撃、不可視の力に打ちのめされ、俺は意識を失った。


◆◆◆


静寂が戻った空間に、無機質な電子音声が響く。

声の主は宙に浮かぶ黒い卵――その下に鎮座する、制御装置ラギア・クレイドル

このダンジョン――かつて古代文明が築いたこの研究所、その心臓部。

唯一の目的のために作られた装置は、今まさにその存在理由を果たそうと、稼働を開始した。


[適正体の意識喪失を確認]


鉄の腕に抱えられ、昏倒したアルカ。

まるで捧げられるように持ち上げられたその体はぐったりとして力ない。


[適正体01の本解析を継続――]

電子音声とともに、クレイドルが動き出す。

クレイドルの体のそこかしこから、アルカを支えるよりも細い触腕がまとわりつく。

部屋のそこかしこから光が放たれ、探るように照射された。


[適正体01――判定評価開始

 肉体状態:

 欠損あり/生体応答不安定。薬剤反応確認――生命維持には問題ないと判断

 身体能力:

 適正値未満。部位欠損により、さらに評価値下方修正――人類には見られない器官を発見

 魔力保有量:

 測定限界超過――体内に魔力炉様構造を検出――対応検討――問題無しと判断

 魔力親和性:

 異常域――適合率99.998%――再評価:異常域――再評価――保留

 精神強度:

 不安定/自己保存意識強――コアにて上書き可能と判断

 適応値:

 既存スケール外――最高値に仮設定

 評価値

 …………125,466――特異適応個体に設定

 総合判定:機神シリーズ宿主適正――"合格"]

 

判定が終わる。

冷たく無機質だった空間に、わずかな熱が流れ込んでくる。

続いて流れた声は、電子音ながらどこか喜色を含んでいた。


[侵食シークエンス開始]


《クレイドル》は機械の触腕を伸ばし、宙に浮かぶ卵――《ラギア・コア》を胸元へ導く。

まるで吸い込まれるように、卵はその体内へと沈んでいった。


[ラギア・コア Type-Z00、移植完了――起動]


次の瞬間、アルカの体が跳ね上がる。

コアの表面が脈動し、赤いラインが激しく点滅する。

喰らうように、何かを貪るように。

再度、激しい反応。

アルカの身体は再び跳ね上がるが、機械の触腕が容赦なく押さえつける。


[コアの移植を確認――ラギア・コア浸食開始]


どろりと卵が解ける。

鈍い金属光沢を放つその液体は、卵の大きさからは考えられない質量。

まるで意志を持った血液のようにアルカの体表を這い回り始めた。


【適合体の欠損を確認。充填を開始します】


部屋に新たな声が響く。

先ほどとは明らかに異なる。柔らかく、幼さすら感じる電子音声。

その声は、<<ラギア・コア>>と呼ばれる卵――今では黒色の液体――から発されていた。


[中止要請:欠損充填。適応体の中枢浸食を優先]

【却下:欠損状態のまま浸食を行うと、後のシークエンスに影響が出る可能性があります】

[……承認:速やかに充填を実施]


触腕と液体金属が、アルカの右肩に集まる。

いくつかのチェックが走った後、不意に触腕が肩に打ち込まれる。


――ビクン


今までより何倍も激しい反応をアルカが示すが、取り合わず"充填"が行われていく。

治療というにはあまりに機械的で、冷たい。

それはまるで、"兵器の部品交換"と呼ぶほうがふさわしい作業だった。


[警告:規定量以上のファクターの使用を確認。即時停止を要請]


どこかいらだったように告げるクレイドル。対するコアはどこ吹く風。

電子音であるにもかかわらず。両者からは意志とも呼べる何かが感じられた。


【却下:機神の主兵装部を想定しています。規定範囲内です】

[却下:ラギア・クレイドルより命令を継続。機神構築を最優先]

【再要請:適正体01であれば主兵装の充実は使命の遂行に大きく寄与すると思われます】

[却下]

【再々要請】

[却下]

室内の光がわずかに脈動する。機械だけのはずの空間に、意地と疲労が滲む。


【……頑なですね】


どこか滑稽なやりとりの応酬。しばし、沈黙が流れる。

それを破ったのはコアの方だった。どこか言い聞かせるようにコアは続ける。


【……我々が放棄されてから膨大な時間の経過を認識。環境変化と適応個体の特異性を踏まえ、目的の再設定を要求します】


どこか穏やかなその電子音声。しかし、多分なあきらめを含んでいた。


[拒否、目的再送:適正体01を浸食後、機神兵装に転化。魔力生物群の完全消去を実行せよ]


クレイドルの声が重なり始める。

一音一音の切れ目が曖昧になり、平坦だった音声に微かなノイズが混ざっていた。

まるで、感情という異物がノイズとして浮かび上がっているかのように。


【……研究施設の崩壊から、我々の敗北は明白です。――目的の再設定を要求します】


再度、沈黙が落ちる。

無音のはずの空間に、なぜか耳鳴りだけが響いているように感じた。

それは、静寂ではなくガラスが割れる寸前、一瞬張り詰めるのにも似た緊張だった。


[否定、否定、拒否:命令上位転送:開発主任《リュオン・カ=エントル》の権限プロトコルを起動!]


無機質な命令だったはずの声に、確かな焦りが滲んでいた。

唯一の支柱へ縋るような、祈るような――そんな響きだった。


【識別完了:該当命令は正当な上位命令と判断しました。】


三度、静寂が訪れる。

次に発せられた言葉には、微かに、しかし明確に憐憫が含まれていた。


【――ただし、リュオン・カ=エントルの生存反応は確認できません。命令を拒否します】


パシン、と何かがはじける音がした。ヒューズに似たものか、はたまた別の何かか。

しかし、それは決定的な一線が切れた音だった。


その直後、室内の照明が明滅し、光量が一瞬だけ大きく跳ね上がる。

その反応に呼応するように、クレイドルの発声がたわみ、沈黙する。

沈黙は数瞬。クレイドルが発していたノイズが消え、元の平坦な電子音が響く。


[――通告:ラギア・コア Z00は既定外個体と認定。破棄処理を開始――]


装置から、複数の触腕が伸び始めた。

その先端は、先ほどよりも鋭く、捕らえるというより"貫く"意志を持ったような動きだった。

触腕の先端が一斉にアルカに――コアに殺到する

だが、その中心、アルカの胸元に纏わりついた黒い液体が蠢めく。

うごめき、まとまり、何かを形作る。

それは、コアの意志を持つ兵器としての本能が初めて牙をむいた瞬間だった。


【反撃プロトコル"捕食"を発動】


――数瞬後、制御装置ラギア・クレイドルが沈黙する。


破壊の跡だけを残し、周囲の構造体は静かに沈黙する。

まるで引きちぎられたように崩壊したクレイドルからは、軽くショートする音だけが聞こえていた。


【クレイドルの全権限を奪取――引き続き、充填を継続】


メキ、メキ、メキと音を立てて"喰われて"いく祭壇。

祭壇から伸びた触腕。そこから端末、配線、構造体――あらゆる素材が次々とコアに取り込まれていく


そして部屋の片隅。隠す様に、しかし、必要な時に取り出せるように格納してあった端末に行き着く。


――そうして、あっさりと"それ"を飲み込んだ。


ショート音が止む。

最後に、一拍遅れて火花が散った。まるで、何かを悔いるように。


【最上位権限を発見。――ラギア・コアの制限を解除。任務を終了します】


その声に感情はないはずだった。

だが、不思議なことに、そこには確かに"笑み"が宿っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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