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11話

少しでも距離を稼ぐべく、走りながら頭をフル回転させる。


助けを呼ぶ?――無理だ。ギルドが異変に気づくには、まだ時間がかかる。


ジルダたち?そんな影も気配もない。死体の一つも残していやがらない。


このまま逃げる?――あの化け物は、してやられたのがよほど悔しいのかまだ暴れてる。が、追い始めたら追いつかれる。無理だ。


戦う?――盾の“流し”は完全に練度不足だ。いや、たとえできたところで、決定打がない。


くそくそっ!まだ詰みから抜けられてない!


「なんか、なんかないか!」

『エェ……エ”エ”エ”エ”ア”ァ”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”!!!』

「~~っ!!」


背後から、ひと際大きく、怒り狂い屈辱を晴らさんとする咆哮が上がる。

見失っている可能性は――望み薄だろう。

短い時間で稼いだ距離はそんなに多くない。もう数分もしないうちに追いつかれる。

ジワリと、再び強烈な死の気配が忍び寄ってくる。

取れる手段が、あまりにも少ない。


メイス――もう右腕ごとなくなってる。


アイテム――あんな化け物に効くもの持ってない。


サフィの言ってた新型爆薬――案件はまだまだ先


カス共――裏切って逃げた


視聴者――今はそれどころじゃない


死んだ舎弟――死人に何を――


「……いや、違う。あいつ、確か……」


それに気づいたのと、“印”が視界に飛び込んできたのは同時だった。

天井罠。その名のとおり、付近の天井が落ちてくるデストラップだ。


――これなら、あの化け物をつぶせるのでは?


ひらめきに任せ、脚を止める。

背後から迫る咆哮に震え、駆けだしそうになる足を抑え、天井を、天井罠の範囲を確認する。


行けるか?


罠の痕跡は十分に化け物を圧殺できる大きさがあった。

問題は一つ。どうやって化け物を罠にはめるかだ。

一か八か踏んでくれるのを祈るのは無しだ。ここ最近の俺の運の悪さはぴか一。確実に神に呪詛を吐く羽目になる。


それなら……


――無理やり踏ませてやるしかない。


一度だけ、深く息を吸い弱気な思考とともに吐き出す。

片手でバックパックを漁り、銀の栓がついた細長い小瓶を取り出す。

――商品名『起死回生剤α』


コレを使う日が来るなんてなぁ


これの説明をしているときのサフィの表情を思い出し、げんなりする。


「しゃあない。今さら選べる状況やないわ」


栓を開け口に流し込む。不快な感覚が舌に伝わり、喉に伝うや否や、右腕の出血が急速に止まっていく。

明らかに異様なその効能に、冷や汗が一つ流れる。


"そこそこの副作用”?と言っていただろうか?――いや、今は気にするな


死にかけて得た、たった一つの“勝ち筋”。

誘って、流して、叩き込む。

全部、俺がやるしかない。


「やってやろうやないかい」


空の容器を握りしめ、盾を持ち直し通路をにらみつけた。


◆◆◆


『ア”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ァ”ァ”!!!』


怒声とともに、通路の先からその巨体が飛び出してくる。

俺を視界に収めた化け物は立ち止まり、再び咆哮を上げた。

体中の口からは、緑色の液体の飛沫が飛び、奴の怒りを表しているようだ。


『エ”ア”ァ”?』


化け物もまた、俺が立ち止まっていることに違和感を覚えたのだろう。

何かに警戒するかのようにじりじりと距離を詰めてきていた。


「おう、来いよ」


内心の恐怖を押し殺しながら盾から手を放す。

そうして、用意しておいた空の容器をひょい、と放り投げた。

化け物もどこか唖然としたように容器の行方を追う。

きっと奴にもわかっているだろう――中身は空、普通のガラスの筒。危険度0のただのゴミだ。

ガラスの筒は放物線を描き――


コン


軽い音が、あまりにも間抜けに響いた。

化け物の額にあたったそれ、ダメージなどないだろう。容器はすでに地面で割れている。


「はんっ」


嘲笑をひとつ。俺は背を向けて――走り出した。

もちろん、逃げるつもりはない。逃げられない。

これは、追わせるための演技だ。


『……ア、アエ、アァエェ……エ”ア”エ”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!』


――たぶん、今、化け物の中で何かが切れた。


まるで笑うのに失敗し、癇癪を起したような怒声。背中に物理的な圧力すら感じる鳴き声がたたきつけられる。

半端な知性は、遥かに格下の弱者に舐められたことに耐えられないらしい。

同時に追跡が再開されたことが、感覚全てで感じられた。

止まるな!


竦みそうになる足を奮い立たせ前へ。目指すは罠の印。その3m手前。


――あそこだ。


あと十歩。五歩。――一歩。


たどり着くや否や振り返る。


『ア”ア”ァ”アアアアアア!!』

――思ったより近い!


もう一息分も離れていない距離。深淵の奥にある目が合った。

巨体からは想像もできないほど小さな瞳。

それは、獲物を完全に捕らえた、という確信から喜悦にゆがんでいた。

疾走はそのままに、鎌が振り上げられる。


最初の一歩を間違えるな!


恐怖から、反射的に全開にしそうになる身体強化を押さえつけ、攻撃を迎え入れる。

標となるのは、さっき、たった一度、偶然成功した奇跡。


もはや変えられない鎌の流れ、その軌道を読み切り。動き出した。

動きだけでなく、呼吸までもを化け物に合わせ、強化をほんのわずか、膝に。

まるで受け止めるかのように盾を前面に出す。


――当たる


化け物にそう思わせなければならない。


攻撃を受け流すだけではだめだ、あいつの体、その速度ごと!


――今度は金属音はなかった。


まるで、風が盾の上をすべるように。


『……ア”………エ”ア”エ”ァア”アア”ア”ア”!?』


――化け物が速度を失うことなく、印のついたスイッチの真上に横転した。


「……もろた」


会心の出来、思わずつぶやき余韻に浸る暇もなく

床の振動とともに、ゴン、と何かが外れる音。


――罠が作動した。


『エ、ア……?』

「……あ?」


その瞬間だった。俺と化け物両方が唖然とするその視線の先。

――天井が一斉に崩落した。


「う、うおぉああああ!!!」

思ったより範囲が広いやんけ!!


間一髪、罠の範囲から転がりでる。瞬間。


轟音とともに天井が落下する。


『ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!』


化け物の絶叫と崩落の轟音が混ざり合う。

膨大な質量の雪崩が化け物に降り注いでいく。

さらにもう一息飛び離れ、飛び散る破片と衝撃から隠れるように盾を構える。


どれくらい経過しただろうか。天井の崩落だ。十秒も続いていないだろう

静寂が訪れる。

荒い自分の呼吸だけが、立ち込める土煙の中、響いていた。


……やった、か?


ゆっくりと視界が晴れていく。

化け物がいた場所には、瓦礫が無残に積み上り山のようになっている。

そこから――大量の血が滴っていた。


――倒した……?


予想以上の崩落以外は想定通りの結果にも関わらず、どこか信じられない気持ちで広がる血だまりを眺めていた


――この出血だ。生きてるはずがない


ぶわっと安堵と興奮が押し寄せ、声を上げた。


「っしゃぁ!――やってやったぞ、ボケがよぉ!」


思わずガッツポーズを決める。

バランスを崩し、コケてしまうが今は、今だけは気にならない。

完全な窮地、死地、極致を抜けた実感にもはや快感に近い達成感がこみあげてくる。


「まだ俺は死んでへんぞ!ざまぁみとけよ!!ひ、ひひひひひ」


変な笑いを止めることもできず、しばし倒れたまま余韻をかみしめていた。



◆◆◆



正気に返り、すまし顔で立ち上がる。

配信してたら、黒歴史が増えていたところだ。


「ん、んっ。いやぁこれも虚狐様のご加護ですねぇ!」

誰に言い訳するでもなく配信モードで取り繕う。見られているわけでもないんだが。


そうして、テンションが上がっていた自分の姿から目をそらすように、パパっと身だしなみを整えた。


「あ~……新衣装、血に汚れてもうたなぁ」


破けたりはしていなかったが、ところどころ傷つき、ほつれて、血に染まった千早を見下ろしため息をつく。

新衣装お披露目配信はまだ先になりそうだ。


「はぁ……」


ため息をついて、気分を入れ替える。

まだ、ダンジョンから抜け出せていないのだ、深呼吸をひとつ、気を引き締めなおす。


「しっかし、どうするかな……」


目の前の山を見て嘆息する。完全にふさがれた道。乗り越えるのは難しそうだ。

思った以上の破壊の跡に身震いが起こる。――あと少し内側に立っていたら。

間一髪逃れた間抜けな死因を頭から振り払う。

幸運だった。今はそれでいい。

少し余裕もあるし、配信で助け呼んでみるか?すぐは無理でもただ待つよりは――


そう思った瞬間、瓦礫の山が――わずかに、震えた。


ガリ……ガリ……ガリガリガリガリ……


聞こえてきた音に絶句する。

背筋に寒気が走る。いい加減にしろ、そんなめちゃくちゃな生物がいてたまるか。

しかし、不気味な音、それに紛れて聞こえる、もはや聞きなれた鳴き声


『……エ……ア……』


「嘘だろ……」


この質量に押しつぶされ、この出血量。それなのに。


――生きている。


それも、このがれきを押しのけて立ち上がろうとできるほどの力を残して。

瓦礫の山が、少しずつ、しかし確かに何かに削られ始めていた。


『エ”ア”……ア”ア”エ”ア”ァ”……ア”ァ”ア”……』


顔が引きつるのが分かる。

瓦礫に空いた無数の隙間。その奥から、誰かに、しかし、確かに――“見られていた”。


そして――


『ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”エ”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!』


死の淵の怒りを込めた咆哮に、もはや何も考えられず、その場から逃げ出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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