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10話

『エ、アェアェェアアアアェアアアア!!!』


それはもはや鳴き声というより、内臓が逆流するような

――正常な生き物であれば、死ぬ前にしか出ない奇声。


巨体からは想像もできない速度で、化け物が一気に詰め寄ってきた。

奴の影が目の前まで迫ってようやく、ジルダや俺が動き始めた。


完全に出遅れた!


最も近い位置にいた斥候の男は未だ呆けたままだ。


「おい!避けぇ!」


裏返りそうになる声で警告する。が、遅かった。


「え、え、ぎげぇ――」


斥候の頭がはじけ飛ぶ。

果たしてあいつは、それが化け物の鎌の一撃だとわかっただろうか。


桁違いだ。


突進からの横凪ぎ。化け物はそれだけで一人、結構やると思っていた探索者を葬り去った。


その事実に動揺した一瞬。頭を失い倒れ伏した男を楽しそうに眺めていた化け物。


――その視線が今度はこちらをとらえた。


「――――っ!!」


とっさに盾を構え、身体強化を全開にできたのは短いながらも探索者として危機を乗り越えてきたおかげだろうか。

再びの突進、横凪ぎ。

その一撃は相棒の盾にぶつかり――一瞬で視界が吹き飛んだ


「あがぁっ!」


まるで抵抗もできず、壁にたたきつけられる。

口の中に血の味が広がる。



盾の重さも、構えの形も、身体強化の支えさえも――すべてあざ笑うかのように。

異世界で初めての力負けだ。これが、師匠の言っていたことだったのだろうか。


――やばい!


もはや、その攻撃は視界ではとらえていなかった。

生存本能の指示するまま。何とか離さないでいられた盾を体の上に。

まるで亀のように防御の態勢に入った。


――ガン!ガン!ガン!


「ぎっ!!」


盾の上からまるで岩でも落ちて来たような衝撃が連続する。


遊んでやがる!


本来なら一撃で叩き潰せるだろうに、痛めつけるのを楽しむように半端な攻撃を連発する。


――ッ!どうする!?


焦る脳内に、甲高い風切り音が届く。


『エアェアア?』


瞬間、攻撃が緩む。

ポトリと目の前に落ちてきたのはもう見慣れた矢だった。

――援護!


続いて風切り音が2、3続く。舎弟の弓師だろうか。

鎌に防がれているが顔を狙い注意をそらしているようだ。


「う、うぉおおおお!」


ジルダが吠え、このダンジョンで幾度も敵を屠ってきた一撃を放つ。

狙いは生物の急所――頭部だ。

硬質なものがぶつかり合う轟音。完全に化け物の意識が俺から離れた。

転がり、死地から離脱する。起き上がると共に盾を構えなおし、気休めに市販のポーションをあおった。


「すまん!助かるわ!」


化け物を見据えながら、声を上げる。

やはりというか、ジルダの一撃は鎌に防がれ、急所には届いていなかった。

が――


ジルダの一撃は、化け物の体の中でも明らかに強靭な部分である鎌に傷をつけていた。


――いける。


傷がつけられるなら可能性はある。

非常に低い可能性かもしれないが、まだ絶望ではない。


「そうよなぁ!理不尽につぶされるんはご免や!」


盾を再度構えなおし、身体強化を再度全開にする。

ポーションに含まれる興奮成分が、わずかに恐怖を軽減してくれていた


逃げるのが最善――しかし、今この距離で背中の見せるのは悪手。


「俺が受けて時間つくる! 弓は顔面だけ散らせ! ジルダは一撃頼むで!退路確保できたら一気に離脱や!」


俺が何とかチャンスを作り、急所に一発入れば、それでなくとも傷を負わせ、引かせることができれば――!

様々な勝ち筋を考え、構えを随時変更する。

わずかに見えた希望。戦闘に集中し、急速に視界が狭まり、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。


次の一発が全て決める……!集中しろ!


まるで時の流れすら遅くなったような空間の中、鋭敏になった狐耳は信じられない音を拾っていた。


それは――この場から全力で遠ざかる二人分の足音だった。


「――はぁ?」

間抜けな自分の声がまるで他人の声のようにその場に響く。


「お前ら、嘘やろ」


とっさに二人の後ろ姿を目線で追う。

――外套の裾が、通路の向こうへと消えていくのが見えた。


「……あーあ、何で俺はまたあのアホ共を信じてもうたんやろ」


思わず口に出る。希望に燃えていた分、急速に胸の奥が冷えていった。


強敵の前で完全に意識を別に向ける。

愚かな行動がもたらした、結果は甚大だった。


痛みも音もなく。


熱だけが跳ねた。

気づけば、メイスごと右腕が地面に落ちた。

半身を濡らす暖かい液体が自身の血液だと気が付くまでに、もう一瞬の時間が必要だった。


意外と出血しないもんだ。身体強化のおかげか?


現実から逃げようとする意識に、生臭い匂いがぬめりと割り込んできた。


『エァ、エァ、エァ』

「なんやわろとるんか」


いつの間にか、近くに来ていた化け物。

切り落とした俺の右腕を鎌で突き刺し、見せつけるように捕食し嗤う。

――あぁ、死ぬなこれ。


目の前で失われていく自分の一部。心の中に、冷たいあきらめが広がっていく。

右肩から先は、どこにもない。

身体強化も気が付けばほとんど解けており、せいぜい止血にまわしてる程度。

相棒の盾はまだ無事だ。あれだけの衝撃を受けてなお変わらず、形も変わらず左手の中だ。

しかし、その盾を持ち上げる気力が湧いてこなかった。


『アァアアアアァァ!!』


まるで嘲笑するような、化け物の声が響く。

勝利を確信しているのだろう。

すでに殺しではなく、楽しむために動いているようだった。

ぬるりと化け物の気配が迫る。

奇妙な笑いを響かせ、見せつけるように大きく振り上げられる鎌

知性があるのだろう。

逃げられず、手づまりとなったこちらをあざ笑うかのように大振りで、それでいて強力な一撃。


死ぬ。


そう確信した瞬間。振り下ろされる刃。

死の淵でその軌道が、妙にクリアに見えてしまった


せめて、痛くないと良いんだが――


心が完全にあきらめかけたとき――盾が、体が動き始めた。

訓練で、実戦で幾度となく繰り返した動きを体が反射的に取り始める。


『最初の一歩を間違えるな』


師匠の声が、あの砂利だらけの道場の風と一緒によみがえる。


「――あぁ、何や。また俺は力任せで"楽"をしようとしてもうたんやな」


身体強化の抜けた体が驚くほど柔軟に動いていく。

動いたのは――足。踏ん張るためじゃない、逃がすための第一歩。

鎌が迫る。視線が鎌を、その軌道の未来地点を観測する。

盾が持ち上がり、腕が、肩が、体が、その軌道をなぞるように柔らかく添えられた。


最初の一歩を間違えるなって、こういうことだったのか。


わずかに角度をつけ、滑り込ませるように鎌を迎え入れた。


盾に死の鎌がせまる。


接触。


火花とともに、金属を削るような鋭い摩擦音。勢いは衰えることなく空気を裂いて


――通り過ぎた。


行き場を失う鎌。一撃に込められた莫大なエネルギーは行き場を失い、化け物からバランスを奪った


『ア……アアァア……!?』


床の配管を押しつぶし、困惑ともとれる鳴き声を発しながら化け物が転倒する。

死線を越え命を拾い、跳ねる鼓動に突き動かされるように俺は足に身体強化をかけなおした。

戸惑う暇もなく、俺は踵を返し一気に通路を引き返す。


――逃げないと!


でもどこに?


背後からは、化け物の怒り狂い暴れる声と音。

未だ死地に取り残されたまま、一か八かの逃走を始めた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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