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9話

「ふっ――!」

見慣れない武器を持ったゴブリンの一撃を受け止めそのまま横に払う。

たたらを踏んだゴブリンに肉薄するのはジルダだ。


「おらぁ!!消え失せろ!」


ジルダの一撃がゴブリンの上半身を消し飛ばす。

ふらふらとさまよった下半身が一拍の後倒れ、俺はほっと警戒を解いた。



踏み込んだダンジョンはいわゆる『他文明系』に分類されるものだった。現行の文明とは全く異なる様式が見られるダンジョンで、往々にして"大発見"があることでも有名だ。

――一発逆転を夢見て、突入するのもわからんでもない。

SF映画の研究施設を思わせるように、床には謎の配線、配管が走り壁に走った溝からのぞく仄暗い明りが周囲を照らしていた。

踏み込んだ部屋、中に巣くっていたゴブリンを始末しつつ思考を巡らせる。


今のところ、強敵は出てきていない。ダンジョンに入り込み、繁殖した雑多な低級魔物ばかりだ。

先ほどのゴブリンと同じように、他文明の武器を持っていたりはするが、まるで扱えておらずただの棒と変わりない。


ひとまず、問題なく戦えている。けど……


俺は、ゴブリンの落とした謎の武器をうれしげに拾い上げ、バックパックに格納する舎弟を見て眉をひそめた。


――妙に落ち着いてるな。ついさっきまで"仲間が死ぬかも"って顔だったのに。


突入前の熱量はどこへやら。よく言えば慎重に、悪く言えば鈍重にダンジョン探索は進んでいた。


ジルダはさすが銀槍級の面目躍如で、技量だけならもしかすると金級相当かと思わせるほどだった。

他の舎弟二人も、正直言って有能だ。

斥候の方も適宜罠を見つけ出して、戦闘ではうまいこと遊撃をこなしている。

弓の方も決して目立ちはしないが、味方の隙間を正確に射撃で埋めてくれる。


新発見ダンジョンへの無許可突入なんて欲を書かなくても、地道にやっていれば十分評価されただろうに。


それに――


「おい、どうだ?"痕跡"はあったか?」

「いや、この部屋もダメっすわ。」

「こっちもっす。この部屋には逃げ込んでないみたいですね。」

「はぁ、ハズレか」


どうにも、こいつらから焦っている様子が見えない。


部屋の中、棚や什器を物色する彼らは、まるで"何か別のもの"を探しているようにも見えた。


「なぁ、仲間はええんか?奥に進んだ方が――」


俺の声が聞こえるや否や、はた、と手を止めジルダがこちらに向き直る。


「……すまねぇな。わかってはいるんだ。だが、あいつらは魔導石を持ってる。……足跡か、声だけでも残してりゃ、何かわかるかもしれねぇ」


沈痛な面持ちのジルダ。その声音には、微かに震えがあった。

『せめて最後の一言だけでも』ということだろうか。


「逃げながら、どっかに仕掛けたかもって……思いたいだけかもしれねぇがな」

「……悪かったわ。邪魔せんから続けてくれ」

「恩に着る」


どこか芝居がかったジルダの口元が、一瞬だけゆるんだ。


◆◆◆


ギリギリ――と、金属と金属が擦れ合う不快な音が耳を削る。


「っく、こいつ……っ」


盾に食らいついた金属ワームはそのまま俺を飲み込もうとするように圧を加えてくる。

ぐっとワームが身をたわめた瞬間、横から矢が飛来し関節部に突き刺さる。


「っらぁあ!!」


ワームが硬直したのを見逃さず、ジルダの槍が頭部に突き刺さり、爆散させる。


「ナイス!もう一匹来るで!」

「わかってる!こっちは任せろ!」


――きっっつい!


正直な感想だった。

三手四手で終わっていた小競り合いが、今では全員の連携を要する。


明らかに戦闘の“密度”が変わってきている。

モンスターもダンジョンに紛れ込んだゴブリンなどの外来種から、このダンジョン独自の固有種だろう新種に。

前情報のない戦闘は体力と集中力をどんどん削っていく。


足場も悪く、配管やケーブルが通路を這い、場所によっては液体を噴いている。

天井からは定期的に火花、あるいは“赤黒い雫”が垂れてきた。


奥には進めている――だけどこいつら、仲間を探している雰囲気じゃなくなってきてる。


戦闘中、視線を横にやると、斥候の男が別の方向に向かっていた。


「おい、何やってんや!戦闘中や、ぞ!」


怒鳴る声と同時に、盾を突き出してワームを弾き飛ばす。

無事仕留められるのを確認し、斥候の男をにらみつけた。


「確認っすよ確認!罠があるかもと思って!」

「戦闘中にやるこっちゃないやろ!何考えてん――」

「おい」


ジルダの一声が、俺の怒鳴り声を遮る。

次の瞬間、ジルダは無言で斥候の頬を殴り飛ばした。


「しっかりしろ!仲間が行方不明で動揺するのはわかる。だが、自暴自棄になるんじゃねぇ!まだ俺たちは奥に進まねぇとなんねぇんだぞ!」


「っ!すんませんジルダさん!」


一喝され、頭を下げる斥候。

ジルダはすぐにこちらを向き直り、深々と頭を下げてきた。


「すまねぇな。こいつも気が動転してんだ。許してやってくれ」

「アルカさんもすんません。俺、どうかしてました。」

「……ええで。気ぃつけてな」


雰囲気にのまれ、そう答える。

ただでさえダンジョンの圧力が増している状況だ、パーティの不和は死につながってしまう。


「ありがとうな。おい!お前ら油断せずに行くぞ!」

「「了解っす」」


調子よく答える舎弟。俺にはどうも反省の色が見えず、不安がつもる。

そのあまりの差に、俺の中の違和感は、さらに膨れ上がるばかりだった。


人前ということもあり、手のひらだけで尻尾を撫でる。

――今この場に、コメント欄も、応援の声も、誰もいない。


「よし、敵も強力なのが増えてきた……いい兆候だ」


ふと、ジルダのつぶやきを耳が拾う


「……なんのこっちゃ」


背負いなおした荷物が少しだけ重く感じられる中、俺の言葉は虚空に消えていった。



◆◆◆


それからどれだけ探索しただろうか。


ダンジョンの圧力はそれ以降も増していき、今では一戦一戦が激戦と言えるまでになってしまっていた。

とある部屋での休憩時、栄養食と回復剤を接種しながら俺は焦りを募らせていた。


まだ、何とかなってる。

――だが、これ以上は厳しい。


攻撃は受け止められる、ジルダの攻撃もまだ通じている――だがこのままではじり貧だ。

焦りつつ、撤退を進言するタイミングを計っていると、先行していた舎弟の一人がパッと手を挙げた。

幾度どなく見たハンドサイン――罠発見の知らせだ。


「罠か」

「みたいっすね。これは……げぇ、ここら辺の天井が落ちてくるタイプですね。ここの床だけは絶対に踏まないようにお願いするっす。」

「即死罠が増えてきたな。これは、期待できるか」


床に大きくマークを付ける舎弟を見ながら、ジルダがニィッと頬を吊り上げる。

――ダンジョンは難易度が上がれば上がるほど貴重なものが手に入る。

そんな俗説が頭に浮かんできた。

兆候つまりそういうことなのかもしれない。


ジルダはこちらに振り返り、だるそうに指示を飛ばした。


「ここら辺を探索するぞ、盾、目ぇ光らせとけ」

「……」


舎弟たちが、通路からつづく小部屋のドアをこじ開け始める。

何かに引っかかっているのか、立て付けが固まっているのか、最終的にジルダの槍がドアをぶち破った。

砕けたドアの破片は殺人的な勢いで部屋の中へと散っていく。

――中に仲間がいたらどうするつもりだったのだろうか。


どう考えても、硬く閉ざされた扉の中に救助者はいない。

よしんば中にいるかもと考えたとしても、それを考慮した動きじゃない


もはや、ジルダたちの目的が救助ではないことは明白だ。

しかし、ここはすでにダンジョンの奥。

愚かな俺にできるのは、彼らの設定を守りつつ、ここから生きて出られるように誘導することだけだった。


「なぁ、さすがにもうこの辺まできて、痕跡ないのはおかしなないか?」

「あぁ?ずいぶん冷てぇこというじゃねぇかよ。もしここまで逃げ込んでたらどうすんだ。見捨てんのか?」

「そういうわけやないけど……」


白々しく答えるジルダ。いらだった様子を見せるが、それも演技だろう。


「ジルダさん!こっち!」

「おぉ!」


俺との会話などなかったかのように笑顔で舎弟に駆け寄ったジルダが何かを受け取る。

ひとしきりそれを眺めていたが、苛立たしげにつき返すと舎弟の頭を殴った。


「ちっ、金目のもんを探せっつってんじゃねぇんだ"痕跡"を探すんだよ」


そう言いながらも、その何かをバックパックにしまい込む。


「へへ、すいません”痕跡”でしたね”痕跡”」


ちらりとこちらを見ながら言う舎弟の目には隠し切れない見下しが見て取れた。

もう一人の舎弟が舎弟があさっていた棚の中から、なにかを拾い上げる。

小型の魔導端末――探索者が持ち歩くには少々大きすぎるサイズだった。記録専用だろうか。


「ジルダさん、これ――」

「……壊れてるな。捨てとけ」


無造作に放られた端末が、甲高い音を立てて床に転がる。

あまりにも、乱暴すぎた。設定上、何かしらのリアクションをすべきものに対してもこの反応だ。

――もう"フリ"をする気すらなくなっている。


「ちっ、この部屋もハズレか、おい、出発するぞさっさと片付けろ」

「……」


イライラと声を荒げるジルダ。足元ではがれきを蹴とばし何度も槍の石突を地面に突き立てている。

被っていた猫も剥げ落ち、今ではこんな対応だ。


焦り、とも違うか。これは覚悟決めないとだな。


自分の選択に後悔が沸き上がるが、今ここで離反しても待っているのは魔物による袋叩きだ。

自責の念と沸き上がる怒りを抑えながら、ジルダたちに続いた。


◆◆◆


さらに三度目の激戦を終えたあとだった。

ジルダたちは相変わらず部屋をひっくり返し、何かを探している。

先ほどの戦闘の痺れがまだ抜けきらぬまま――俺は、ついに声を上げた。


「……もうええやろ。ここら辺が潮時や」


ぴたりと、三人の動きが止まる。

振り返った瞳はまるで現状の窮地から目を背けようとするかのように、欲望に濁っていた。


「……何が言いてぇ」


低く威圧するように言うジルダ。


「ジルダ。ええ加減にせえ。お前ら、最初から――仲間なんて、おらんかったんやろ?」

「……はは、やっぱバレてたか」


ジルダは軽く肩をすくめ、笑ってみせる。


「案外コロッと騙されてくれて助かったぜ。俺の演技も、なかなかだったろ?」

「ほんまやな。劇団員のほうが向いとったかもしれへんな」


冷静に、軽口で返す。

ジルダの口元が、ぴくりと歪む。

眉を不愉快そうにしかめたジルダは挑発するように見下し、言葉をつづけた。


「言うじゃねぇか。で?騙されたことにようやく気づいた賢い狐人様は、これからどうしたいんだ?」

「……お前らも気づいてるはずやろ。このダンジョン、もう銀級の範疇ちゃう。正直――お前の槍も、もう通じづらくなってきてる」

「……」


ストン、とジルダの表情から軽薄な嘲笑が抜け落ちる。

少し頭でも冷えたのだろうか。その隙に現実を突きつけていく。


「そっちの舎弟も、怪我隠しとるやろ。足も射もガタきてる。もう戻った方がええ。これ以上深入りしたら、全滅するで」


隠す様に足を引きずる舎弟のひとりは、ただ無言で目を細めた。


「このダンジョン、明らかに"金級"以上やないと厳しいわ。このメンバーじゃこれ以上無理や。ここまで無事やっただけで儲けもんちゃうんか?」


熱くなっていた頭も、一度冷めれば現実が見えてくるだろう。

ここまでの戦闘で全員消耗している。これ以上奥にすすんで、何かしら手に入れられたところで、それを持ち帰られなければ何の意味もない。

それに――俺は、あえて突きつけるように彼らに告げた。


「このダンジョン。じぶんらが発見したわけやないやろ?」


完全に、パーティが終わったのを感じる。

じりじりと焦がすような悪意がとうとう抑えきれずに舎弟たちから漏れ始めた。


「――強引に潜ってる時点で、別の誰かに権利がある。そうやろ?」


ジルダも、舎弟も否定しない。だが、この場合の沈黙は雄弁な肯定とさほど変わりなかった

自分の見る目のなさにため息がひとつ漏れる。

下手な演技に騙され、情に絆され、恐怖に流され。ずるずると窮地まで進んできてしまった。

が、ここからだ。何とか彼らを説得し協力してダンジョンを抜ける必要がある。


一人でここを抜けるんは難しい。こいつらの協力がいる。


そのためには、彼らにもメリットがあることを示さなければならなかった。


「拾ったモン、置いてってくれるなら、俺もギルドには……黙っといたる。何もなかった。今ならまだ、そういう終わらせ方ができるんや」


自分でも言っていて、自嘲がこみあげてくる。

――ついてきてしまったくせに、どの口が


最初に違和感を覚えながらも止められなかった。だからこそ、ここで止めなければならない。


「な?あんたら、技量はあるんやし……ちゃんと筋通してたら、いずれ金級にもなれたと思うで?」


技量があるってのは、本心だ。

今さら慰める気もないが、こんな迂遠で胡乱な手段使わずとも、地道にやっていればいずれ上がったはずだ。

それがわからないほど、目が曇っているのだろうか?何に焦ってるんだ?


「そない焦らんでも、正攻法でもっと上行ける実力はあるやろ――せやから、もうええやろ。戻ろ?」

「――てめぇに何が分かんだ?」


俺の言葉を遮るように、怒りに震えるジルダの声。

目が静かに、明確な殺意を帯びていくのが分かった。

ジルダの無表情が、バキリと音を立てて、割れた。


「こっちはなぁ……足掻いてんだよ。何年も、何百回もなぁ!しょうもねぇ商会とも手を組んで!それでも一段も上がれねぇまま……!」


声が空気を裂く。怒鳴りではない、咆哮だった。


「てめぇは何様だ!?俺の限界を随分とあっさり判断してくれるじゃねぇか!」


その目に宿るのは、怒りではない。羨望と、絶望と、殺意の混ざった敗北だった。


やばい――完全に地雷踏んだ!!


「お高くとまりやがって……金級じゃないと無理?ああ、そうかよ。銀級の俺らじゃ、俺じゃ無理って、見下してんだろうが――!!」


燃え上がり無限に続くかと思われたジルダの咆哮は突如終わりを迎えた。

俺も、ジルダ達も弾かれたようにそちらに視線を向け、物音ひとつ立てられなくなった。


場の気配が変わった。

いや――空気そのものがどこかへ消えたような、異様な沈黙だった。

通路の先、その曲がり角。

まるで空気が押し出されてくるような圧を伴う死の気配が近づいていた。

何かが、向こうの通路の先にいる。

冗談でも演出でもない。死そのものが、角の向こうに立っているような感覚。

俺も、ジルダも、舎弟たちも『逃げないと』と意識が悲鳴を上げているにも関わらず、戦闘態勢すら取れずその場で息をのむばかりだった。


ずるり


音があったなら、粘着質な這うような音がしていただろうか。

前方の角、その向こうから、まるで水から這い出るように、"それ"は姿を現した。

通路いっぱいに広がるその巨体。ぱっと見のシルエットでいえば、アラクネ、だろうか。


「人の体、か……?」


ポツリと漏らしたジルダの声が、やけに遠く聞こえた。

腹を擦りながら動く巨大な昆虫のような下半身、巨体に似合わず細い上半身は、むき出しの人体を雑に溶接したような醜悪さ。

人の手にあたる部分には、肉色の鎌のような刃。

そして――全身に点在する暗い穴。目なのか、口なのか、それすらもわからない。


……最悪だ。SFのモンスターかよ。ゲームでなら中ボス確定じゃないか。


思考がふっと逸れる。逃避だ。吐き気のする不快感が、首筋から背中にかけて這い寄ってくる。


「ヒッ」


斥候の男が、息を呑んだ。

その瞬間――


――ジロリ。


無数の顔、穴という穴が、同時にこちらを向いた。


『エ、アェアェェアアアアェアアアア!!!』

体中から咆哮を上げ、化け物は一直線にこちらへ突っ込んできた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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