6,誰でも歓迎
2695字
『あなたの吸っている空気は、誰が織っていると思う?』
深い水の中。全ての五感が遮断され、俺は水の中を落下し続けていた。
水面が遠い。薄れゆく光はやがて絶え、闇に全身が呑まれた。
『あなたの吸っている空気は、誰が織っていると思う?』
また同じ声が、脳内に響く。うるさいな、黙っててくれ。でもこのフレーズ……どこかで聞いたことがあるような……。父が再婚する前夜にアメリアに読んであげた詩の冒頭?あの詩集のタイトルは確か……『ハルモニア』。
……きて、
お… k
レジa
起きて……
…テレジア!起きて!
「テレジア!起きて!」
アヒルの玩具で顔面を叩かれて飛び起きる。
「ん!?ん!?」
「ずっと起きてって叫んでるのに、全然起きないんだもん!」
リコリスが頬を膨らまして、そっぽを向く。
「ああ、ごめん。今起きた。えーっと……なんだっけ。」
「朝ごはん!作ったから。アメリアも待ってるよ。ほら、さっさと起きて来る!」
彼女が部屋を出る際、トドメをささんといわんばかりに思い切りアヒルの玩具を投げつけられた。
「ぐぼぇ」
顔面で跳ね返ったアヒルを空中で捕まえて睨めっこする。全然可愛くないなコイツ。
昨日俺とアメリアはボイジャーを出発した。その際リコリスから「渡したい物があるから来て」と俺宛ての手紙をメイが預かっていたらしい。そして昨晩リコリスの工房まで移動した。しかし肝心のリコリスが完全にやる気モードOFFになっていたので、仕方なく昨晩はここで夜を過ごすことにしたんだ。
目をこすりながらメインルームに姿を現す。
「おはよー。」
アメリアは既に髪も整えて通常の服装に着替えていた。
「おはよ。」
いつものバカデカい帽子がないからか、やけに顔が小さく見える。そんなことをぼんやり考えながら席に着くと、リコリスが三人分の朝食を準備してきてくれた。
朝食を食べ終わり、少し休憩した後リコリスは俺をプライベート実験室に呼び出した。かなり狭いが、メインルームに比べて精密な部品や工具が並んでいた。
「今回私があなたを呼んだのは、他でもない武器のためよ!」
「武器?」
何を言っているのか分からなかったが、段々意味を理解し始める。
「ナハツェーラに襲われた時用の……ってこと?」
「そう!テレジアはどんな武器がいーい?……って訊くつもりだったけど、あなたの武器は銃って決まってるの。」
「えっなんで?俺あんま射的とか得意じゃないけど。」
「私達人間サイドで、飛び道具使える人少ないのよ!オダマキが銃の練習してて、他はフランネルが弓矢ちょっと使えたかなってぐらい。だから飛び道具使えるようになってもらわないと、遠距離タイプのナハツェーラに対応できないの!」
「そんな強引な……」
「頑張ればいけるって。」
「いや、でも……」
「試作モデルいっぱい作ってるの!好きなの選んで。これとかカッコよくて男の子好きそう。」
「ちょ、ま、」
押し付けられた九丁の銃を、とりあえず腕で抱える。試作モデルというだけあってまだ色も塗られていない状態だが、メッキのギラギラ感を肌で感じて震えあがった。
「実弾込められてるの?」
「どーだっけ。自分に撃って確かめてみて。」
「なんでわざわざ自分に向けなきゃいけないんだよ。」
けらけら笑うリコリス。また俺に背を向けて、かがんでボックスの中を漁り出す。俺はその場のビーズクッションに腰を下ろして部屋を見渡した。
地面に散らばっているメモには、たくさんの数式や歯車装置の模写が記されていた。ちゃんと頭はいいことが伝わってくる。壁に掛けられたコルクボードにもいっぱいメモが貼られていて……ん?
俺は銃をそこに置いて立ち上がった。壁に寄って、貼られていた一枚の写真に顔を寄せた。それは半笑いのリコリスと、不満げな顔を浮かべている裸のメイだった。
「……え、あ、そういうこと?」
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない。」
あまり触れない方がいいだろうか。すぐ顔を背けてビーズクッションに戻った……つもりだったが、写真を見ているところをガッツリリコリスに確認されていた。
「あーその写真?それね、まだナハツェーラ要素の強かった頃のメイ。その後お薬いっぱい打って、今の穏やかなメイが出来てるの。」
「変なお薬じゃないだろうな。」
「あの子は元々家族を持つナハツェーラだったのよ。でも、ある時サフィニアに両親を殺されて、路頭に迷って放浪してると開設初期のボイジャーに辿り着いたのね。そんでフランネルに拾われた。当時たまたま私がナハツェーラの研究をしてたから、フランネルからメイを譲り受けたの。で、狂暴性を沈静化した後、あの子ボイジャーで生きたいって言いだして。それで今がある。」
何食わぬ顔でメイの過去を語っているが、それ本人に確認取らなくて大丈夫?そう不安を残しつつも話を聞いていた。
「私やボイジャーの人たちにとって、メイはみんなの可愛い子供なのよ。オダマキとかメイにデレデレだもん。」
「あのオダマキが?」
「あの人メイのことずっと可愛い可愛い言ってるからね。でも、じゃあ私は?って訊いたら鬼ゲロクソ女とか言ってくるし。ほんと、もう。」
苦笑して振り向いたリコリスの手には更に十丁ほどの拳銃が握られていた。俺の足元に捨てる様にバラバラと落とす。彼女が少し腰を捻ると、心配するくらい骨の音がした。
「ん。もう好きなの持ってってよ。どーせテレジアしか使わないだろうし。」
そう言って彼女は仰向けに大の字で寝転がった。うつろな目をしている。
適当に一丁取った。
「これでいいよ。」
「テキトーな男だねえ!」
そうは言うが、これは俺がよく知っている銃がモデルベースになっているはずだ。昔銃が好きだった。
「九ミリパラベラム弾仕様、弾倉数十七……。リコリス。アンダーレールと強化フレームとスライドカットは?もう備わってるのかな?」
「えっ、急に詳しいね。どうしたの?」
「昔銃が好きだったんだよ。実際に撃ったことはないけど、昔父の持ってる銃のオモチャでよく遊んでた。」
「へぇ」
差し出した銃を彼女は手に取り、全方向から舐めまわすように見る。
「もう覚えてないから、後で確認してみる。あ、折角だし今確認してみるわ。」
彼女は部屋を出て行く。俺だけの小さな部屋。流れ込む風が、壁の二人の写真をなぞった。
※主は銃に関して全く詳しくございません。適当に手に取った本を読み漁って得た素人知識で銃の描写は書いているので、その辺はご了承ください。




