5,華々しいスポットライトの下で
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窓から差す陽光が、空気中の微細なホコリを照らしていた。まるで宇宙に点在する星々のようだ。
窓の外では、二羽の鳥が黄金の輪郭を着飾って空を飛んでいる。時々交わり、またすぐ離れる。寝起きで朦朧とする意識の中、扉をノックする音が部屋に響き渡った。そしてメイの声がする。
「テレジア……みんなで朝ごはん食べよ。」
娯楽室に降りると、既にボイジャーのみんなとアメリアがスタンバイしていた。テーブルに置かれた五つの皿には、それぞれトーストとサラダが盛り付けられている。横には小包のバターと牛乳が。
ソファに座る際、少しアメリアと目が合って思わず下を見る。彼女の視線がどうなっているかは知らない。トーストを手に取った時、フランネルが一言呟く。
「新入り、ハルモニアの花畑は見に行った?」
「花畑?いや、行ってない……」
「ここハルモニアは夢の国だ。花畑と言っても……ただの花畑じゃない。薫風草といって、触れた人の記憶を投影する不思議な花が低確率で自生してるんだよ。後で行こう!」
「でもあそこ人食い草も自生してるだろ。」
「人食い草?」
「植物型のナハツェーラだよ。餌に幻覚を見せておびき寄せた後食べるんだ。危険度レベルこそ低いものの、テレジアみたいな新入りは捕食されかねない。」
「付き添う自分たちがよく見張って置けば充分だよ!あんなに面白い薫風草を知らずにハルモニアで過ごすだなんて、人生半分損してる!」
「人生の半分が薫風草で構築されてるお前の方が損してる。」
フランネルとオダマキが花畑の話で盛り上がっている中、アメリアがあっさり朝食を食べ終えて立ち上がった。そそくさと娯楽室を出て行く。
ずっと存在を隠すように静かにしていたメイが、そっと俺の肩に触った。
「ハルモニアは慣れた?多分アザリア以外の人には全員会ったよね。」
「うん。優しい人ばかりで、この世界のことも段々受け入れられてきた……。ボイジャーを運営してるのは、フランネルとオダマキとメイの三人だけ?」
「うん。昔はもっといたんだけど、ナハツェーラに殺されたり自殺する人が多くて、いつの間にか三人になっちゃった。」
「自殺……」
「私達ね、死んじゃった家族には全員お墓を作ってるの。華やかな遊園地には不適だけど……その墓地が、ハルモニアで一番静かな場所でもある。どうせ一日中暇だし、思い出した時にでも私が案内するわ。」
「ありがとう、メイ。」
「いいの気にしないで。あなたが困った時は、私たちが助けるわ。」
ハルモニアの花畑は思ったより広かった。それこそギリギリ地平線を覆うレベルだろう。俺を連れてボイジャーのみんなとアメリアが来ていた。
「エリカ曰くこの敷地は巨大なプールにする予定だったらしいけど、プール自体あちこちにあるし、こういう花畑もあっていいよねってことで設けられたんだ。」
水彩を落としたような光景に、そよ風が靡く。彼女が、飛びそうな帽子を思わず手で押さえる。それを尻目にフランネルが花畑に駆け出した。地面の草花を鷲掴みにして、その分をオダマキとメイに投げる。
「メイが鬼な!」
そう理不尽に残して奥に駆けていくフランネル。呆れたのかオダマキはため息を吐いた後メイに手を差し伸べた。
「触ってくれ。俺があいつを捕まえる。」
「ふっ」
おかしく笑ったメイがオダマキに触るなり、彼は真剣な眼差しを崩さずフランネル目掛けて突進していった。でもその後ろ姿は、完全に無邪気な子供と同じもの。
「じゃあ私たちは薫風草を探しましょう。一番先に見つけられた人の勝ちね。」
俺が返事をするよりも早く、メイとアメリアが俺に背を向けて歩き出した。
空虚なアメリアの背中に少し手を伸ばすが、届かないことに気が付いて力が抜ける。そして素直に背を向けて、薫風草とやらを探し始めた。
どれくらい探しただろうか。透明な花だとは聞いていたが、もしかして輪郭すら認知できないほど透明なのか?赤ん坊みあちな歩き方で探していたから、軌跡上の花が元気をなくして俯いている。謎に申し訳ない気持ちが勝ってきて、立ち上がった。彼女らは見つけたのだろうか?そういえば、薫風草は触れた人の過去を投影するとか言ってたな。じゃあ辺りの花々を触って確かめればいいだろうか。そう閃き、また屈んでは腕を伸ばして花々を触りまくった。それを数秒続けた時。
――スピィィィン――
突発的に風が強くなり、色とりどりな花びらが個々に宙を舞う。突然の暴風に思わず目を閉じてしまった。しかし急に風が止んでゆっくり目を開けると……
「えっ」
俺は舞台前の観客席に座っていた。ここは、少しの間だが俺とアメリアが通ってた幼稚園。何かの学芸会だろうか?突然あたりのライトが消え、ブザーが鳴る。闇の中で拍手が巻き起こったので、とりあえず俺も指先で拍手する。再びブザーが鳴ると、カッカッと音を立てて舞台の一点にスポットライトが当てられた。
「はっ」
色とりどりのスポットライトを全身で浴びて、キリギリスのコスプレをした幼きアメリアが立っていた。物恥ずかしそうに観客席側を見渡す。そして何も言ってないのに、段々泣きそうな顔になっていった。あちこちのお母さま方から「かわい~い」と小声が漏れる。しかし、とうとうキリギリスのアメリアは膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。スポットライトの外でスタンバイしている蟻役の子の困惑した顔が、さらに観客の笑いを誘う。
「アメリア……」
俺は小声で呟いて立ち上がる。
俺以外誰もいない観客席。パイプ椅子をかき分けて俺は舞台に歩み寄った。距離に比例してアメリアの泣き声が大きくなる。
アメリア以外誰もいない舞台。俺は存在しない観客の目を恐れず舞台に乗りあがった。息も絶え絶えに泣くアメリアの肩に手を置いて、俺は語り掛ける。
「アメリア……お兄ちゃんがいるよ……。」
小さいアメリアが俺に抱き着く。涙で濡れた頬がこすれて、俺の頬も少し濡れる。「怖かったね。」と、抱き返した。ポンポンされる彼女の背中が、異常なまでに温かい。これが命の温度というものなのか。
「お兄ちゃん……離れ…ないで……。」
「ああ、離すもんか。アメリアが一人で立てるまで、お兄ちゃんはずっとそばにいるよ。」
この時俺は相当危ない状態だったのだろう。だって俺は気付けなかったんだ……アメリアの後ろから、俺を睨みつける巨大な蕾の存在を。蕾は俺に狙いを定めて大きく花を咲かせた。本来おしべやめしべがあるところには大きな穴が開いており、奥には渦巻くように牙が見える。
俺がそれに気付いた直後。
「危ない!」
俺の胸にいたアメリアが消え、俺と同じサイズのアメリアが短剣を持って人食い草に切りかかっていた。成長した……?いや違う。今目の前にいるのが本当のアメリアだ!さっきのは人食い草の幻覚?
人食い草は傷口から透明な液体を盛大にぶちまけて倒れた。大きかった姿は段々萎んで小さくなっていく。そして、あっという間にドライフラワーみたいになってしまった。
肩で息をするアメリア。握っていた短剣を鞘に収める。そして、跪く俺を見下ろした。
「怪我は!?」
「ない……けど…」
広げた両手に目を向ける。そこには何もない。ただ空虚な無限が広がっていた。
とにかく俺が無事で安心したのか、アメリアはその場に腰を落ち着かせた。呼吸を整えた後、ジッとこっちを見る。俺は下を向いていたがなんとなく分かった。お互い掛ける言葉が思いつかなくて黙り込む。しかし小さく声を漏らして、彼女は俺の足元の一輪の花を指さした。
「これ薫風草じゃない?ほら、周りの花と花びらの形が少し違う。」
言われた花を見る。
「これが……」
薄絹のように繊細な花びらは、薄緑の地に白銀の斑点を散りばめた柄をしていた。内側から外側にかけて色の濃淡が強くなっている。
アメリアはその花を細い指先で摘んで、自身の鼻に寄せた。
「薫風草は、人の心の奥底に眠るまだ語られぬ物語を映し出す力を持ってるの。花そのものは脆く、数日で散ってしまう。でもその瞬間に触れた者の記憶は、永遠に消えない足跡として残り続けるんだ。まるで……風に託された秘密のように。」
彼女は、持っている花の先端を俺に傾ける。そっと匂いを嗅ぐと、遠い春の日を思い起こさせるような、穏やかで懐かしい香りがした。
何も言えず座り込んでいると、アメリアが花を俺の手のひらに置いて、照れくさそうに話し出した。
「もしよかったらさ、今後私についてきてよ。フランネルたちやリコリスと違って、どうせあなた無所属でしょ?私も同じ。ハルモニア中をブラブラして脚本の完遂をのんびり目指してるの。だから一緒に……どう?」
「え……」
「ほら、私さ過去の記憶がないからさ……。もしあなたが昔の私を知ってるなら、一緒にいるだけで何かが共鳴して思い出せる日が来るかもしれないじゃない!ボイジャーで起きたことは私は気にしてない。一応質素な拠点はあるし、ちょっと拡張したら二人生活は可能だと思う。第一、私はあなたとゆっくり話をする必要があると思うの。」
風が二人の間を駆け抜ける。その時、遠くでフランネルの絶叫が聞こえた。オダマキに捕まったらしい。少し振り向いてアメリアは笑うと、そのまま立ち上がった。そして俺に手を差し伸べる。
「一緒に行こう?みんなが、待ってる。」
この手に期待を込めていいのだろうか。今後俺は、記憶喪失したアメリアを…変わらずアメリアとして接せられるだろうか。急かすようにまた風が吹く。
「……ふっ」
でも最後くらい、期待してもいいだろう。ここにはアメリアと……変わった『家族』もいる。孤独になんて、なりたくない。
俺は彼女の手を掴み、引きあげられて立ち上がった。遠くでは疲れて地面に手を突くフランネルと、その背中に座るオダマキ、そして薫風草を見つけて嬉しそうなメイがいた。
――みんなが、待ってる――
彼女が俺の手を引いて、俺たちは花畑をゆっくり歩きだした。




