2,クリオネの巣
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ここは『リコリス工房』というらしい。
あのピンク髪の女リコリスが所有する工房で、あちこちに工具が吊るされている。
「はい、これお茶。」
少し広々とした作業室、リコリスがお盆にコーヒーカップを三つ乗せてやってきた。
円系のテーブルを囲う様に俺とリコリスと白髪の女が座る。それぞれ出されたお茶の水面を見つめて黙っていた。
「えーっと……テレジア、だっけ。よろしくね!」
手を差し伸べるリコリス。かなり陽気な方だ。それに対して白髪の女はジッとこちらを見つめていた。何かを警戒するような目……。
「この子はメイ!白い髪が可愛いでしょ!?」
「ちょ、リコリス……」
満更でもなさそうな表情を浮かべてメイはお茶を飲んだ。
「いきなりごめんねー?テレジア、びっくりしてるでしょ?目が覚めたら知らない遊園地にいるんだもの。」
「そりゃまぁ。開幕早々熊に襲われるし。」
「サフィニアって人に助けられたんだよね?あの人は滅多に人前に姿現さないから、ちょっとレアだね。」
工房中の窓を開けるリコリス。差し込む光が多くなって、全体的に明るくなった。
今まであまり口を開かなかったメイが、しっかり俺の目を見て言った。
「実はあなたが目を覚ます前、私がプールに浮いてるあなたを見つけたの。そういうナハツェーラかと思ったけど、一緒にお友達ポケットや招待状も浮いてたから『新入り』の仲間なんだって気付いて。それであなたをプールから引きあげて寝かせてたの。私一人じゃあなたみたいな男の子をボイジャーまで連れて帰れないから、とりあえず軽くて大事なノートと招待状だけボイジャーに持って帰ったの。でもリコリスも呼んであなたを連れ戻しに来たら、もういなくて……」
きっとその間に俺が起きて、熊から逃げ出していたのだろう。
「ボイジャーって何?」
「あぁ、メイが働いてる本屋。一種の拠点みたいになってるの。今から、ボイジャーの他の店員がテレジアの招待状を持って工房に来るらしい。だからちょっと待っててね。ノートは私が預かってるから今渡すね。……あれ、お客さんだわ。」
『お友達ポケット』と書かれたノートを俺に渡すなり、開けた窓から顔を出してリコリスが呟く。
「お客さん?」
「アザリアだわ。私ちょっと見てくる!」
そう言い残してリコリスは工房を出て行った。
二人取り残された空間。気まずい沈黙が少し流れたが、何か思い出したようにメイが口を開いた。
「そ、そういえば自分のノート見るの初めてなんだよね?開いてみて。」
言われるがまま、俺は自分のお友達ポケットを机上で広げた。
目次には『あなたの脚本』『家族一覧』『ナハツェーラ』『よくある質問』の四項目が掲げられていた。
「メイさん。この脚本って何?」
「ああそれね。この世界の住民は、エリカから一つの物語を与えられるの。物語の内容はみんな違う。この物語を再現した人は、何でもお願い事を叶えてもらえるの。」
試しに脚本のページを開く。
≪守るべき人を繋ぐ≫
「守るべき人を繋ぐって書いてるんですけど。」
「え!?嘘、そんな抽象的な脚本聞いたことないんだけど。」
メイは俺の脚本を覗き込むなり「ほんとだ…」と固まった。
「まぁ……なんていうか……脚本の再現、頑張ってね!」
「他の人の脚本は、もっと具体的な行動で示されてるんですか?」
「うーん……まあ正直めちゃくちゃ具体的なわけではないけど、でもあなたほどザックリとした短い脚本は前代未聞よ。」
周りの人は俺と違う。そう考えると、なぜか低俗な優越感があった。でも脚本が抽象的ってのは、遠回しに再現しにくいってことだろうか?そう考えると良くない?
「あ、そうそう。言い忘れてたんだけど脚本を再現できなかった或いは再現できないと断定された人間はナハツェーラにさせられちゃうの。ナハツェーラになった人はエリカから新しい脚本を貰う。ナハツェーラの脚本も個人個人違うけど、大体共通して『ハルモニアの生命体を全滅させる』ことが設けられてるわ。」
「え!ナハツェーラって人間の成れの果てなんですか!?」
「そうよ。脚本を完遂できなかった元人間。あ、でもエリカが意図的に生み出した人工的なナハツェーラも存在するわ。なんていうか…人それぞれって感じ。」
「ちなみにメイさんの脚本は?」
「私の?私のはねえ…これ。」
差し出されたノートには、赤い字でこう書かれていた。
≪自分の存在意義を見つけ、ハルモニアの人間を絶滅させる≫
「……これって……」
「そう。私実はナハツェーラなの。」
変な悲鳴が出た。が、改めて疑問が湧いた。冷静だっただからだろう。
「なんでリコリスみたいな人間と共存してるんですか。もしかしてリコリスもナハツェーラ?共謀して俺を殺すつもり?」
「やだやだ!やめてよ怖いこと言うの。私はね、自分の脚本再現を諦めたナハツェーラなの。リコリスたちと仲がいいのは、彼女らに恩があるから。」
そう言い放った直後。工房の玄関が開いて誰かが上がり込んできた。
「リコリスおかえr……オダマキ!」
「ああメイ。こんにちは。リコリスは?」
「さっきアザリアを見つけて外に出てっちゃった。」
「そっか。」
その人は赤い目の男だった。整えられた黒髪と着こなした衣服から、人としての優秀さが滲み出ている。オダマキ……か。きっとこの人が、リコリスの言っていたボイジャーの店員だろう。
「君がテレジアかな。よろしく。俺はオダマキ。」
差し伸べられた手を握って、力強く握手する。何気にこのハルモニアに来てから初めて会う男性かもしれない。
「これ、預かってたやつ。もう正直必要ないかもしれないけど、一応大事なやつだから持ってて。」
渡された小さな封筒を開けると、そこには白い紙きれが一枚入っていた。
≪ようこそ!ここは迷える子供たちの行き着く夢の国、ハルモニア。現実の世界で、あなたは楽しい!? ママが知らない男を連れてくる? パパがお酒で暴れちゃう? 先生はイジメを知らんぷり? でもねあなたは大丈夫!だってここに来たんだもの! ここは子供たちの楽園。自由な小鳥たちの御伽の世界。今日からあなたも、この遊園地の『家族』だ!≫
「これが…」
「この国への招待状。本当に貰った記憶がない?」
ない。初めて見る。裏を返しても、何もない。
そのタイミングでようやくリコリスが戻ってきた。
「ああオダマキ、こんにちは。もう先に上がってたのね…」
「こんにちはリコリス。アザリアは何て?」
「やっぱり新入りと話がしたいって。」
俺の分からない話が繰り広げられている。しかし話がひと段落着いた頃、リコリスが一言言い放った。
「テレジア。今日はこの工房に泊っていいわ。明日エリカに会いに行きましょう。きっと早く終わるでしょうし、その後ボイジャーにも紹介してあげましょう。」




