37,宝物の名前
一歩エリカに近づく。
「来るな……来るな!」
エリカは半泣きで叫んだ。しかし俺は臆することなく一歩一歩を踏みしめる。
「くっ……これでも食らえ――」
エリカが手を振りかざした、その次の瞬間。
どこからともなく鎖が飛び出し、エリカのその腕を縛り付けた。
「なっ何だこれ!?」
「エリカ。君が今対峙しているのは俺とアメリアだけじゃない。君が夢を与えようとしたハルモニアの先人たちだ!」
「うるさいっ、うるさい!私は……私は全てを終わらせるの!あなたたちを殺して、ハルモニアと一緒に死ぬの!」
私という言葉が強く脳内に反響する。エリカが自分をそう呼ぶだなんて。
「エリカ、聞いて?私たちはね、あなたを恨んでなんかいない。あなたの見せてくれた夢は全て素晴らしいものだったじゃない。ここが壊れるのは惜しいけど、また新たなハルモニアを再建しましょう?脚本に囚われず、子供たちが自由にのびのびできる楽園を!」
「私は……あぁぁあ……!」
鎖が緩む。彼女は椅子から降ろされ、その場に跪いた。しかし、そんな彼女の周囲に光の粒子が浮かび出した。薄黄色の光の粒。雪のようでもあり、星のようでもあった。
「これは……」
「エリカ。アザリアが死んだ後、アメリアと二人で話してたんだ。君への対応を。」
エリカに歩み寄る。
そして、ついに彼女の目の前で立ち止まった。アメリアをその場に下ろし、俺はエリカと目線の高さを合わせる様にしゃがみ込んだ。
「エリモ……いや、ハルモニアの核である君を破壊するんじゃなくて、受け入れるんだ。絶望的な状況かもしれないけど、俺たちは君やハルモニアを守りたい。大人になっても、夢は見ていいものだ。」
彼女の肩に手を置く。
そして、呟いた。
「泣かないでエリカ。君の夢の続きを、見せておくれ。」
ドゴォォォォオォォ!!!
雰囲気をぶち壊すかのように外から轟音がし出したから、思わず震えてしまった。
「何!?」
俺とアメリアは壁の穴に歩み寄った。下を見てみる。
「あれは!」
エリモニアが涙を流していた。下瞼から、滝のように水を噴出している。それと同時に、ハルモニアのあちこちに裂け目が出現し、そこからも水が溢れ出した。
「ねえ、このままじゃハルモニアが浸水しちゃうわ!」
「エリカ!」
振り向いて叫ぶ。彼女は腰を後ろに倒し、階段に座り込むような体勢になった。
「なあ、エリカ……!」
「いいんだテレジア。アメリアも。本来ボクは君らに夢を見せることが目的だったけど……最期は、君らに夢を見せてもらう結末になるなんてね。」
「どういうこと?」
「運命は変えられないものだ。どの道ハルモニアは壊れる運命にある。そのタイミングが、偶然今だった……って言う訳だよ。」
もう一度外に目をやる。あっという間にハルモニア全域が浸水していた。観覧車がすっぽり水に呑まれている。
「じゃぁ……」
エリモニアの顔じゅうに黒いヒビが入った。ヒビは広がり……内側からは、エリカが夢見ていた真の楽園が垣間見える。しかし水はそこにも流れ込み、水でいっぱいになった。
城壁で囲まれたハルモニアに水がみるみる溜まっていく。やがて、この部屋にも水が流れ込んできた。
「アメリア!エリカ!」
アメリアの手を掴む。エリカに歩み寄るが、手が届く前に俺は流されてしまった。
「エリカーーー!!!」
上昇していく水面。離れていくエリカ。流される俺とアメリア。
「待ってテレジア。これさ、私達どうなるの?」
「今私達ハルモニアの城壁側に流されてるけど、これってまさか……」
この時俺の脳内に一つの予想が浮かぶ。
「まずい、このままじゃハルモニアの外側に流される!」
想像してみてほしい。樽に水を注ぎ続けると、当然溜まった水は樽から溢れるだろう。その時、水面に浮かぶものは水流に則って樽の外に流されようという動きに出る。今がまさにそれだ。
「水位がハルモニアの城壁を越えた。このままじゃ流され――」
そう気づいた時にはもう遅かった。俺とアメリアはそのままハルモニアの外に投げ飛ばされる。
「アメリア!」
「テレジア!」
投げ飛ばされた拍子に思わず手を離してしまった。俺たちはお互いに手を伸ばしながら、ハルモニアの外へ落下した。
「あぁ……」
落下中。俺は一瞬上を見上げた。下から見るハルモニアは、なんて美しいのだろうか。まるで雪の結晶……。ハルモニアの城壁の外は、こんなに暗いんだな。暗いからこそ、あそこの光が朧く照っている。
周囲を 見回して も
アメ
リ アの 姿が 見えな
い。
しまっ た……。
意識が 段々
消え か けて
い く……。
「???(自分でも何て言ったか覚えていない)」
俺は
深淵に
落ちた。




