36,命の趨勢
3182字
俺はアメリアの手を強く握って時計塔の螺旋階段を駆け上っていた。エリモニアの能力が復活する前に、核のある部屋に辿り着かなければ。
この時計塔はエリカの創造物だ。つまり、エリモニアの力が及ぶ物体である。その時計塔の内部にいる俺たちは今相当危険な状態なはずだ。そう考えながら階段を上っていくと……
「扉だ!」
遂にエリカの部屋の扉が視界に映る。アメリアは息を切らしながらも、俺の手をしっかり握ってくれていた。アザリアが死んだ。今ハルモニアの家族は、エリカと俺とアメリアの三人だけ。
「ここまで来たら……必ず決着をつけるんだ!」
「なあテレジア。」
「ん?」
一か月前。夜の闇に包まれるボイジャーの娯楽室で、オダマキは俺に話しかけた。彼は自分の指輪を磨いている。
「お前の脚本のことなんだが、お前はどう解釈する?」
「≪守るべき人を繋ぐ≫……ってやつ?」
「そう。どうなったら、お前はその脚本を完遂できたと言えると思う?」
ボイジャーはいつも静かだ。伏目がちに呟くオダマキの問いに、俺は少し言葉を詰まらせた。まだハルモニアに来て数日だというのに、いきなり脚本の本質を問われるだなんて……。
「前にも話したけど、アメリアは俺の妹だ。だから、俺にとっての守るべき人はアメリア。彼女を繋ぐってことだから……うん、分からないな。まず≪人を繋ぐ≫ってなんだよ。」
「ははは。まあ難しいよな。今まで何人も、自身の脚本の意味すら理解できず散っていた家族を見てきた。そんな俺から一つのアドバイスだ。」
「アドバイス?」
「とりあえず、最短ルートで意味を理解しようとするんじゃない。難解な問いの答えは、果てしなく長い平凡の先にあったりするんだよ。」
意味深に答えるオダマキだが、俺にはイマイチ言っていることが分からなかった。
「つまり?」
「テレジア、お前は何も考えずハルモニアで生きてみろ。ナハツェーラから逃げて、アメリアと旅をしながら、遊園地を堪能してみろ。夢の味を噛み締めた時、お前はようやくその脚本の意味を理解する。脚本完遂は、その後だ。」
螺旋階段を駆け上る。汗の滲むアメリアの手から、微弱な温度を感じられた。
「オダマキ……」
ようやく俺は理解できそうだよ。エリカの配る脚本は、その人の信念や過去に由来する。母と一度も言葉を交わさず、父の死の真相は義母が隠して逃げた。アメリアの悲鳴に気付けなかった結果、最愛の妹は死んだ。取り残された俺は誰の意志も継げず一人で死んだんだろう。
「守るべき人を繋ぐ……」
メイ、オダマキ、リコリス、サフィニア、フランネル、アザリア。彼らの意志を俺は継いで、繋ぐんだ!
「着いた!」
階段を上りきり、俺たちはエリカの部屋の前に辿り着いた。急いでドアノブに手を掛ける。しかしその瞬間。
ブーーーーーーーー!
大きなブザー音が脳内をガンガン叩いた。
「うるさい!」
手を離し、二人して耳を押さえる。その時ブザー音は止み……不穏な音が鳴る。
ゴッ……
「何今の音……」
「……地面だ!」
足元を見ると、そこには亀裂が広がっていた。
「アメリア!」
咄嗟に彼女の手を掴もうと手を伸ばす……が、遅かった。足場は完全に崩壊し、バランスを崩して俺たちは落下した。
「……いって……。ぁ、アメリア!」
空中浮遊する瓦礫の上で俺は目を覚ました。周囲には、同様階段の瓦礫が宙を浮遊していた。遠くの瓦礫にアメリアが横たわっている。
「今行くからなアメリア!」
俺は立ち上がり、近くの瓦礫に飛び移った。飛び乗った瞬間、足場は不安定に上下に揺れる。改めてアメリアのいる瓦礫までのルートを脳内で構築する。
「あそこに移った後あれに飛び移って……」
そう考えていた時。
「危ない!」
オダマキの叫び声が左から聞こえた気がした。
「っ!?」
左に首を曲げる。拳サイズの瓦礫が俺の顔面に向かって飛んできていた。
「うわっ!」
反射的に近くの大きな瓦礫に飛び移る。拳サイズの瓦礫はそのまま壁に直撃して粉砕した。
「……オダマキ。」
思わず呟く。さっきのは、幻聴だ。
けんけんぱの要領で浮遊する瓦礫に飛び移る。アメリアまであと少し。彼女は衝撃で気絶したままのようだった。溶けたようにぐったりしている。
「待ってろアメリア。今――よし!」
なんとか最後の力を振り絞ってアメリアのいる瓦礫に飛び移れた。少し体を揺らしてみるが反応がない。でも脈はあるし、息はしているようだった。近くで見てみると頭から血を流している。
「お兄ちゃんが、守ってやるからな。」
昔みたいに彼女をおんぶし、上を見た。
「随分と落ちたな……。扉はまだ見えるけど、もしかしてこれ瓦礫に捕まりながらボルダリングみたいに昇って行かなきゃいけないのか?アメリアを抱えてるのに、どうやって……」
その時、微弱な風が肌をなぞった。俺より上に浮遊している細かい瓦礫が忙しなく動き回った。
「アザリア……?」
生温かい風。流された瓦礫は、疑似的な螺旋階段を形成した。俺の今立っている瓦礫と、エリカの部屋の扉を繋ぐ階段。
「……ありがとう。」
息を整え、俺は瓦礫の階段を上った。
「いたぁぁあーーい、いっひっ……いたいい……」
「我慢しろアメリア!今お兄ちゃんが先生の所まで連れてってやるからな!」
ドッチボールで盛大に転んだアメリアをおんぶして、俺は校舎の階段を上っていた。彼女の膝から垂れる血が、俺の母指球に滲む。
彼女の涙が俺の頬に擦れた。かく言う俺も腕と腿を一か所ずつ怪我しており、涙を必死に堪えている状態だった。アメリアを宥めながら、教室を目指す。
俺とアメリアだけの階段。俺の涙声とアメリアの号哭だけが寂しく反響していた。
「おにい……」
「アメリア?目が覚めたか?」
目を覚ましたらしい。耳元でアメリアの声がする。
「あれ、私……」
「階段が崩壊してな。なぜか分からないが瓦礫が宙に浮遊していて。お前を救出して、今エリカの部屋に向かってる。」
「さっき私、何か言った?」
「さあ、何か言ってたのは聞こえたけど、具体的に何言ってたかは分からないよ。」
「なぜか分からないんだけど……その……お兄ちゃんって――」
顔色一つ変えず俺は階段を上り続ける。アメリアの細かい息遣いが耳元で感じられた。
「きっと、疲れてるんだよ。頭と腿から出血してる。俺が運んでやるから、お前は力抜いて休んでろ。」
「テレジアも疲れてるでしょう?いいわ、私歩けるから。降ろしt……」
「いいんだ。このままで。」
重い。昔はアメリアを背負って軽々駆け回ってたのに……今は、無理だろうな……。
ずり落ちてきたから、少し飛んで体勢を直す。扉まで、あと少しだ。
そうして歩いている内に、全身の痛みが少しずつ引いているのが分かった。傷口こそそのままだが、痛みや苦しみが確実に引いている。その時メイの言葉を思い出した。
「あなたが困った時は、私たちが助けるわ。」
「……そうか……。」
とうとう俺たちはエリカの部屋の前についた。
「……行くぞ、アメリア。」
「ええ。」
体を扉に押し付けて開ける。
「エリカ!」
王の間。バルコニーがあった壁の部分がぶち抜かれ、そこからエリモニアが一部見える。
「エリカ、迎えに来たぞ!」
俺のよく知っている、人間形態のエリカがいた。椅子に座るエリカは、ぐったりしている。俺が叫んだ瞬間、彼女の王冠が地面に落ちた。
カラン……
音が反響する。王冠は三段ほどの階段を滑り落ち、俺の足元まで転がって来た。
「テレ……ジア?」
苦しそうに顔を歪ますエリカ。あのエリカこそ、エリモニアの核だ。




