35,時計塔侵入計画
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エリモニアはナハツェーラとなったエリカであり、エリカと同化したハルモニアだ。危険度レベルは最高ランクの7。ハルモニアの物質や生命は全てエリカの血肉であるため、エリモニアはハルモニア中の遊園地施設を自在に操れる。それが彼女の攻撃手段だ。しかしこの能力にも限度があり、数回使うと数十分のクールタイムに突入する。時計塔の横には巨大なエリモニアの首が存在しており、能力を使う時は予備動作として目の中の時計の針を一回転させる。
そんな彼女だが、討伐方法が一つある。それは時計塔の上層にある『核』を破壊することだ。我々はまず時計塔に侵入するために一つの作戦を立てた。ズバリ、時計塔侵入計画である。そのまんまだ。
「よし、いいね?」
風船とヘリウムガスが大量に積まれた気球に、俺たち三人は乗った。
ハルモニアには様々な遊園地施設が存在し、その中には気球のアトラクションもある。本来ならこれに乗ってハルモニア中を空から観光することが可能だ。そして俺たちは、これを利用して時計塔に侵入する。
点火すると、みるみる気球が膨らんでいく。夢の国は、時として軽く物理法則も覆すものだ。あっという間に気球は膨らみ、一分も経たないうちに離陸した。
「とりあえずこのまま地面と垂直に上昇すればいいんだよね?」
「ええ。とにかく今は、ひたすら高度を上げましょう。」
気球も離陸したことだし、時計塔侵入計画の全貌を教えよう。
第一フェーズ。俺たちはヘリウムガスと自作の風船を可能な限り気球に詰め、それに乗る。多少風の影響は受けるだろうが、何の細工もされていない気球は真っ直ぐy軸方向に上昇していく。
しかし一定の高さまで上昇すると、きっとエリモニア俺たちを殺そうと行動を起こし始めるだろう。気球に乗って空を飛んでいる人を殺す方法として、何が考えられる?至って単純、気球を破壊するのみだ。きっとエリモニアは何かしらの手段で気球を破壊しにくるはず。正直気球が破壊されるのは問題ない。
気球が破壊されると第二フェーズに突入する。俺たちはヘリウムガスで膨らませた風船をたくさん体に括り付け、気球から飛び降りる。アザリアは半身ナハツェーラであり、弱いが風を操る力を持っている。その力を上手く利用して時計塔へ窓から侵入……。これが計画の全て。リスクしかないが、空から侵入するならこれしかないだろう。
上昇する気球の中で俺たちはひたすら風船を膨らましていって。とにかく上の火で破裂しないようにだけ気を付ければいい。膨らませた風船をどんどん体に結び付けていく。心なしか体が軽くなったような気がし出した。
「結構上昇したんじゃない?」
アメリアが少し立ち上がり、下を眺める。俺も作業の手を少し止めて陸の方を見下ろした。
「うわ!すご!もう時計塔の頂上より高いとこ飛んでるわ!私こんな高い所に来たの初めて。」
「ああ。」
エリモニアの方へ目を向ける。彼女はじっくりこちらを観察していた。時計塔の方へ直接向かうでもなく、ただ気球に乗って垂直に上昇していく俺達を不思議そうな目で見ているようだ。
「そのまま観察を続けてくれよー?できる限り高い所から飛び降りたいからね……」
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
少し遠くから何かの音が聞こえ出した。
「何の音?」
こんな上空だ。陸からの音はほとんど聞こえないはず。ということは……
「二人とも!しゃがんでください!」
アザリアがそう叫んだ時、俺の目には『宙を走るジェットコースター』が映った。レールらしきものは見当たらない。こちらに向かって猛突進している。
「ついにエリモニアの攻撃が始まりました!第二フェーズ準備!」
風船の束をしっかり確認し、アメリアとアザリアの手を握る。
その直後。気球全体が大きく揺れたかと思うと、盛大に空気が抜ける音が頭に響いた。上を見上げると、ジェットコースターが突っ込んできたことで気球に大きな裂け目が空いていた。
「飛び降り準備!……ジャンプ!」
思い切り目を瞑って、俺たちは気球から飛び降りた。
「キャァァァァァァァァ!!!」
推定上空五百メートル。ヘリウム風船のお陰か、落下は少し穏やかだった。アザリアの手に少し力が入る。直後、時計塔の方へ流れる風が発生し、俺たちを押した。三人で強く手を握る。体に結ばれた大量のヘリウム風船がゆらゆらと揺れる。ちょっと後ろを振り向くと、乗り捨てた気球が、裂け目から空気を吐きながら急降下していた。空気を吐ききるなり細長くなり、そのまま湖にドボン。なんだか切ない気持ちになった。
「空飛んでる!空飛んでる!」
「しっかり目を開けておいてください!いつエリカの攻撃がくるか分かりませ――」
そうアザリアが叫んだ直後。エリモニアの目の針が一回転する。
「次の攻撃がくるぞ!」
そう叫んで注意深く辺りを見回した……が、それらしい攻撃は襲ってこなかった。レール無しで突っ込んでくるジェットコースターも、吹き飛んでくる観覧車のゴンドラも、空間を跳躍しながら突進してくる木馬もいない。
「それっぽい攻撃は飛んでこないようだけど……」
「二人とも、頭を守って!」
アザリアがそう叫ぶ。反射的に俺は頭を両手で抱えた。
「っ!」
その時視界に映ったのは、まさにエリモニアの攻撃の前兆だった。というのも、目の針が回っていたわけじゃない。針が……立体に立っている。
直後、針がミサイルのように吹き飛ばされた。真っ先にこっちに突進してくる。アザリアが力強く唸ると、強い風が俺たちを針の軌道外に押し退けだした。しかし針は光の如く俺たちに迫ってきていた。
「キャァァァァァァァァ!!!」
強く目を閉じる。アメリアかアザリアか分からない高い悲鳴が鼓膜を叩き、同時にヘリウム風船がいくつか割れる音がした。
パパパパパン!
落下速度が一気に早くなる。何か液体のようなものが俺の肘にかかった。生温かく、どろっとしている。しかし上空で急速に冷やされ、その液体は俺の肘の上でパリパリに乾燥していった。
「この落下速度じゃエリカの部屋に直接降りられない!時計塔の真ん中らへんの窓から侵入して、あとは力業で螺旋階段を上るしか……」
「……ぁ、ぐっ……!」
蛇口から水が捻った時のようなジョボジョボという音が頭上で聞こえた。
「アザリa……」
上を見た、その瞬間。
「……あ、は……っ、げほッ……ぁ……ッ」
「アz……!」
アザリアは腹に巨大な貫通傷を負っていた。いや違う。よく見ると左脇腹が抉られている。半分以上腹部が喪失しており、グロテスクに内臓が露見していた。
「アザリア!まさか、さっきの針をもろに受けたのか!」
「……ぁ、あ……!」
彼女は右手の人差し指と中指を合わせ、さっと左に振った。左向きに風が吹き、俺たちは大きく揺れる。
「アザリア無理をするな!もう時計塔じゃなくていい、とにかく着陸だ!」
「ここまで……来t、げほっ……。来た……んだから……、ぜtt、絶対……時計塔に着陸す……ぁ、げほっ!」
血を吐き捨てる。
「アザリア……アザリア!」
アメリアが半泣きで彼女の名を呼ぶ。アザリアは、ただひたすら風の操作に意識を集中させていた。
その甲斐あってか、俺たちを結んだヘリウム風船群はみるみる時計塔に近づいて行った。そして、着地。しかしさっきの針攻撃で風船を半分以上喪失したため、そこまで高い所に着地はできなかった。ここは……時計塔の中腹くらいだろうか。
「着地!今すぐアザリアを横にするんだ!」
窓枠に足をかけて、螺旋階段に飛び降りる。体に結んでいたヘリウム風船を外に捨てるなり、俺とアメリアはアザリアを階段に寝かせた。少し凸凹しているが、許してくれアザリア。
「アザリア!聞こえる?目を覚まして!」
アメリアが肩を揺らすと、アザリアから死にかけの涙声が発せられる。
「あまり強く揺らすんじゃないアメリア。」
「でも……!」
「テr……ジア。アメリa……。聞い……て……」
アザリアが弱弱しく漏らす。下唇が血で真っ赤になっていた。
「もう喋らないでアザリア……!今すぐあなたを止血するわ!えっと、どうすれば……」
あたふたするアメリアと、それを細目で見つめるアザリア。二人を同時に見て……俺は、冷酷にも現実を受け入れ、アメリアに指示をした。
「アメリア。もう、いい。」
「……え?」
「アザリア。何だ?何か言いたいことがあるのか?喋ってくれないか。」
「何言ってんのテレジア!これ以上喋らせたら血が……」
アザリアが呼吸するたび、傷口付近の伸縮する筋肉が血を噴いていた。
「ねえ、テレジア……!」
「……もうアザリアは長くない。仮にここで止血しても、エリモニアとの戦闘は不可能だろう。今エリモニアの能力はクールタイムに入っているようだが、もしクールタイムがあがったら、この時計塔がどうなるか分からない。俺とお前は、クールタイムがあがる前に螺旋階段を上るべきだ。」
「テレジア、そんな……!」
「俺だって……」
アザリアの冷たい手を握る。彼女も、少し握り返してくれる。でも、目から光は失われていった。
「どうか、ぁ……エリカ、を……救っ……て……」
「アザリア!」
アメリアがアザリアに抱き着く。アザリアは最後の力でアメリアを抱き返し……幸せそうな笑顔を俺に向けて、動かなくなった。




