33,時計の針
3796字
「……ねえ、何あれ。」
プールの帰り道。アメリアは俺の袖を掴んで時計塔の方を指さした。
「え?」
時計塔の方を見上げると……
「なんだあれ!?ナハツェーラか!?」
美しくも恐ろしい巨大な頭が時計塔の横に生えていた。少し傾いており、時間経過でみるみる大きくなる。
「ナハツェー……ナハ……いや、あれは……」
「何?」
「エリカ、じゃないか?」
前、夢で見たエリカそっくりだった。暗闇の中で泣いていた彼女の顔は、徐々に膨張し、やがて頂点は時計塔の先端を越えた。その時ものすごい自身がしたかと思うと、ハルモニアを囲う城壁の向こうから薄だいだい色の山が十個姿を現した。山?いや、違う。あれはあの巨大なエリカの指だ。
「あのめちゃくちゃデカいナハツェーラ、ハルモニアを両手で抱えるようにしてるわ!ど、どうしましょう!?」
「ちょっと待ってるんだ!」
俺は急いでノートを取り出し、パラパラとページを捲った。その時、初めて気付く。
「……なあアメリア。」
「な、何!?」
「これ……」
俺は家族一覧の一ページ目をアメリアに見せた。半泣きで忙しなく動いていた彼女も、絶望しきったように静止する。
「エリカの名前に線が引かれてる……しかも下のページ数って……」
記述されたページを開く。生憎、そこにはあの巨大なナハツェーラの顔写真と詳細情報が綴られていた。
≪〇「ハルモニア」エリカ
危険度レベル:7
『能力』
・虚構の理想郷(無条件発動)
「ハルモニア」の核(エリカ本体)は時計塔の鐘の下に存在する。核は遊園地全域にアクセスでき、核を破壊することで「ハルモニア」の全ての運動を完全に停止させることが可能。
・死なない楽園(攻撃手段)
遊園地の各施設はエリカの思い通りに動く(観覧車が横に倒れて回転しながら周囲を轢き潰す・ジェットコースターが突進してくる)。これらの施設は破壊されても時間経過で修復する。
・記憶の詩編(攻撃サポート)
対象の記憶に基づき幻覚を見せる。幻覚を見せている間「ハルモニア」が使える能力は「死なない楽園」に制限される。
『テーマ』
彼女は「理想郷」の象徴であるが故に、住民たちにとって最大の敵となる。≫
「エリカ……」
短く声を漏らすアメリア。俺も、そっとノートを閉じてポケットに戻した。ゆっくりとナハツェーラのエリカに目を向ける。ハルモニアそのものが具現化したような遊園地を模した巨大なナハツェーラだ。美しさと不気味さが融合したデザインをしている。心なしか、彼女はこちらを見ている気がした。その時。
「お二人!」
メリーゴーランドの回転木馬に乗ってアザリアがこちらへ向かってきた。回転木馬……といっても、支柱がなく、生き物のように脚を動かしている。彼女は俺たちの前で止まり、言った。
「乗って!」
彼女の木馬に乗り、俺たち三人は遊園地をものすごいスピードで駆けていた。
「アザリア、この木馬は?」
「リコリスの発明品。メリーゴーランドの回転木馬をモチーフに作られた機械の木馬なの。他にも何体か工房にあるから、二人分取りに行くよ!」
前に座る二人の女の長い髪が俺の顔にかぶさってくる。俯きざまに俺はアザリアに訊いた。
「なあアザリア。これは一体何がどうなってるんだ?ノートを見る限り、エリカがナハツェーラになってるらしいけど!」
「エリカはハルモニアを滅亡させる選択をとったんだわ。でもそれだと彼女の『永遠の楽園を作る』という脚本が達成されなくなる。だから、ナハツェーラ化してしまったのよ!」
分かりやすく簡潔にまとめられたアザリアの言葉に、もうそれ以上言葉を出せなくなる。木馬にしがみつきながら俺はまたあの時計塔横のエリカを見た。いや、正確には「ハルモニア」という名前のナハツェーラだが……エリカだ。誰が何と言おうがエリカだ。巨大な彼女の瞳に映る時計の針が、ぐるりと一回転した。その直後。
「二人ともよく捕まって!」
アザリアは思い切り足で木馬を蹴った。ゴンという鈍い音を立てて、木馬は方向転換した。そして爆速で道を引き返す。
「来た道を引き返してるぞ!何やって――」
ドォォォォォオォオオン!!!
振り向くと、お土産屋の屋根についていた巨大な看板が落ちていた。きっとあのまま直進してたら、間違いなく三人ともあの看板の下敷きになっていたことだろう。
「どうしていきなり看板が……」
「エリカの能力だ、アメリア。ノートにも書かれてたけど、このナハツェーラは遊園地の施設や物体を自由に動かせるんだ。」
「じゃぁさっきのって……」
「看板の支柱をエリカが折って、俺たちを押し潰そうとしたんだ。」
両手で顔を覆って震えるアメリア。その小さな背を後ろから優しく撫でた。木馬は今、川沿いを走っている。これから突入するのはバルーンパーティエリアという、風船だらけのアトラクションエリアだ。
そうこうしている内にまたエリカの目の針が一回転する。
「今度は何だ!?」
その瞬間。
「っア!」
アメリアの背中を撫でる関係で俺は片手を木馬から放していた。そのせいで、木馬が段差を乗り越えた時の衝撃で俺は木馬から弾き飛ばされた。
「テレジア!」
小説みたいにスローモーションになることなく、俺と木馬の距離は高速でひらいていった。爆速で進む木馬から転倒した俺もタダキズな訳がなく、思い切り肩を殴打してしまった。
きっと木馬は俺を拾うために減速して引き返してくるだろう。予想通り、木馬は減速しつつターンのタイミングを見計らっていた。そしてアザリアとアメリアを乗せた木馬が減速の過程でバルーンエリアに突入した瞬間。
「キャァァァァァァァァアアア!!!」
木馬に触れたであろう風船が爆弾のように爆発しだした。しまった!
「アメリア!アザリア!」
もろに爆撃を受けた彼女らは、そのまま川の方へ投げ飛ばされた。俺は痛む足を押さえて走った。黒焦げに粉砕した木馬の破片を横目に、バルーンエリアに突入する。風船に触れないよう最善の注意を払いながら駆けた。
「確かこの先にボートのアトラクションがあるはずだ……!」
あっという間にバルーンエリアを通過し、川側の階段を降りた。杭と縄で結ばれたボートを見つけ、縄をほどいた。ゆっくり進みだすボート。櫂を掴んで全力で漕いだ。さっき殴打した肩に電流が走るような痛みが襲ってくるが、そんなの関係ないと言わんばかりに全力でボートを漕いだ。
そうしていく内に、川に浮かぶの姿を見つけた。
「アメリア!アザリア!今、助けるからな……!」
それぞれ浮かぶ二人の横までボートを寄せ、自力でなんとか船側に転げ入れる。救出作業が済んだ直後、またエリカの目の針が一回転した。
「わァーわァー」
「……なんか陸の方から聞こえるな……」
陸の方を見上げた時。
「わっ」
小さな兵隊が膨大な数押し寄せてきているのが分かった。小さな兵隊、と言っても本当に玩具サイズであり、陸からこちらを見つめるだけだった。しかし朝刊らしき人形が叫ぶ。
「かまえー!」
川沿いに一列に並んだ兵隊が、持っている銃口を一斉にこちらに向ける。
「やっべ!」
「うてー!」
ダダダダダダダダダダダダダダ。攪拌される水面。恐ろしくなって、俺は兵隊のいる陸から離れる様にボートを漕いだ。
射程距離を離れたのか、兵隊の銃声は聞こえなくなった。一安心してボートの上で寝転がった。周囲を見渡すと、どうやらここはハルモニアの湖らしい。
その時、アザリアが目を覚ました。体を起こし、濡れた長髪を絞る。
「あなたが救出してくれたの?」
「ああ……。疲れた。」
「ん……」
そのタイミングでアメリアも目を覚ます。彼女も体を起こし、アザリア同様髪を絞り出した。
「こうしていられないわ!次の攻撃が来るかも……」
「それなんだけど……エリカの方を見て。」
アザリアとアメリアは、言われた通り巨大なエリカの方を見上げた。
「あれ?前まで時計の針は光ってたよね?なんだか今は、光が失われてる感じ……」
「遊園地施設を操作する能力は、一定回数使うとクールタイムに入るらしい。あの目の針の光が消えてからというもの、攻撃が中々開始されないんだ。だからきっと、あの針が光っていない間はエリカ側も能力を使えないんだと思う。」
「次の攻撃はいつになるのでしょうか?」
「それが分からないんだ……。でも何気に七分間はあんな様子だよ。とにかく、安全だと断言できる場所に避難しよう。」
「安全ったって……。ハルモニア全域があのナハツェーラに支配されてるんだから、どこに行っても危険よ!」
「私に案があります。」
弱弱しくアザリアが手を挙げる。
「断定できないけど、いくらエリカでもエリカ以外の人が作った創造物には干渉できないと思うんです。さっき私たちは木馬に乗って逃げてましたが、もし自分がエリカなら木馬を先に直接破壊します。でも間接的に木馬を破壊しようとしてきたということは……」
「エリカ以外の人が作った創造物?安全地帯になり得る場所といえば……」
頭を抱える。その時、アメリアが何か閃いたように呟いた。
「あそこは!?」
「どこ?」
「ボイジャー跡地!」




