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ハルモニア ~神の用意した脚本を完遂しないと死ぬらしいので、全力でふざける~  作者: 慈雨の羽
第四章『目眩く舞台には、華々しいスポットライトを』
33/41

31,摘発

4023字

俺とアメリアとフランネルは並んで歩いていた。フランネルの足も治ってきて、とうとう松葉杖なしで歩けるようになっている。

「もし脱出が成功したら現実世界で再会して宴を開こう!」

「私もう死んでる!」

アメリアとフランネルが楽しそうに話している後ろを、俺は黙々と歩いている。フランネルの後ろ姿を目に焼き付けていた。相変わらずオーバーサイズのパーカーが印象的だ。

「テレジア?どうしたんだ、浮かない顔して。ここを脱出できるかもしれないんだよ?」

「そう……だよな。」

タイミングを、見計らおう。


プールエリアに入り、俺たちは晴天を仰いだ。大空を贅沢に占領する様に巨大な看板が遠くに立っている。≪はしゃげ!滑って泳いで真夏のプール!≫

「僕はハルモニアに来た時、ここに浮かんでたよ。」

少し歩いて、フランネルは手前の小さなプールを指さして言った。

三人横一列に並んでプールを覗き込む。不規則に崩壊する自分の顔面が反射し、水の透き通り具合に少し魅了される。

「めっちゃ底見えるけど……」

「まあ入ってみないと分からないよ!」

そうはしゃげるとフランネルはそのままプールにダイブした。

「キャァァァァァァ!!!」

水しぶきから顔を守るようにアメリアがしゃがみ込む。俺は避けるそぶりも見せず正面から水を被った。バシャバシャという音が風に乗る。数秒後、水面の泡からフランネルが顔を出した。思い切り息を吸って、濡れた顔を手で拭く。

()()()()、行けなかったわ。」

悲しそうな声で……若干楽しそうな態度で言う。頭を振るうと毛先から水玉が散った。そのタイミングで雲が太陽を吞み込んだ。よし。今だ。

「なあフランネル。」

「あ?」

「お前――エリカに飼われてるだろ。」

何の前触れもなく、かつ単刀直入に切り出した。アメリアもフランネルも数秒こちらを見て硬直する。しかし意外にも、先に反応したのはフランネルの方だった。

「テレジア。急に暗い声で何か言い出したからビビったけど……何、僕がエリカに飼われてるかって?ばっかなぁ!そんなわけあるか!」

彼はプールの水を腹の真ん中まで被ってゲラゲラ笑っていた。アメリアが一歩俺から離れる。

「テレ……ジア?」

「フランネル。君の口から聞きたいんだ。君の正体を。」

「だから何を言ってるんだテレジア。僕は僕だ!大事な家族を裏切るような真似はしないよ!僕は模範的なハルモニアの家族だからね。脚本に従って……」

「そう、脚本だ。お前の脚本は、ボイジャーを設立した後そこの仲間を守り抜くって内容だったろう?オダマキやメイは死んだのに、どうしてお前はナハツェーラになっていないんだ!」

数秒置いてアメリアの短い悲鳴が聞こえた。さっきは離れた彼女が、今度は俺に近づく。

フランネルは動かなかった。ただ俺の足元を見ている。静止したその体から、水がポタポタと垂れる。

「なあフランネル……教えてほしいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

細い風が吹き、彼はゆっくりと俺たちに背を向けた。反論するでもなく、俺たちに完全に背を向ける。アメリアの震える手が俺の腕をからめとった。

「……君は賢いんだね、テレジア。」

太陽が隠されているせいで、辺りは薄暗い状態がそのまま続いている。遊園地の楽し気な音楽が、完全にシャットダウンされていた。

「なあテレジア。急すぎて驚いちゃったよ。白状するけど、反論できない。」

「やっぱりお前……!」

一歩フランネルに近づいたが、それ以上はダメだとアメリアが俺を引っ張る。成す術もなく俺はその場に立ち尽くす。

髪から水玉を垂らしながら、彼はそっと首を曲げてこちらに視線を送った。急展開に便乗するように――考え方を変えたら、反論する意欲すら失い、早々に諦めたように彼は呟いた。

「ああ、僕は――





































僕は、エリカの手先だよ。アザリアと同じタイプのね。」

言った。今彼は、ハッキリ自分の口で言った。

「……フランネル。どうして……?」

「アメリア。あとテレジアも。君らは、夢を剥奪され希望を失った時、どうする?」

「どうする……って、そりゃあ新しい夢を探しに行く。」

「もし絶望して動けなかったら?探しに行くことすらできない、そんな環境だったら?」

「それは……」

「そんな時、新たな夢を提供してくれる人物がいたらどうする?君らは、その人に忠誠を誓うだろう?そういうことだ。」

彼は正面に向き直って両手で曇り空を仰いだ。まるでそこにスポットライトがあるかのように振舞っている。――俺の推測は全て正しかった……ということか。

「僕は、宇宙が好きだった。万物の根源は数字であり、宇宙はその数字で構成されている。だから僕は、宇宙こそ神であり、神こそ宇宙だと信じてるんだ。」

堂々と振舞う彼から離れる様に、俺とアメリアは一歩後ずさる。アメリアを背中の方へ移動させ、守る体勢に入った。

「でも文明社会で生きてきた僕に、一つの壁が立ちはだかる。」

「壁?」

「とても単純だよ。()()だ。」

リアルな学生の事情を口に述べ、彼は大きく息を吸う。

「両親は僕の心から宇宙を奪った。でも、気持ちは理解できてるんだよ。両親はきっと、僕に幸せになってほしかったんだろうね。いい大学に入って、将来的にずっと宇宙に触れられる環境を提供してくれようとしていたんだ。」

水面が唸るように揺れる。ギラギラと周囲の光を反射していて、その真ん中に立つ彼はどこか神々しい雰囲気を放っていた。

「でも僕は短期な男だ。宝物を返してほしいとしつこく両親にせがんだよ。でね、痺れを切らした両親は、とうとう僕の信仰を全面否定してしまった。」

彼の信仰……とは、さっき言っていた≪宇宙こそ神であり、神こそ宇宙だ≫というものだろう。彼は広げていた腕を力なく下に垂らした。彼のなで肩に影が落ちている。

「密室に閉じ込められて精神崩壊。飛び降り自殺で生死不明の重体。で、ここに来たんだ。まったく馬鹿みたいな話だよ。」

彼はゆっくりと振り向き、またこちらに視線を送った。アメリアの、俺の腕を掴む力が少し強くなる。非常にゆっくりとしたスピードで彼はこちらに体を回転させた。

「エリカは、そんな僕を全肯定してくれた。信仰のことも、宇宙のことも。信仰自体を褒められたことが少ない人生だったから、僕は彼女に魅了された。この人こそが……僕の、雄一の理解者になるんだなって。だから僕は彼女に忠誠を誓った!ハルモニアで生きる限り、僕は彼女の側にいるってね。」

フランネルは淡々とそう語った。まるでそれが当然のことのように、疑問の余地すらないように。俺は何かを噛み締めるように拳を握りしめる。

「だからって、ボイジャーの仲間を見殺しにしていい理由にはならないだろう。」

「見殺し?」

彼は眉を上げる。

「それは違うよテレジア。僕は……彼らを救えなかったんだ。そういう、帰られない運命だったんだ。」

「言い訳だ。」

彼の表情が僅かに曇る。

「お前は本気でオダマキやメイを守る気があったのか?それとも、自分の信仰のために、心のどこかで切り捨てる覚悟をしてたんじゃないのか!?」

「……っ」

彼の指がピクリと動く。まるで何かを掴もうとするかのように、けれど指先は宙を彷徨うだけで、何も掴めず空を切った。

「僕は……僕は、」

珍しく言葉に詰まるフランネルの姿を見て、俺はさらに踏み込んだ。

「お前は、自分の信仰を奪った現実を憎んだ。でも、ここではそれを全肯定してくれるエリカがいた。だからお前は現実を捨てて、エリカを選んだ。そうだろう?」

「ああ。」

「でも、じゃあボイジャーの仲間は?メイは?オダマキは?お前が共に過ごした時間は、ただの嘘の脚本の為だったって言うのか?」

彼は目を伏せた。水面が揺れる。沈黙が、重く落ちる。

「なあフランネル。」

アメリアの力が緩み、俺は一歩前に出た。

「お前は、本当にそれでいいのか?」

彼は顔を上げた。だが、俺の目を真っ直ぐには見ない。

「もう遅いんだよ、テレジア。」

心なしか、その言葉にはほんの少しだけ迷いの色が滲んでいる気がした。

「何が遅いんだよ。お前が戻る気さえあれば、まだ……!」

「戻る?どこに!?」

フランネルは俺を遮るように叫んだ。

「ボイジャーはもうない。メイも、オダマキもいない。僕が帰る家は、もうどこにもないんだよ。」

「それでも!」

俺が更に一歩踏み出した瞬間、彼は一気に距離を取った。水を蹴り、濡れたパーカーを翻しながら、俺たちの視界から外れようとする。

「やめてよテレジア!これ以上……これ以上、僕の心を殴らないでくれ!」

「フランネル!!!」

アメリアが思わず叫ぶ。だが、フランネルは振り返らない。

「君たちと戦うつもりはない。でも、僕はエリカの元を離れることもできない。」

「なんで――!」

「それが、僕の選んだ道だから。」

彼はプールの縁に飛び乗ると、濡れた足で軽く蹴って、一気に駆け出した。

「フランネル……!」

俺の叫びも虚しく、彼は俺たちから離れ非常扉を開けて遊園地の奥へと姿を消していった。

追うべきか……そう思った瞬間、アメリアが俺の腕をしっかり掴み直した。

「行かないで、テレジア。」

「でも……!」

「今追いかけても無駄だよ。彼は、決めてる。」

俺は歯を食いしばる。くやしさが胸を満たしていく。

「チッ……」

握った拳をほどくことができないまま、俺は濡れた床を殴った。冷たい水が弾ける。

フランネルはもう見えない。彼の足跡すら、プールの水に滲んで消えていった。

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