29,人型の嘘
2970字
フランネル、彼は一体何者だ?メイやオダマキはボイジャー襲撃事件で確実に死んでいる。そのことから、彼の脚本は嘘だと断定できる。襲撃事件の生き残りであったフランネルだが、その真相はサフィニア以外知らなかったはずだ。あの時、ノートでもしっかりフランネルの名前に線が引かれていた。だから管理者のエリカもフランネルは死んだと考えていたに違いない。であるにも関わらず、アザリアはフランネルが生きていたことを知っていて、ホテルからの救出も成功させている。
そういえば彼と再会した時、俺はオダマキの死やリコリスとサフィニアの戦いなど、彼が知らないであろうことを色々説明した。しかし彼はやけに理解が早かった。まるで元から知ってますみたいな感じで……。アザリアの補足説明もわざとらしかった。もしかして二人は手を組んでいる?となると……
「フランネルもアザリア同様、エリカの手先……なのか?」
俺だけの狭い部屋。ただ一人グルグルと同じ場所を歩き続けながら考えていた。そう考えると色々繋がってくる。
よし。じゃあフランネルをエリカ陣営の人間だと仮定して考察を進めよう。フランネルはエリカの手先として本物の脚本と追加で偽の脚本を与えられている。つまり俺たちはフランネルの脚本はボイジャー運営のことだと思っていたが、実は彼にはまた別の本物の脚本がある。フランネルは周囲に怪しまれないよう、公に偽の脚本に従ってボイジャーを開設した。しかしボイジャー襲撃事件が起こり彼は誘拐された。エリカはフランネルを死んだと考えたが、アザリアはフランネルが生きていることを知っていた。ホテルに誘拐されていることを突き止め、ギリギリのところをフランネルは救出される。そしてアザリアから誘拐期間に起きた出来事を聞かされ、俺と再会……か。そう考えるとアザリアとフランネルが、俺とアメリアの脱出計画に協力する体制を見せたのは、脱出計画の情報や進捗をエリカに筒抜けにさせるためじゃないか?
全ての謎が繋がり、一人で納得する。まだ仮定の話だが、一旦このテイで今後はフランネルとアザリアに接していこう。一応アメリアにも相談するか?いや、断定できるまでは黙っておこうか。とにかく、エリカは俺たちの脱出計画を知っているはずだ。となると、次回の講演もそれを踏まえた上での内容になってくる。彼女はハルモニアを存続させる?それとも滅亡させる?ハルモニアの新たなエネルギー源を確保さえできれば新たな住民を招待できるとアザリアは言っていた。しかし新たなエネルギー源が見つかるとは到底思えない。もう、ハルモニアが滅亡間近なのはいつになっても否定できない事実になるだろう。
「……」
これらの疑問や考察は、一旦俺の中で隠し続けていよう。フランネルが次のボロを出すまで待つんだ。
「……クソ」
信頼できるのは、アメリアだけか。
「テレジアおはよー!」
翌朝、一階に降りるとフランネルが一人で絵を描いていた。
「おはよ。アメリアは?」
「ん、あぁ。彼女エリカの方へ行ったよ。オダマキとメイがエリカに遺品を遺してたらしくて、それを届けに行ってる。」
「遺品?」
「そう。よく分かんないけど何かの本だったよ。」
本……か。何の本か訊いたら教えてくれるだろうか。そんなことを考えながら席に着く。
「何を描いてるの?」
「宇宙だよ。」
少しびっくりした。
「ただの蝶じゃないか。」
「いいや宇宙だよ!かなり力作なんだ。フィラメント状構造を上手く表現できたんだ。ここボイドな。」
図のあらゆるところを指されたが、何も分からなかった。とりあえず学びを得たかのように感嘆し頷いてみた。ご満悦のようだ。
「……ごめんフランネル。楽しい時間に水を差すようで悪いんだけど、ハルモニア脱出について少し……」
「うんうん。どうしたの?」
「昔リコリスから聞いたことあるんだけど、フランネルって結構古株なんだよな?君は、ここを脱出する手段として何か案がある?君の意見を率直に教えてほしい。」
彼はペンを止めることなく「んー」と唸る。
「ハルモニアはエリカが作った仮想空間だからね。出口の有無はエリカしか知らない。」
「なあフランネル。君はどうやってこのハルモニアに辿り着いた?」
少し詰め寄る。傍から見ると、ただの強引な警察の取り調べだ。
「僕は確かプールから浮かび上がって来たな。現実世界で生死不明の重体に陥って、生死の狭間を行きかうような状態になっちゃってね。そんな中、ある時水に溺れる夢を見た。水面が遠のいて行って……遊園地の楽し気なbgmが水底から聞こえてくるんだ。で、目が覚めたらここのプールに浮かんでた。」
「俺も同じだ。もしかしたらハルモニアのプールは、現実世界とここを繋ぐゲートの役割を果たしているのかもしれない。」
「ゲート……ねぇ。でも、入り口として機能したゲートが、絶対出口にもなるとは限らないよ。」
淡々とした口調で言われ、思わず納得してしまう。言葉が返せなくなった。見かねたのか、フランネルは少し笑って言葉を続けた。
「でも、検証してみる価値はあるね。今度みんなでプールに行こう。試しに潜って見るんだ。」
パリパリとペンで絵を描く音が、二人の沈黙を割って入る。
「……フランネル。最後の質問なんだけど……」
「うぃ。」
「もしエリカが死んだらハルモニアってどうなるの?」
彼の口角が少し下がる。ほんの少し……数ミリ程度だった。しかし難しい質問に対して、彼の回答は早かった。
「それは知らないよ。ハルモニアを創造したのはエリカで、彼女は己の地位を当初から維持し続けている。代替わりしているなら歴史を見返して分かるかもしれないけど、前例がないからねえ……何も分からない。」
「考察でいいんだ。もし創造主のエリカが死んだら、ここも崩壊するんじゃないか?」
彼のペンが止まる。完全な沈黙が流れ出した。少し言い過ぎたか……?彼の無言の怒りが伝わってくる気がした。数秒の後、彼は半笑いで顔を上げて呟いた。
「そうかもね。」
その時玄関の鍵が開けられた。アメリアが帰ってきたのだろう。
「おかえり。アメリア。」
「おかえり!エリカに会う割には、帰り早かったんじゃない?」
「ただいま。途中でアザリアに会ったの。彼女が預かってくれたわ。」
疲れた顔をして俺の横に座る。いつもは階段側に座るのに……なぜわざわざ俺の横の席に?
「何の本だったんだ?」
「詩の雑誌。ブックカバーでタイトルは見えなかったけど、ページの端々が黄ばんでいて、かなり年季が入った本だったわ。」
「ママ、これなに?」
積み木と人形が散らばったパズルマットの上。つい最近二足歩行できるようになった幼い彼は、カラフルな紙で梱包された薄い板を手に取った。
「開けてごらん。」
裏のテープを剥がし、乱暴に紙を剥がす。中から出てきたのは一冊の絵本だった。金髪の王子がサーベルを月面に刺し、後ろを振り向いている。王子の上には金ぴかな文字で『The Little Prince』と書かれている。
「お誕生日おめでとう、フランネル。」




