27,暗躍
2864字
「フランネル!」
「久しいねテレジア!会いたかったよ。」
脇に松葉杖を挟んで背を低くして、彼は両手を広げた。俺も両手を広げて彼に歩み寄り、優しいハグをした。
「実はフランネルはボイジャー襲撃事件の時サフィニアに誘拐されて生き延びてたの。で、リコリスが来る直前私が彼を救出した……ってこと。」
「ほーんとあれ危なかったんだよ!少しでも遅れてたら傘を胸に刺して死んでた!」
「傘?胸に刺して?死ぬ?」
「いいの、気にしないで。」
軽く首を横に振るアザリアと、ケラケラ楽しそうに笑うフランネル。
アザリアは早速本題に切り出した。
「テレジア。計画のことを彼に説明してあげて。」
思い出したように俺は慌てて彼に説明した。なるべく簡潔に。一通り軽く説明を終えると、彼は知ってましたよと言わんばかりに「オッケ分かった!」と返事した。
「まあ、今エリカ以外の家族は皆この脱出計画について考えてる。」
「ここまで本格的に考えているのをアメリアは知らないはずだ。」
「他のみんなは?オダマキとかリコリス。」
何も知らないフランネルはそう呟く。言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに俺は真実を一つ一つ話した。たまにアザリアの補助説明も入り、最終的に彼はまた元気に「分かった」と返事した。理解力エグイな。元から知っている、とかじゃないと説明のつかない理解の速さだ。場を仕切るようにフランネルが言う。
「じゃぁアメリアにも挨拶しに行かないとね。」
「ああ、そうだな……。今はリコリス工房が俺たちの拠点になってる。フランネルも、そこをボイジャーの次の拠点にしなよ。」
「名案だね!」
相変わらず陽気なところは変わらないな。でも……何か変だ。まあ、いいか。
「フ、フランネル!?」
「お久!アメリア。」
リコリス工房。今夜は少し賑やかになりそうだ。フランネルとアザリアを歓迎し、色々話しながら四人でテーブルを囲う。
長いのでカットするが、俺とアザリアとフランネルは、アメリアに一つ一つ説明して言った。ハルモニアの危機、エリカの脚本、脱出計画、フランネルの死の真相……。話していく内に頭がこんがらがりそうだったが、一番眼がグルグルしているのはアメリアだった。しかし無理矢理丸め込み、納得させる。気付けば朝陽が昇っていた。
フランネルはアザリアに連れられエリカの所まで行った。二人を見送り、疲れ切った俺とアメリアは溶けるように椅子に座り込んだ。
「あー頭痛い……。」
「でも、フランネルが生きててよかったわ。」
「まぁ……ね。」
「このまま、メイやリコリスたちもドッキリの板を掲げてケロっと帰ってこないかな……。」
寂し気にコーヒーカップの水面に視線を落とすアメリアに、言葉が詰まる。強風に煽られる屋外。窓枠がガタガタと音を鳴らして揺れた。
「まあ、脱出計画についてはゆっくり立てていこう。ハルモニアの存続云々は、エリカの次の講演を待つのみだ。」
「そうね。」
そう返事した直後、俯いたままアメリアは眠ってしまった。徹夜だったし仕方ないだろう。
支える手から力が抜けて、アメリアの持っていたコーヒーカップは彼女の膝から落ちた。地面で、小規模なカップの爆発が起きる。しかしそれに気付かないくらい、俺も深い眠りに落ちていた。
「……sァ。」
目を開けると、そこは一面闇に包まれた夢境だった。距離は分からないが、少し遠くにこちらに背を向けて座り込む子供がいた。すすり泣いている。
「……君。」
呼びかけに応じることなく、その子は泣き続けていた。歩み寄るも、一向に近づいている気配がしない。
しかし、ずっと泣き声を聞いていると、段々その子が誰なのか分かってきた。
「エリカ……?」
黒髪ショートの女の子。見れば見るほどエリカだ。青白い病衣で身を包んでいる。トレードマークの冠がなかった。
「エリカ。泣かないで。」
そう呟いた直後。
泣き声が止んだ。何だ?一瞬立ち止まる。その時、エリカの泣き声と交代する様にハルモニアのbgmがどこからともなく流れ始めた。初めは辛うじて聞き取れるほど小さな音だったが、時間経過に伴って段々大きくなっていった。
「う、うるさい!」
あの音楽が頭にガンガン響く。両手で耳を押さえてしゃがみ込んだ。まさに、さっきのエリカと同じ体勢だろう。その時、エリカの方から何かが聞こえた。
『みんな……夢を離れて現実を受け入れた……。私以外のみんな……夢を捨てた……大人になって……現実に幸せを見出して……!』
顔を上げる。
「ッ!」
エリカは座り込んだままこちらを見ていた。しかしその顔は俺の知っているエリカのものではない。
頬や肩、胸元などに穴が開いていた。その内部から歯車やイルミネーションが見える。王冠は光り輝く回転木馬になっていて、目の下には涙の形の亀裂が入っていた。右手は観覧車の支柱にようになっており、手首や指の関節は歯車が差し込まれているデザインになっていて……なにより印象が強かったのは目だ。目の中に時計塔の針が映っており、時折ぐるりと回る。
まるでナハツェーラだ。ナハツェーラらしい恐怖と、ハルモニアの美しさと、彼女の悲壮感が伝わってくる。まるで……ハルモニアそのものがエリカと融合したような感じ。彼女は俺の目をしっかり捉えながら……何重にも重なった声で語り掛けた。
『人生は舞台。誰かが、そう言ってた……』
「ああ。よく聞くフレーズだね。そして、自分が自分の舞台の主役……ってところまでがセットだ。」
彼女は体をこちらに向けるでもなく、ただ首を梟のように曲げたまま語り出した。
『目眩く舞台に落ちる華々しいスポットライトは、必ずしも自分を照らすとは限らない……』
「というと?」
『煌めく光と歓声は、自分ではなく主役のものだ。己が主役の座を降りたらば、絶唱は新たな主役に受け継がれ……て……』
彼女の体が大きく波打つ。頭にガンガン遊園地の音楽が響くが、なぜか彼女の言葉だけは漏らすことなく全て聞き取れた。
『救いを与える神など、どこにもいないわ。だって――私がその証明でしょう?』
「そんなことはない。神の定義にもよるけど、個人が信じた神は心の中で真実なんだ。運命を変える力を、それは持っている。」
『私の言葉は世界を動かす……はずだった。なのに、どうして?どうして、私の運命だけは変えられないの?私の全てだった世界は、もうどこにもない。ならば……私が新たなハルモニアになればいい。』
「エリカ……」
直後、眩い光が視界を覆った。思わず強く目を瞑る。そしてどこからともなく「テレジア、起きて。朝ごはん作ったよ。」とアメリアの声がする。
ああ……もう目覚めの時か。俺は、眠い目を擦って夢境をあとにした。




