23,ハルモニア
2935字
23話「ハルモニア」は途中までエリカ目線で進行します。途中からテレジアに戻ります。そしてまた途中でエリカ目線に戻ります。
≪あなたが吸う空気は誰が織っていると思う?
まばゆい光のメリーゴーランド
宙に舞うリボンのような観覧車
夢を運ぶティーカップの影
ここは終わらない幸せの国
微かな笑い声が風に溶け 甘い綿菓子の雲が漂う
世界はきらめく約束の中で 迷子になることさえ許される
時計の針はとうに忘れ 昨日も明日も輝く今日になる
この空の向こうに輝く景色は 誰かが紡いだ夢の織物
さあ 目を閉じて息を吸おう
胸の奥まで満たされる奇跡
永遠にほどけない魔法の中で 私たちはずっと遊んでいよう≫
それは子供向け雑誌の隅に書かれた無名の詩人の詩だった。すっからかんの病棟で、私はこれをずっと読んでいた。
「私はこれが好き。」
宝物を訊かれると、そう答えていた。軟弱な体に沁みる夢の味は忘れない。私にとってこの雑誌は、幸せの意味を教えてくれた教科書だったのだ。毎日読んでいたので今でも一言一句覚えている。
「綿菓子の雲だって!それに乗って世界を巡りたいな……」
いつも看護師は「そっ」と興味なさげに鼻を鳴らして生活用品を運んできていた。あの悪夢が、訪れるまで。
「エリカ様、起きてください。非常事態特別演説の時間です。」
アザリアに肩を叩かれ目を覚ました。非常事態特別演説……?
ねむい目をこすりながら自分のお友達ポケットを見た。家族一覧の項目を見ると、新たに二人の名前に線が引かれていた。
「リコリスとサフィニアか……。またこの王国は寂しくなったな……。」
「時計塔の下でテレジアとアメリアが待機してますよ。」
「えー言うこと決めてないよ!」
「そんなっ。昨日報告したじゃないですか。考えてなかったんですか?」
「こほん。ボクみたいな神聖な人間、あ、いや違う……神様はね、楽しいことを考えることに頭が特化しているのであーる!だからそんな非常なんとかっていう面倒くさいことを考えると頭がショートして寝ちゃうんだよ!」
「……で、どうするんですか。」
「君が演説したまえ!」
「ちょっとエリカ様!」
アザリアが呆れたように叫ぶ。その時、時計塔の下で野次の声が聞こえてくる。
「何時間待たせるのー!」
大きく息を吸って……溜めて……吐く。胸を何度か叩いた後、差し出された杖を持って立ち上がった。レッドカーペットの上を歩き、窓を開ける。下を見下ろすとテレジアとアメリアが座り込んで話し合っていた。
「ちゅーもーーーく!」
エリカの大声がハルモニアに響き、俺もアメリアも驚いて震えあがってしまった。見上げると、時計塔の上層からこちらを見下ろすエリカと、側近のアザリアがいる。
「おそーーーい!」
「だまれーーー!」
アメリアに負けじとエリカも叫ぶ。アザリアがエリカを宥め、ようやく『非常事態特別演説』というものが行われる雰囲気になった。
「えー、親愛なる紳士淑女の皆さま!ここハルモニアは不滅の楽園であり、幸福の象徴でございます!しかし調和の維持に犠牲はつきもの……現在、ハルモニアの人間はめーっちゃ少なくなっているのであーる!」
「……いつもあんな感じなの。」
呆れたようにアメリアが俺の耳元で呟く。二人でクスクス笑い合った。
「でー、えー……うん、少なくなったのであーる!今聴衆は何人いるだろうか!二人!そう二人だ!ボクの演説を理解できない下等なナハツェーラを除いて二人だ!これちょっとヤバいよねって話である。訳あってハルモニアは現在新たな家族を招待できない。我々ハルモニアの家族は俗にいう絶滅危惧種みたいな存在になっている!勝手に繁殖してくれるだろうとか甘い考えをしていたのが悪かった!正直に申し上げると、解決案が思う浮かんでいない……。もう、ハルモニアの存続は厳しいかもしれない。」
最後の一文が心に引っかかる。存続が、厳しい?
「ハルモニアがなくなるってこと?」
「さあ……こんなの初めてだから分からない……。」
アメリアも首を傾げる。俺はまだ全身が痛むから、包帯をさすりながら色々考え込んでいた。
「今はまだ何も準備できていないから、具のある講演は次回に回す!具体的な日時が決まり次第アザリアに伝達させるため理解を頼む!では、ボクは寝る!」
そう言ってエリカは背を向けて室内に消えて行ってしまった。本当に愉快な人だ。
「ふぅうん……」
大きく息を吐いてボクは椅子に座った。赤い皮の椅子。昔はフカフカだったが、ずっと座っていたからかお尻の型で固くなってしまった。
「結局どうなさるおつもりですか。」
「考えてる。ボクももう、ケジメをつける頃かもしれないね……。」
椅子の横の高貴なサイドテーブルに置かれたお友達ポケットに目をやる。自分のお友達ポケットは、特別に表紙のデザインが少し違う。金縁の、キラキラしたやつ。
「エリカ様……」
「もしボクがハルモニアを終わらせる選択をしたら、その時は君の脚本も達成されるかもね。」
「『神の誕生を見届ける』と言う意味なら、あの人も……」
「ああ。その時は二人……いや、ボクも併せて三人で宴を開こう。」
ノートを手に取り、ため息交じりにページを捲る。あっという間に全て捲り終えてしまうが、その間に見えた何百何千ものデータが、全てかつての『家族』の記録なのだ。
「最近はみんな……夢を離れていくな……。」
昔からそうだった。ボクがこのハルモニアを作ってからというもの、誘った家族はみんな死ぬかナハツェーラになって殺されている。このハルモニアを作った当時からここにいるの人は、ボク以外誰もいない。
「……なあアザリア。」
「はっ。」
「ボクは自身を神と称するけど、もちろんそれは真の意味での神ではない。あくまでこれはただの比喩であり、嘘であり、ハリボテの肩書きだ。だから君の脚本も『神に忠誠を誓い、神の誕生を見届ける』というものに設定している。」
「……というと?」
「僕はハルモニアと決別する際、本当の意味での『神』になる。それを見届けて初めて、君とアイツの脚本は完遂となる。」
「……私の脚本の意味はよく理解しました。ただ、私は真の意味でエリカ様に忠誠を誓ったと信じております。いくら自身の脚本が完遂できるとはいえ、エリカ様の心の支えであるハルモニアの滅亡は望みません。」
「そうか……君の忠誠は、本物なんだな……」
頬杖をついて外に目をやる。綿菓子のような雲が流れ、その下に観覧車の頂上が少し見える。雲を貫くように鳥が飛んでいる。
「ハルモニアとその生命は……ボクの血肉であり……夢でもある……。昔のボクは、細い管に繋がれた無彩色の病棟であの詩を読むことが生き甲斐だったんだ。でも今は、ここで夢を再生し続けることが生き甲斐なのかもしれないね。」
「夢を再生……」
「リアルのボクは死んでいる。アメリアや、君と同じタイプだ。」
「……」
「アザリア。ボクはまだハルモニアを終わらせたくない。一緒に、夢を生かす案を考えておくれ。」




