20,暗闇独歩
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■月12日
整えられた部屋の隅で、サフィニアは嗚咽交じりに唸っていた。ここはハルモニアのホテルの一室を、自室として彼女が改装した空間。壁には男女の写真が額縁に入れられて飾られているが、両者の顔にヒビが入っていた。きっと表面のガラスを何者かが割ったのだろう。地面に散るガラスの破片はここ数日誰にも掃除されず日に照らされていた。
「フーッ、フーッ」
激しい息遣い。直後、彼女は嘔吐した。地面で吐瀉物は徐々に面積を増していた。ここ最近の彼女はずっとこんな感じだ。部屋から出るでもなく、獣を討伐するでもなく、ずっとここで狂ったように悶えている。彼女の脳は常にオダマキの言葉を再生し続けていた。
≪信念を変えることが脆いなんて思うのは、お前が変わるのを恐れているからだ!≫
「やめろ……やめろ!」
頭を抱えて右往左往する。肩を壁にぶつけて、その衝撃でまた嘔吐した。今度は少し血が混じっている。
■月13日
ズタズタに切り刻まれた服。閉じかけのカーテン。地面の乾いた吐瀉物。
彼女は壁にもたれて座り込んでいた。カーテンの隙間から差し込む細い光が、頭の先と股を繋ぐように照らす。荒んだ肌が露見している。異臭の漂う部屋だが、彼女は死んだように生きていた。ベッドの上に置かれたお友達ポケットは、脚本のページを開いている。殴り書きされていた。
≪ナハツェーラは許さない!≫
≪信念の為≫
≪???????????≫
掠れた線。地面に転がる万年筆は折れていた。もう彼女は人間の残骸だった。
■月14日
圧迫感が脳の思考を妨げていると考えた彼女は、波打つ肢体を制御して窓を開けた。流れ込んでくる風が気持ちいいのか、彼女は大きく深呼吸をする。腐った空気が体内を巡り、腹の中に溜まっていく。彼女は少し笑っていた。
■月■日
鎖が、部屋中を覆う様に張り巡らされていた。誰もいないそんな部屋に、開けっぱなしの窓が風を送り込んでくる。風はお友達ポケットのページをめくった。『家族一覧』の項目になる。偶然にも、そこはサフィニアのページだった。彼女の名前には線が引かれており、上にこう文字が浮かんでいる。
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