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19,夢に絡む蜘蛛の糸

3424字

ボイジャー襲撃事件から一週間近くが経過した。三つの星が散ったハルモニアの静けさを、改めて感じる一週間であった。いい加減耳障りになってきた遊園地のbgmも、今日ばかりは少し恋しい存在に感じられる。

窓枠に留まった小鳥が俺の横顔をくるくる見つめている。隣にもう一羽留まり、二羽が互いの顔を見合わせる。首を右往左往させた後、二羽は外に飛び立ってしまった。薄い毛布を払いのけて俺は上半身を起こした。壁に掛けているカレンダーは、今日のところに赤丸をつけている。メモ欄に『リコリス』と書かれていた。


黒いフードで目元を隠してリコリスが工房玄関に突っ立っている。俺とアメリアは彼女を見送っていた。

「じゃあ、さようなら。」

「ええ……」

午後にアザリアが工房に訪問するらしい。だから、それよりも早めに出発するのだ。

「やっぱり復讐の道を選ぶのね。」

「それが私の使命(脚本)でもあるから。二人のことは好きだわ。でももう可愛らしいこの二つの顔が拝めないとなると、少し悲しい気持ちになってしまうわ……」

今から壮大な復讐計画を実行するというのに、もう疲れ切った声だった。フードで見えないが、顔がよく想像できる。

アメリアは活を入れるようにリコリスの肩を叩いて言った。

「あなたに()()()()を言えることを祈ってるわ。」

「ありがとう……それじゃ。」

リコリスは背を向けて、そそくさと行ってしまった。


「はああ……」

二人だけのリコリス工房。アメリアは溜まっていた疲れを吐き出すようにして机にへばりついた。半開きのカーテンを開けて俺は横に座る。飲みかけのココアを口に含んだ。

「もしさ、これでリコリスとサフィニアが相打ちで共倒れしたら、ハルモニアの住民って俺とアメリアとエリカとアザリアだけになるの?」

「もー変なこと言わないでよテレジア!はああ本当に疲れた、何もかもが面倒くさいわ本当。くそったれ!醜悪な吐瀉物もどき、下劣な犬コロ!」

「中指の妖精が憑依してるぞ。」

また一口ココアを喉に流し込んで、今度は窓の外を見た。晴れだ。見たことないくらいの快晴だ。どうしてこんな日に限って空はご機嫌なんだろう。

「見てくる?」

「何を?」

「リコリスよ。やっぱり不安だわ。いくら彼女の発明品が優れていても、相手はサフィニアよ?正直勝てるとは思わない。」

「刀と銃だ。いくらサフィニアでも勝利は厳しいだろ。」

「オダマキの前でも言える?」

彼の横顔が脳裏をよぎり、嗚咽交じりに言葉が詰まる。

「ねえテレジア……私怖いわ。これ以上家族を失うの。」

「アメリアは、サフィニアのこと好きなんだっけ?」

「好きというか……。彼女は、私がハルモニアに来てナハツェーラに襲われた時に助けてくれた命の恩人ではあるから……嫌いじゃない。でもボイジャーを葬ったことは許せないわ。好きでもないし、嫌いでもない。それが私のサフィニアへの感情。」

「俺も、ここに来た当初彼女に助けられた。それを踏まえて、俺もアメリアと同じ意見だ。リコリスとサフィニア……どちらを応援すべきか分からない。」

窓枠がガタガタと揺れる。細長い口笛のような音色が室内を満たす。隙間風が頬をなぞった。ノスタルジーな喪失感が胸に押し寄せる。数秒の沈黙の末、彼女は口を開いた。

「……私ね、昔リコリスの過去の話を聞いたことがあるの。」

「過去の話?」

ここ(ハルモニア)に来るより前の話。」


「その国では先進国を参考に近代化を進める改革が行われていたの。主に工業などの産業を対象に改革は行われて、機械学に精通したリコリスはロボットを用いて商品を大量生産する計画を立ててた。初めの内はリコリスに協力的な態度を取ってる人も多く見受けられたんだけど、秀才の域を超えた彼女に追いつけなくなる者が続出し始めて、とうとうリコリスのプロジェクトは中止手前まで来ていたの。それでも諦めなかった彼女は寝る間を惜しんで一人でロボット開発に向き合ってた。でもある時、国からプロジェクト中止の命令が下されちゃって。それを伝達しに来た政治関係の人と口論になって、とうとう取っ組み合いの喧嘩に発展したの。その拍子に机上のアルコールランプが落ちて中身がロボットにかかったらしい。その翌朝、窓際に置いていた花瓶が原因で収斂(しゅうれん)火災が発生したの。その時火がロボットに当たり爆発が起きたんだって。当時寝てたリコリスは植物人間になって、その意識がハルモニアに誘われた……。」

一つの童謡を聞いている感覚だった。話に出てきた収斂火災とは、窓際などに置いたガラス製品により、太陽光が室内の一点に集中して起きる火災の一種だ。

特に感想を述べるでもなく、両手で包んだココアのカップを膝に乗せる。温かいカップの表面に、窓の外の快晴が反射していた。ここに来る以前の彼女の発明に対する信念は本物だろう。いや、今もそうだ。彼女の発明への熱意と愛情は揺るぎない真実だ。その彼女が対峙するサフィニアも、同様自身の信念を掲げている。ナハツェーラ撲滅の信念は、かつての弟子とその家族を灰燼にするほど強いものだ。そしてその弟子も、辿り着いた新たな家で自分だけの信念を胸の中で燃やした。

ここハルモニアに来て俺が確かに学んだことは、人間の信念だ。自分が信じた夢や希望を、第二の人生で実現しようとしている。エリカの用意する脚本も、その人の信念に由来するのだろう。

「アメリア!」

俺は空になったココアのカップを置くなり、机上を叩いて立ち上がった。

「わっ!何?」

「行こう。迷ってる暇はない。今すぐリコリスの所に行くんだ。早く準備して!」

「ちょ、待ってってテレジア!」

机の角にかけていた帽子を頭に被って俺は工房玄関のドアノブに手を掛けた。


































「あなた、名前言える?」

薄い桃色の髪をした女は、猫じゃらし片手に言葉を漏らした。しゃがんでいるその女の目の先にいるのは白髪の獣……人間の姿をした獣だった。

「なm……ぇ?」

「ないの?ならいいわ。」

桃色の女は立ち上がって、猫じゃらしを獣に投げた。それを目元で受け止め、くすぐったそうに獣が喘ぐ。桃色の女は背を向けて歩き出した。

「ついてきて。あなたは知性の高い■■■▪■■だわ。脳を解剖して見てみたいの。」

「知性……?」

獣が発した言葉の中で、雄一ハッキリ聞き取れた言葉だ。桃色の女は足を止めて首だけ曲げて後ろを見た。そして面白そうに微笑んで言う。

「知性っていうのはね、感情を伴いながら情報を理解し活用する能力のことよ。」

「かん、じょう?」

「それは嬉しかったり、悲しかったりを感知するもの。ものというか、概念?まあ、私みたいな天才でも説明できないほど難しいものよ。」

「悲しかったりを、感知。感情なければ、感知できない?」

「まあ……そう。」

穏やかな薫風が吹き抜ける。獣は少し俯いた。

「自分、家族をなくした。感情あるから、悲しかったり。悲しかったりするから、知性ある。」

「家族をなくした?よく分からないわ。私は■■■■■からあなたを引き取っただけなの。詳しいことは何も聞いてない。だから私に教えて頂戴。」

「家族、獣に殺された。悲しかったり、悲しかったり……」

獣はその場に座り込んでしまった。猫じゃらしが地面に落ちる。

桃色の女は少し口を開けたまま静止していた。何か言葉を掛けようとしているが、何を言えばいいのか分からないのだろうか。数秒の沈黙が流れた後、桃色の女の瞳が変わった。それは冷徹さを失い、同類を見るような温かく切ない視線だった。

「悲しかったわね。今までよく頑張った。」

「頑張った?自分、頑張った?」

「うん頑張った。偉いよ。生きてて偉い。」

褒めることの不慣れさが伝わってくる。桃色の女は地面の猫じゃらしを払いのけ、また獣の前にしゃがみ込んだ。よく見つめ合って、二人だけの空間が小さく広がる。獣の目は荒んでいたが、奥にはしっかりと希望が眠っていた。

「ついておいで。好きなアトラクションが一つあるの。紹介してあげる。」

獣の目にうっすらと光が宿る。共鳴して桃色の女の瞳も光を宿したが、隠すように瞼がそれを覆った。二人は手を取り立ち上がる。


囚われた夢の中、二人は儚い遊園地の音楽の闇に消えていった。

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