18,紅蓮の鼓動
3076字
花束を足元に置く。呼びかけに答える様に風が地を這って吹いた。
「ハルモニアにも端があるんだな。」
「ハルモニアの領域は円形なの。ぐるっと囲むように城壁がそびえてる。」
ハルモニアの墓地は、ここを囲う城壁の内側沿いに広がっていた。見たところそこまで広くはなさそうだが、広大なハルモニアをぐるりと囲むように墓地が伸びているらしいので、そう考えたらかなりの面積を有しているのだろう。オダマキとメイとフランネルの墓を掃除し終わり、俺とアメリアはその場に腰を下ろした。空が曇っている。ここでは遊園地のbgmも遠くなる。
「改めて思うけど……ボイジャー、消えちゃったね。」
「ああ。」
空を見る。ゆっくりと流れて行く雲。でもこの空も、ハルモニアの全てを創造したエリカによってプログラムされた、機械的に動く空なのだろう。美しい遊園地を模したディストピアは、いつ終演のブザーを鳴らすのだろうか。
「前。誰かが言ってたけど、ハルモニアはエリカが心の中で失ったものを再生し続ける場所だって。エリカが失ったもの?……って思ったんだ。俺は一番新しい新入りだから分からないけど、他の家族の皆は、エリカの過去を知っているの?」
「いいや誰も知らない。でも、ずっと昔、ここに死んだ読書家の家族がいたの。その人曰く、現世にはハルモニアって言うタイトルの詩集があるらしい。だからもしかしたら、エリカにはそれが関係しているのかも……なんて。」
「その詩集はボイジャーにないの?」
「あそこが扱っている本は、エリカと店長が選んでるの。だからもしかしたらあるかもしれないけど……どの道もうボイジャーはないし、あったとしても焦げて文字が読めないでしょうね。」
「そうか。」
ハルモニア……。調和は英語でharmony。それが名前の由来だろう。確かにそういうタイトルの詩集は昔聞いたことがある気がするけど、よく思い出せない。なんだっけ、ラジオで紹介されてたんだっけ?確実に昔どこかで聞いたことのある名前の詩集だ。
「店長で思い出したけど、フランネルの墓まで作ってよかったのか?まだ生死も分からないのに。」
「いいや、昨日もう一度ボイジャーに散策に行ったんだけど、焦げて真っ黒な人の亡骸が見つかったの。ミイラみたいになって人の区別はつかないけど確実にフランネルよ。」
いや……そんなはずはない気がする。あくまで勘だが、彼はまだ生きている。彼はボイジャー襲撃事件の時に逃げたんじゃないか?表面上は死を偽装して、油断したサフィニアに不意打ちをかけるんじゃないだろうか。彼は心からボイジャーとその仲間を愛していた。それを失って復讐の鬼に燃えているだろう。
「……あ、そういえばリコリスは?」
「ああ彼女ずっと自分の研究室に籠ってる。ボソボソ言ってて分からないけど、ずっと泣きながら何か作ってるのよ。」
「……彼女の脚本って何なの?」
俺はそう口にした。一瞬言葉に詰まるアメリアだったが、少し俯いて悩んで末小声で俺に囁いた。
「見事な復讐劇を魅せる。」
不穏な風が首筋を通過する。空を飛ぶカラスたちがケラケラ笑い、木々の葉が続いて嘲笑する。
「復讐劇……?」
「ええ。昔彼女の脚本についてみんなで話し合ったことがあるの。私とリコリスとメイと、あなたの知らない先人たち。復讐劇というからには、それに対応したシチュエーションを作らなければならないでしょう?ほら、何も起きていないのに復讐なんて成立しないじゃない。だからリコリスが他者に復讐をする機会ができるまで待とう……って話になったんだけど……」
「リコリスは愛しのメイをサフィニアに殺された。今の彼女には、復讐の理由がちゃんとある。」
「ええ。だから彼女が、今寝る間も惜しんで研究室で作ってるのはサフィニアを殺す武器なの。」
心臓の奥が少し寒くなった気がした。あのリコリスが、今そんなことを……。
「とにかく私たちは早く帰りましょう。墓参りは終わったことだし、リコリスのことも……。」
立ち上がり、彼らの墓に背を向けた。立ち去る直前一瞬だけ立ち止まって振り向いたが、そこにあるのは無言の墓だけだった。風に吹かれて花びらが揺れる。
「……工房へ、帰ろう。」
歩みを進めた。
工房に帰ると、一階エリアの照明が全てついていた。
「あれ。電気切り忘れてたっけ。」
「いや、確実に照明は全て消した。リコリスが部屋から出たんだろう。」
玄関で靴を脱ぎ、メインルームの方まで行くと……
「おはよう。リコリス。」
テーブルに両腕を乗せてゲンナリしているリコリスがいた。体の肉付きが少し落ちている。白の下着だけで身を包み、机上の一点を見つめていた。机上には小型の銃型武器が置かれていた。
「……これは?」
触れると今にも崩れそうなリコリスに、なるべく優しく問いかける。弱々しい彼女の声が、短く発せられた。
「圧縮エネルギー弾……の……」
「新しい銃を開発したのね!弾倉っぽいものが見当たらないけど……あ、エネルギー弾式か。見た目もコンパクトで可愛いわ。」
俺の後ろから顔を出して、元気にそう言うアメリア。でも彼女の、小刻みに震える呼吸を首筋で感じた。
「……ねえ二人聞いて?」
視線を上げるでもなく彼女は呟く。
「私さ……サフィニアを殺すために、これを作ったんだけど……」
彼女の声は消え入りそうなほど小さく、それでも確実に怒りと悲しみが滲んでいた。
アメリアも俺も返答を躊躇した。彼女の心の重さが、どれほどのものかを知っているからだ。
リコリスは震える手で銃を持ち上げ、その形をゆっくりと確かめるように撫でた。
「……これが私の復讐の形。家族を奪ったあの女に、この銃で……」
言葉を切り、リコリスは目を閉じた。その頬を一筋の涙が伝う。
「ねえ、私……間違ってるのかな? こんなものを作って、こんな感情を抱えて……」
その問いは、彼女自身に向けられたものでもあり、俺たちに答えを求めているようにも感じた。
アメリアはリコリスの隣に静かに座り、その手をそっと握った。
「リコリス……それが間違いかどうか、今は分からない。でも……大事なのは、あなたがどうしたいかだと思うの。」
俺もアメリアに続くように口を開く。
「確かに復讐は辛い道だ。けど、それが君の心にどうしても必要なものなら、俺は止められない。でも……」
言葉を詰まらせながらも、リコリスの目を真っ直ぐ見て続ける。
「一つだけ約束してほしい。これが君の終わりにならないように、自分の手でちゃんとその道を選んでほしい。誰かに押し付けられた脚本なんかじゃなくて、君自身の答えを。」
リコリスはじっと机上の銃を見つめていたが、やがて深く息を吐き、わずかに頷いた。
「……分かった。ありがとう、二人とも。」
彼女の手から震えが収まり、目の奥に微かな決意の色が灯ったように見えた。その瞬間、俺たちは少しだけ救われた気がした。
外では再び風が地を這い、木々の間をすり抜けていく。その音が、リコリスの新たな一歩を祝福しているように感じられた。
いや、それは果たして本当に祝福だろうか。さらなる悲劇の前兆になるかも、しれないが。




