16,スターゲイザー
2380字
部屋に掛けてあったケープを羽織って俺は屋外へ駆け出した。
「オダマキ……オダマキ!」
必死に呼びかけるが、返ってくるのは不気味は遊園地のbgmだけだ。メリーゴーランドの周りをまわって、観覧車の足元を捜索して、コーヒーカップの中も一つ一つ見ていった。しかし何も見つからない。
「オダマキ……」
どこへ行ったんだ……。ん、いや待て。まだ行っていないところがあるじゃないか。そうだ、なんで最初にあそこに行かなかったんだ。俺はさっさと立ち上がり、コーヒーカップの屋根の下を突っ走った。
廃墟と化したボイジャーは、黒く崩壊していた。建物の支柱が露見し、あちこちに瓦礫が転がっている。一日経った今でも、まだ煙たさが鼻の奥を突いた。
「オダマキ、オダマキ!」
大声で呼びかける。しかし返ってくるのは苦しい沈黙だけ。ここにもいないのか?だとしたらどこに……。そう思って空を見た時。
「……ぁあ……」
今日はやけに星が綺麗だった。五つの角はハッキリ見えていて、薄黄色の光をぼんやりと纏っている。バカみたいな話だが、手を伸ばしてしまった。当然空の星を捕まえる事は無く、手は宙を空回りする。握った手を顔の前まで持ってきて、広げた。手には小さな小さな光の粉が付着していた。光の粉は風に乗って飛ばされ、時計塔の方へ流れて行った。
その時ようやく俺は気付いた。
あたりを、その光の粉が充満していた。とても細かいが、目を凝らせば見える。夜の闇の中を、イワシの大群のように光の粉が飛んでいる。そしてその全てが、時計塔の方へ向かって泳いでいた。
「時計塔……」
寒くなって来た。ケープを羽織り直して、歩みを進めた。
時計塔の前まで来て、ついに俺はそれを目撃した。一種の感動さえ覚えてしまった。
オダマキだ。姿は少し違うが、確実にオダマキだ。デザインは従来のオダマキ感を残しつつ、マネキンのように凍り付いた肌と恐ろしい紅蓮の瞳が特徴的だった。腹話術人形の口のように、分割された顎と独特の質感が印象に強く残る。周囲にはとても小さな「光の粒子」が彼を囲むように浮遊している。きっと光の粉が凝縮したものだろう。まるで人為的に練って作られた星だ。
ノートを開く。p.210……そこにはこう綴られていた。
≪〇「スターゲイザー」オダマキ
危険度レベル:4
『能力』
・追憶の天球
身の回りの光の粒子は、彼の意思に応じて敵を攻撃する流星群になる。攻撃は緩やかで威力もほどほど。
・星を見る者
スターゲイザーが相手を見つめると、その視線は相手の心を深く揺さぶり、「失ったもの」や「叶わなかった願い」を思い出させる。攻撃性はない。
『テーマ』
輝きを失った世界で、彼はただ一人、消えゆく星々を追い求める。≫
ノートから顔を上げた、次の瞬間。
「……ァァ…」
力なく振り向いたスターゲイザーと目が合った。
目を開けると、そこは古びた我が家だった。壁に掛けてある制服は綺麗に整えられていて、その横にハンガーで吊るされた作業服は所々ほつれている。ベッドの上の布団は半分ずり落ちていて、窓の外では赤い空の下をカラスが数羽飛んでいた。そして部屋の真ん中には……
「アメリア……」
ドアノブに縄が結ばれている。縄はそのまま天井のフックに掛けられ、その先は、ぶら下がるアメリアの首に繋がっている。ゆっくりと歩み寄る。彼女の所持品であるリュックから教科書やノートがこちらを覗きこんでいる。そして、それらの所持品は濡れた跡とマッキーペンで文字が書かれた痕跡があった。『貧乏人』と。
「アメ……リア……」
持っていたノートを足元に落とす。首を吊って気持ちよさそうな顔の彼女の腰に手を伸ばす。
≪・星を見る者
スターゲイザーが相手を見つめると、その視線は相手の心を深く揺さぶり、「失ったもの」や「叶わなかった願い」を思い出させる。攻撃性はない。≫
これがスターゲイザーによる幻覚なのは理解していた。しかし、フラッシュバックするあの日の光景が目の奥に沁みる。あの日俺は模範解答を示せなかった。いや、こうなった以上模範解答なんて存在しない。なんて死人を前に出来ることは何もないからだ。どれだけ勉学に励んで、どれだけ富を手に入れようが、人は死人という喪失の具現の前では無力なのだ。風に当たって揺れるアメリアの足。俺はそのままアメリアに抱き着いた。異様なまでに冷たい。彼女の体に耳を押し当てると、内側から微かに遊園地の楽し気な音楽が聞こえてきた。
「君は……脚本から解放されるべきだ。」
次の瞬間、視界に映る全てが溶けだした。不気味に光る窓枠、イジメの痕跡のあるリュック、ガンガン光る血色の空。アメリアすらも溶けだして、気付けば俺はハルモニアの時計塔の前にいた。そしてアメリアを抱きしめていた腕は、オダマキを後ろから囲っていた。彼の弱弱しい息遣いが耳元で聞こえる。直後、小さな嗚咽が聞こえたと思ったら、彼の体はボロボロと崩れていった。
「オダマキ……」
暗い闇の中、遊園地施設のイルミネーションの光が朧げに足を延ばしていた。そう言っている間にも彼の体は崩れ続ける。やがて、彼を抱いていた腕は何の感触もなくなった。とうとう完全消滅する直前、オダマキは瞳を閉じたままこちらを振り向いた。そして消えかけの指先で俺の頬を撫でる。
「さよう、なら……テレジア……。俺は先にィ逝くよ……みんなに……も、よろしくって……」
「あぁ、心配するな。全部、引き継いでやる。」
そう呟くと、彼は薄く笑って塵となった。




