10,夢はいずれ朽ちる
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10話「夢はいずれ朽ちる」はオダマキ目線で進行します。
「ナハツェーラ討伐のヒントは、強い意志にあります。」
これは昔の話。サフィニアは正座して、自身の刀を目の前に置いた。俺も向き合うように正座する。
「ナハツェーラは、夢に囚われた人間の残骸です。あなたは私の可愛い弟子。夢に囚われず、現実的な正義を信じて下さい。」
薄い布を身に纏うサフィニア。まだ人間として未熟だった俺は、ハルモニアに来てからというもの彼女から生きる術を学んでいた。
――正義を信じる――
彼女の口癖みたいなものだが、それは彼女の脚本に由来する。彼女は自身の脚本を『ナハツェーラを全滅させる』と解釈している。実際、彼女の腕は本物だ。前少し過去の話をし合ったが、きっとこの力も彼女の両親譲りのものだろう。
「サフィニアさん。一つ相談があるのですが。」
「はい。」
彼女は気持ち長く瞳を閉じて、ゆっくり開眼した。こちらの話を心で聞こうという意志が伺える。
「サフィニアさんは、俺の脚本をどう解釈しますか?」
お友達ポケットを取り出し、サフィニアの前に広げた。そこにはこう書かれている。
≪本当に愛するべき人を見つけ、共存の意味を模索し、結論を出す≫
数秒の沈黙。彼女の眉間が少し痙攣したのが分かったが、直後口を開かれる。
「共存というのは、恐らく人間とナハツェーラの共存という意味でしょうね。しかしナハツェーラは根本的に人間と相容れない存在であり、愛や共存と言った感情は幻想なのです。最終的な結論を出すのはあなたですが、結果は『共存は存在しない』というものだと思います。」
サフィニアの背後から差し込む窓の光が幻想的だった。彼女の後光から、神聖な何かが読み取れる。エリカと……似た何か。
脚本にある『本当に愛するべき人』とは、きっとサフィニアの事だろう。あの頃は本当にそう信じていた。彼女の刀はいつもギラギラ輝いていて、血痕が薄く残っている。魅了とは、盲目になる事だ。今思えば全てに疑念を抱くべきだっただろう。彼女の信念を、拒絶する理由も用意すべきだったのだ。
いつ頃だっただろうか。俺が刀の使い方をサフィニアに褒められ始めた頃か。家族の一員であるフランネルが本屋を立ち上げ他と同時に、身寄りのないナハツェーラを保護した。書籍の貸し借りの関係で当初よく本屋を出入りしていたのだが、その関係で保護されたナハツェーラを頻繁に見かけた。
青白い髪。異様なまでに白い肌。弱い、目。体格は、三歳くらいの人間の女児だった。元々服など着ていなかったらしく、フランネルから渡された大きめのケープを全身に巻いていた。いつあのナハツェーラを始末しようか考えていた。しかし、ある出来事が俺の価値観の全てを塗り替えた。
借りていた霊魂学の本を返しに本屋を訪れた時。
本来カウンターにはフランネルが構えているのだが、その日は彼がいなかった。本をカウンターに置き、辺りを見回す。勝手にレジ打ちしてもいいのだろうか?
「フランネルー!いないのか?いないならここに本置いとくぞ!勝手に返却手続きしておいてくれ。」
カウンターの真ん中に本を置いて立ち去ろうとした、次の瞬間。
「いらっしゃーいませー。」
女の声。振り返ると、カウンター奥からあのナハツェーラが顔半分を覗かせていた。小さい体をよじよじ登らせて、カウンターの上に座り込む。
「お前……」
「ぴっぴっ」
バーコードリーダーを手に取り、スキャンされる度に音を真似していた。
「ぴっぴっ」
「……もう読み込めてるぞ。」
「え?」
「そこのモニターに書籍情報が表示されているだろう?赤文字の『貸出中』が見えるか?その下の『返却手続き完了』ってボタンをクリックしろ。それで返却できる。」
こちらをもの不思議そうに見つめた後、ナハツェーラはモニターの『返却手続き完了』ボタンを指で突いた。当然反応しない液晶画面。同じ作業を続けるうちにナハツェーラの目は潤い始めた。やがて大声で泣き始める。大粒の涙を流して、子供らしくギャンギャン泣いていた。
「マウス……ぁ、その白いやつを動かせ。そしたら画面の中の白い点が動くはずだから、それをボタンに重ねろ。」
泣き止みはしたが、下唇を噛み締めたまま動かなくなった。
「……どうしたんだ。」
「うんち。」
「なんだ、何をやっても上手くいかないことに対する暴言か?それとも……」
考えたくなくて思考を停止させていたが、徐々に周囲に漂う異臭で、現実を受け止めなければならなくなった。
「ありがと!」
スッキリしたのか、満点の笑顔を浮かべてナハツェーラは言い放った。疲れ切った俺はトイレ前の廊下で情けなく座り込んでしまう。
「どーしたの?」
「どーしたの、じゃないだろ。全く……今ここで殺してやってもいいんだぞ。」
腰の刀を少しだけ鞘から抜く。しかしナハツェーラは屈することなく、むしろ好奇心に満ちた目でそれを見てきた。
「なにそれ!」
「……お前……俺が怖くないのか?」
問う。
「なんで?」
「だって、お前にとって俺は知らない人間だ。正直に打ち明けると、俺はお前みたいなナハツェーラを殺す使命を背負っている。これは、お前を殺すことのできる凶器だ。」
「でもあなた、ワルイ人じゃないわ。目を見ればわかるもん。フランネルが言ってた。本当にワルイ人は、会話すら応じてくれないって。」
俺の全身に電撃が走る。当然ただの比喩だが、頭に雷が落ちたような衝撃だった。このなナハツェーラは、人間の教えた道徳を学習している。ナハツェーラは俺の前に座り、寄って来た。鼻と鼻が付きそうな距離で俺の目を覗いてくる。
「瞳の奥、透明。あなた、綺麗。あなたの鼓動、好き。」
これは後から知ったことだが、あのナハツェーラはメイと言う名前らしい。ノートの記載では危険度レベルは低く、ものの復元能力を持っているらしい。
「心臓の少女……か。」
ノートを閉じる。フランネル曰く彼女はリコリスの元に預けられたらしい。
「もう帰ってこないのか?」
「さあ?でもリコリスのことだ。彼女は実験サンプルを処分するような人間じゃない。きっと野生に帰すだろうね。或いは……」
そう呟いて黙る店長。夕日を映す窓から、愉快な音楽が流れ込む。
「……ゎ、わぁあああ!」
目を覚ますと、俺の前には恐ろしい顔の殺人ピエロの絵があった。しかし驚いたのも束の間、それはホラー小説の表紙だと分かる。
カウンターの奥、本棚の間でこちらを見ながらケラケラ笑っているメイが見えた。
「昼寝する当番が悪いんだー!」
「……はぁ、とんだサプライズだよ。」
立てられた本を手に取り、後ろの返却棚に置く。そして、改めてメイの体をよく観察した。
あの頃の面影は残っているが、随分と成長したものだ。全てリコリスの実験の成果とでも言うべきか。今では、彼女も俺と身長がほぼ変わらない。
「そんなにジロジロみてどーしたの?あ、惚れた?」
「ふん。」
誤魔化すように鼻で笑う。クスクス笑うメイ。この何気ない日常に穏やかな幸せを感じたが、直後サフィニアの後ろ姿を思い出した。
あの晩。サフィニアのもとを離れると言ったら、彼女は顔色一つ変えず呟いていた。
「失望しました。」
窓の外に目をやる。時計塔の針は、もう昼を差していた。時間の流れは早いな。
明日、サフィニアとの決着か。




