9,悲しみの序曲
4112字
アメリアがボイジャーから借りた本を返しに行く関係で、俺もそれに同行することになった。二人並んで遊園地を歩いていると、昔を思い出すな。物思いにふけって空を眺めて居ると、隣でアメリアがニヤニヤしながら声をかけてくる。
「女の子とデートしてる気持ちになって嬉しくなっちゃってるなー?」
「違う違う。」
そう言って建物を右に曲がった時。
「あれ?」
最初に声を漏らしたのは俺だった。その一秒後にアメリア。少し遠くにボイジャーが見えた。が、しかし。その正面入り口ではフランネルが人と話している様子が見られた。そしてその話し相手は……。
「あっ、二人とも!やっほー!」
フランネルは俺たちを見るなり、会話から逃げる様にして手を振った。俺たちも小さく腕を振って歩みを進める。
「サフィニアも来てたんだ。」
アメリアが言い放つ。ボイジャーの正面入り口。フランネルの前には腕組みしたサフィニアが突っ立っていた。威厳ある風格に声が詰まる。こちらを真顔でチラリと見るなり彼女は瞳を瞑った。
「久しいな。アメリアに関しては相当久々なんじゃないか?」
「前に会ったのって彼の葬儀の時だもんね!」
アメリアはサフィニアに会えて嬉しいのか、いつもより少し声が上ずっていた。しかしすぐ血相を変えて真顔になる。
「あっ……まあ、なんていうかその……」
「いいんだ。気にするな。とっくの昔に彼の死は受け止めている。」
彼というのが何なのかは知らないが、次にサフィニアが俺の顔を見る。
「お前とは……数日ぶりと言ったところか。元気そうで何よりだ。」
「こちらこそ。サフィニアさんも本の貸し借りを?」
一応まだサフィニアだけさん付けで呼ぶべきだろうか?そんなことを考えながら何気なく呟いた一言だが、顔色が悪くなったのはフランネルの方だった。
「ま、まあまあ!ほらサフィニア。お客さんも来たことだし、今日はもう帰ってよ!」
「私も平等にお客さんにはなり得ないのか?」
「いいから帰ってよ。君の頼みに承諾するつもりは一切ない。何度も言ってるだろ!」
あんなフランネルは初めてだ。焦りと恐怖が混じって一種の怒りが湧いているようだ。サフィニアは鼻を鳴らして振り向いた。
「ではまた日を改めて伺おう。」
コツコツと足音を鳴らしながらナゲット屋の路地へ歩みを進める。やがて彼女の姿は陰に溶け、足音もハルモニアの愉快なbgmにかき消された。肩の力が抜けたのか、フランネルが膝から崩れてその場に座り込んでしまった。
「大丈夫!?と、とりあえず建物の中へ……メイの能力で回復してもらいましょう。」
アメリアがフランネルの腕を肩に回して言う。建物に入って行くその背中を見つめながら、俺は立ち尽くしていた。
抱えていた本を足元に置き、お友達ポケットを取り出す。ナハツェーラの項目でメイを見つける。
≪〇「心臓の少女」メイ
危険度レベル:2
能力
ものの小さな傷を修復できる。人間の傷も小さなものなら治せる。≫
鍵括弧の中の心臓の少女というのは、ナハツェーラとしての名前だろうか?よく分からないが、能力に着目してみる。回復……。だからさっきアメリアはフランネルをメイの所へ連れて行ってたのか。
なんとなくナゲット屋の路地を振り返る。誰もいない。ノートをポケットにしまい、本を抱えてアメリアを追った。
「よし。これで少し寝かせたら完全回復すると思うわ。緊張してた分、疲れが一気に出たんだと思う。」
白いベッドにフランネルを寝かせ、横の椅子に座るメイが呟く。俺もアメリアも安心した。
「ねえメイ。フランネルとサフィニアは何を話してたの?」
なんとなく訊くと、メイが気まずそうに口を閉じる。アメリアが肘で俺の腕を突いた。
「しっ」
「いや、いいの。テレジアも知っておくべきだわ。」
メイはフランネルの寝顔に視線を移して話し始めた。
「サフィニアの脚本は『一度信じた正義を信じ、信念を貫き通し、強者を演じる』というものなの。彼女はこのハルモニアでナハツェーラ討伐をしているけど、その原動力の半分は脚本に由来する。」
「もう半分は?」
「愛人をナハツェーラに殺された憎しみ。」
そう呟くメイ。アメリアが割って入った。
「さっきさ、私がサフィニアに対して最後に会ったのは彼の葬儀って言ったでしょ?その彼っていうのは、死んだサフィニアの愛人のこと。」
「ハルモニアに来る人の条件は極めて緩いの。不幸な子供、それだけ。だからハルモニアで奇跡の再会をする人も多いの。」
思わず自分の境遇に照らし合わせてしまう。しかし今はサフィニアについてだ。サフィニアはハルモニアで再会した愛人をナハツェーラに殺された?その復讐心と脚本に従ってナハツェーラ討伐をしている……ということか。
「それは分かった。でも、それとフランネルに何の関係が?」
「サフィニアは、私も殺戮対象と考えている。」
メイが呟く。背筋に冷気が走った。
窓から差し込む薄黄の光がフランネルの寝顔に落ちる。考えれば考える程、事態の全体像が見えてくる。
「サフィニアは定期的にボイジャーを訪れて、私を連れ出そうと話を持ち掛けるの。庇って毎回フランネルが表に出て交渉してくれるのだけれど……彼女諦めなくて……。」
「オダマキは?彼ならキッパリ言ってくれそうだけど。」
「あなた何も知らないのね。」
呆れたようにアメリアがため息を吐く。メイが説明を加えた。
「オダマキとサフィニアは仲が悪いのよ。下手に会わせたら血が流れるかもしれない。」
「だから消去法で店長ってことか。」
随分と不憫な店長だ。しかしサフィニアが強行突破してくるのも時間の問題な気がする。
その時休憩室の扉が開き、オダマキが人数分の飲み物と切ったリンゴを持ってきた。
「ああ、オダマk……」
彼の顔を見た瞬間、妙な違和感を感じた。いつものオダマキと少し違う。フランネルの体調のせいだと一瞬疑ったが、その割には怯えている。ただなんとなく、直感だ。一人ずつ飲み物を取り、リンゴの入った皿をフランネルの枕元に置く。
「とんだ災難だったな。」
「もしサフィニアが無理矢理やってきたらどうするのよ!?」
アメリアが言い放つ。しかしオダマキはメイの目をしっかり見て言った。
「その時が来たら、俺が出る。」
「頼もしーい」
やけに間延びしたアメリアの声。いくら同じハルモニアの家族とはいえ、外野と内野では温度差もあるよな。ボイジャーの三人は毎日大変だろう。
「あ、ちょっと話変わるんだけど、俺から一つ訊きたいことがあるんだ。」
「どうしたの?何でも訊いて頂戴。」
メイが前屈みになる。俺はノートを取り出してナハツェーラの項目を開いた。
「ナハツェーラの人名の前。鍵括弧で記されてるこれは何?」
「それはナハツェーラ名だ。二つ名とは少し違うが、正直そこまで重要じゃない。エリカにとってナハツェーラは皆同じバケモノで、人間と明確に差別化を図りたいと考えている。だからナハツェーラには新しい仮の名前が与えられるんだ。」
説明を聞きながらページをパラパラと行ったり来たりする。
≪「旋律の蝶」ドーラ≫
≪「兵隊霊の追悼」トーチカ≫
≪「心臓の少女」メイ≫
そんなものばっかり見つかる。謎にカッコいいのは何なんだ。俺がここに来て最初に追われた熊のナハツェーラは「少年の心」という名前らしい。炎の方は「子供の頃に見た夢」。二人とも重いバックストーリーがありそうなナハツェーラ名だ。
少し強い風が吹いて窓がガタガタと音を立てる。思わず顔を上げた際、オダマキの表情に目が吸われる。やはり変だ。
そう思ったのも束の間、彼はお盆を持って立ち上がるなり部屋のドアノブに手を掛けた。
「じゃあ、失礼するよ。何かあったら呼んでくれ。」
そう言い残して彼は部屋を出て行った。アメリアも、丁度いいタイミングだと言わんばかりに立ち上がる。
「夜も近いし、私達もそろそろ帰るね。」
メイの見送りのもとボイジャーを離れた。空が夕暮れに染まりかけている。辺りの遊園地施設のイルミネーションが目立ちだした。
「ごめんアメリア。ちょっとボイジャーに忘れ物したから取りに行ってくる。先に帰ってて!」
「え?ああ、はい。忘れるようなもの持ってってた?ノートくらいしか思いつかないけど……」
「いいからいいから!すぐ戻る!」
言い切る前に俺は歩いた道を引き返していた。
ボイジャーの前に着き、辺りを見回す。するとピロティの柱にもたれて一枚の紙を見つめるオダマキを見つけた。うん、やはり何か変だ。
「オダマキ。」
「テレジア?なんだ帰ってなかったのか。忘れ物か?」
手紙を胸に当てて伏せるオダマキ。俺は単刀直入に切り出した。
「何かあったのか?ちょっと今日のオダマキ変というか……。」
「……テレジアは第六感が優れているんだな。はあ、うちのポストにこんなものが入ってた。」
オダマキは、歩み寄る俺にその紙を渡してきた。受け取って見ると、そこには綺麗な字で短く言葉が綴られている。
≪三日後の夜。鐘が鳴る時までにメイを渡さないと本屋を放火して襲撃する。≫
言葉が詰まる。オダマキは手紙を取り返して、さっきと同じように見始めた。
「言う間でもなくサフィニアだ。こんなことをするのは彼女以外ありえない。」
「どうするの、それ……」
「メイとフランネルに相談しようか悩んでるところだ。サフィニアが何度もうちに訪問してるのは知っているが、こんなのは初めてで俺も頭を抱えている。」
突然の宣戦布告。相談すべきだとは思うが、メイに相談するとかえって彼女の心を追い詰めるかもしれない。フランネルは当分安静にしているべきだ。
「ボイジャーでまともに戦えるのは俺だけだ。今からでも策を……。」
ピロティに不穏な風が吹き込み、正面建物の光がうっすらと足元の闇に伸びる。遊園地の楽し気な音楽が、変わらず流れ続けている。




