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3 まったく、はた迷惑な話です

 ソルタンの言うことは何から何まで間違っていた。まったく、はた迷惑な話である。


「そして私に隠し子だなんてありえない話だ。私はユリアを心から愛している。それにその娘はアンナレーナと同じ年頃だが、私は新婚の頃、ユリアを片時も離さなかったのだ。浮気などしている暇などあるはずもないだろう。いや、片時も離さないのは今も変わらないがね」

「あ、あなた……恥ずかしいわ」

「何を恥ずかしいことがあろうか。それだけ私は君を愛しているのだから!」


 恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しさが込み上げる。


 ヴェルナーはソルタンに冷たい視線を向けた。


「貴様は愚かしくも、情報の裏すら取らずに、こんな公衆の面前で私の大切なユリアとアンナレーナを傷付け、辱めたのだ。……この落とし前はつけてもらおう」


 ヴェルナーは低い声でそう呟くと、腰を抜かしたように座り込むソルタンを見下ろす。


「ヒッ……!」


 一度殴られたからか、ソルタンの目には怯えが滲んでいる。しかし恐怖を振り払うように、ソルタンは口を開いた。


「ぼ、僕は……お、王太子だぞ……! ぼ、暴力を振るったこと、こ、後悔させてやるからなぁっ!」

「は、なにを。王太子にはいくらでも代わりはいる。王弟殿下でも、陛下の御子である王子殿下の誰かでもいいのだ。貴様である必要など、どこにもない。それすらわからないのか?」

「へ……?」


 ソルタンはそんなことを言われるとは思っていなかったのか、口をパクパクさせている。


「まったく、これほどに愚かだったとは。国王陛下に進言し、貴様は廃太子にしてもらおう」

「そ、そんなこと……お、お前にできるわけ……」

「そもそも貴様が王太子の地位を得たのは、たまたま他の王子殿下より先に産まれたこと、そして我が家が支援したからだ。エリアルト家にはそれだけの影響力があることを忘れるな。婚約破棄以前に、廃太子となったならば婚約はなかったことになるだろう。だが、もしユリアやアンナレーナの前に顔を出すようなことがあれば、残りの歯も全てへし折ってやるからな」


 ソルタンにそう吐き捨てるように言ったヴェルナーはわたくしの方を向いた。


「ユリア」


 いつも通りの穏やかな眼差しに、ホットチョコレートのような温かく甘い声でわたくしの名前を呼んだ。


「おかしな嫌疑をかけられて怖かっただろう。だが、もう大丈夫だからね。私は君のことを一ミリも疑ったことなんてない。そして私が君以外の女性を愛することもない。私は婚約者候補として顔を合わせたその瞬間から、ずっと君に夢中なんだから」

「まあ、あなた……顔合わせの時って、五歳頃のお話でしょう」

「それくらい好きと言うことさ。五歳から君のそばで交友関係を全て把握しているのだから、浮気なんてあるはずないのにね。そして君は早産で死にかけながらも可愛い娘、アンナレーナを産んでくれた。アンナレーナは賢く、君によく似て美しく、立派に育ってくれた。私は幸せだよ。元は政略結婚とはいえ、君という素晴らしい宝を得たのだから」

「そ、そんな、わたくしこそ……ヴェルナー様と一緒になれて本当に幸せです」

「しかし、アンナレーナには可哀想なことをしてしまったね。ずっと我慢していたのだろう。すまなかった」

「ええ、アンナレーナ。気付いてあげられなくてごめんなさい」

「いいえ、お父様、お母様。私もお二人の子でいられて幸せです! それに優しいお兄様もいますから」


 アンナレーナの隣には優しい笑みを浮かべたルーカスが、アンナレーナを支えるように立っている。


「ええ、俺の大切な妹です。家族として、俺にも支えさせてください」

「……それなんだが、ルーカス。アンナレーナと結婚するというのはどうだろうか。もちろん君たちが互いを兄妹としか思えないというのなら、無理強いはしない。断ったとしてもルーカスにはこれまで通り私の跡継ぎでいてほしいんだ」

「お、お父様……! わ、私は歓迎です。その……ルーカスお兄様は私にずっと優しくて……は、初恋の方なんですもの!」


 アンナレーナはボッと頬を染め、目を輝かせている。

 ルーカスはそんなアンナレーナを見て眩しそうに目を細めて微笑んだ。


「アンナレーナのような素晴らしい女性と結婚できるなんて……俺は幸せです。もちろん喜んでお受けします!」


 二人は幸せそうに寄り添う。

 美男美女でお似合いの二人だ。


「まあ、最初からこうすればよかったわね」

「ふふ、そうだな」


 周囲から、パチパチと祝福の拍手の音が聞こえてくる。


 一方で、呆然と座り込むソルタンと、腰を抜かしたまま、きょとんと目を瞬いているリザには、この会場の誰一人としても目もくれない。


 エリアルト公爵家の影響力は凄まじいものがある。ソルタンはそんなこともわかっていなかったのだ。


「おかしな雰囲気になってしまったが、気を取り直して卒業パーティーの続きをしようではないか。──そこの君、すまないがあの隅にある余計なものを片付けてくれるだろうか」

「は、はいっ、かしこまりましたっ!」


 ヴェルナーは会場内の使用人にそう告げると、彼らは大慌てで薙ぎ倒されたテーブルを整え、呆然としたソルタンたちを連れ出して行った。


「アンナレーナは首席で卒業したんだ。素晴らしいだろう」

「まあ、お父様ったら、そんな自慢みたいに。恥ずかしいです!」

「自慢だとも。私の可愛い娘がそんなに賢いだなんてね。本当に自慢の娘だよ!」


 父娘の掛け合いにわたくしはくすっと笑う。


 卒業パーティーの会場は、何事もなかったかのように賑わいを取り戻していったのだった。






 それから、ヴェルナーは国王陛下にソルタンのことを報告をし、廃太子とするよう進言した。


 進言は受け入れられ、ソルタンは病ということにして、王都から遠く離れた離宮で一生を過ごすことになった。


 また、リザ・ムーロは妊娠していたことが判明し、ソルタンの血を引く可能性が高いと、仕方なく出産させたそうだ。


 しかし産まれたのはどちらにもまったく似ていない子供。親類縁者を数代遡ってもいないような髪と目の色をしていたらしい。


 哀れにもソルタンの言ったことは、全て自分に返ったのだ。


 出産後、リザは子供の実の父親の話どころか、事実と妄想の区別もつかない様子で支離滅裂な話ばかりするようになり、遠方の治療院に入ることになった。子供は事情を知らない夫婦が引き取ったとのことだ。

 思えばリザは可哀想な人である。彼女は家庭環境が悪く、空想の世界に逃げ込んで心を守っていたそうなのだ。

 ふわふわとした空想の世界にいたのを、騙されて連れて来られたも同然なのだから。せめて、彼女が心安らかに過ごせるよう、治療院に匿名で寄付をしたのだった。


「──それで、次の王太子候補なのですが、第二王子のアーノルド殿下は推さない方がいいでしょう」


 ルーカスはヴェルナーに報告書を渡す。


「報告書を見ていただければわかりますが、今回の一連の騒動はアーノルド殿下の入れ知恵の可能性が高いです。ソルタンに信憑性のない話や間違った言葉を吹き込み、リザの空想癖を知りながら親しくなるように仕向けたようですから。いかがわしい薬物や催眠術に手を出しているという怪しい噂もありますね」

「なるほど。それならアーノルド殿下も廃して、第三王子のシリウス殿下に王太子になってもらうのが良さそうだね」

「ええ。彼は派手な活躍こそしていませんが、私生活は真面目で優秀な成績を収めています」


 ヴェルナーはルーカスと何やら難しい話をしている様子だ。


「お父様、お兄様……じゃなかった、ルーカス。私も混ぜてください!」


 そこにアンナレーナも混じり、三人で難しそうな政治の話をしている。

 兄ではなく名前で呼ぶことに戸惑いを見せるアンナレーナが初々しい。


「みんな、難しいお話もいいけれど、そろそろ休憩してお茶にしましょう。あなたの好きな銘柄の紅茶があるんです。アンナレーナの好きなお菓子も用意したわ。ルーカスは甘いものが苦手だけれど、甘さ控えめのもあるから、きっと口に合うはずよ」


 そう声をかけると、わたくしの大切な家族は笑顔で振り返った。

 

「ああ、ユリアの言う通りだね。紅茶が冷める前に休憩にしよう」

「わ、このお菓子大好き! ルーカス、早く食べましょう!」

「あれ、俺が甘いもの苦手なことって、言っていましたっけ」

「ふふ、わたくしは息子の好みだって、ちゃーんとわかってますからね」

「さすがユリアだ」


 ああ、わたくしはとても幸せだわ。そう思い、微笑みを浮かべたのだった。



おわり


ここまでお読みくださいましてありがとうございました。

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