46 機械神
「綺麗ですねー! 雨宮さん!」
「うん、そうだね」
馬車に揺られながら、外の景色を眺めるカエデと会話を挟む。
馬の手綱を引き、早二時間。 未だ外観を見ていて飽きが来ないのか、元気一杯に彼女ははしゃいでいる。
(それにしても元気だな......)
当然僕は大人なので、こんなことで一々騒いだりはしないが、彼女の底の見えない体力は脱帽ものだ。
まぁ、まだ子供だし。
そう、カエデはまだ子供なので仕方がない。うん、仕方がないよ。
「カエデは元気ですね。二時間前の渉様みたいです」
「......エリー、それは言わないでよ......」
「ほんと、大したもんだよ......この、デカブツと一緒でね」
「ガハハッ! 元気があるのは、良いことじゃねえか!」
クスクスと手を口元に置いて笑っているエリーの横で、ゲルダとダナンが騒いでいる。
ダナンはいつも通りで騒がしく、それをなんとか納めようとしているゲルダの顔は疲れ切っている。
見慣れた光景だ。
まぁ、エリーが騎士団と一緒にいるの自体が珍しい光景だけど。
「ーーカエデよ。良い加減にしないか?」
「ひっ......! す、すみません騎士団長!」
そんな姫を護衛する立場であるはずの騎士が子供のようにはしゃいでいる姿を見て、ユリウスが冷たく、低い声でカエデに呼びかける。
すると、カエデもその怒気に気がついたのか、怯えた声を一つ上げて、大人しくその場に座り込んだ。
「ダナンもだぞ......少しは大人しくしないか」
「ガハハッ! すまん、すまん。遠征任務なぞ久しぶりで興が乗り過ぎてしまった!」
「はぁ......そうか......」
そのままの勢いでユリウスはダナンの方にも向き直り、大人しくするように伝えた。
しかし、ダナンはダナンというか、効果があまり期待できなかったというか、彼は以前元気なままだった。
「このような恥ずべき現場を見せてしまい、大変申し訳ありません、エルリア様。処罰は如何様にもお受け致しますので、どうかーー」
そんな荒狂う馬車内の現状にユリウスはエリーへと頭を下げ、許しを乞うた。
しかし、
「うふふっ。別に良いわよ、ユリウス。騎士団のみんなのこんな場面を見る機会も少ないんだから。あなたもどうかしら? 昔のようにエリー姫と呼んでみてもーー」
「ちょっ、姫様......っ! それは昔の話でーー」
「ゆ、ユリウス......お前......」
「渉もそんな顔をしないでくれ……姫様がまだ五歳の頃の話だ。それと、私からそう呼んだのではない」
予想だにしないエリーからのカウンターにユリウスは頬を赤らめ、どっと疲れたように再び席へと腰を下ろした。
もはやユリウスは虫の息だ。魂が抜け切っていて、着く前から疲労感が見える。あそこだけ暗い。
「あ、皆さん! 見てください!」
一悶着。馬車に揺られながら、なんだかんだワイワイやっていた僕らは、カエデの一言により、全ての視線が窓の外へと向けられる。
窓際に集まるユリウスを除いた五つの顔。その目に映る景色は摩訶不思議で、まさに機械的であった。
「おおっ! ここが、機械の国:マキナか!」
眼前に映る光景。それが段々と近づいてきて、僕らはついにその街へと入国した。
マキナは実を言うと、国というよりも街に近い存在であり、町などは一ヶ所もなく、この街のみが唯一の敷地となっている。
噂では技術力が抜きん出過ぎて、開拓する費用がバカにならないので敷地を広げていないとのことだがーー。
「これを見れば、納得だな」
入国し、僕らはその外観通りの驚きに満ちたこの場所に関心しっぱなしであった。
外とは一風変わった、橙色の鉄と銅のフローリングと建物。
馬鹿でかい煙突から出る、黒色の煙。
そこら中から出て、どこかへと繋がり消える、剥き出しの配管。
そして、中心に浮かぶ巨大な機械の浮島。
最後の以外はどれも現代に近しいものを感じる。
恐らく産業革命直後の地球と似ているだろう。
馬車の中の他五人は異世界でも見ているかのように目を見開かせている。
初めて見る景色に興味津々みたいだな。
しかし、そんな僕でも見慣れないものが一つあった。
それは、
「機械が歩いてる......!?」
「ええ、圧巻の光景ですね......」
大小問わず、様々なロボットが街中を歩いていたことだ。
当然、普通の人間もそこら辺を堂々と歩いている。
しかし、そこには人形でサイズも似た中くらいのロボットから、僕らの十倍以上ある超大型ロボットまで歩いていた。
一歩間違えれば僕らをペシャンコにしてもおかしくはないほど大きいが、ユリウス以外のみんなはそんなことは気にも留めてないらしい。
彼らは、ただ目の前の神秘に心を躍らせていた。
それは言うまでもなく、ダナンとカエデの活気を取り戻し、馬車は再び恐ろしいほどに騒がしくなった。
「ダナンさん、見てください! あれかっこよくないですか!」
「うむうむ、わかるぞ! 唆られるなぁ! ガハハハッ!」
窓の外を指差し、はしゃぐカエデと、大きく首を縦に振ってカエデの意見に同調するダナン。
言うまでもなくそんな彼らはみっともない姿で、それはもうユリウスの怒りを買った。
それはもう、本当に。
「ふぅー......お前達、今すぐ座れ。さもなくば、私の怒りを買うことにーー」
一度目の忠告。それが馬車の中を静かに流れる。
しかし、
「キャー! かっこいいですね、いいですね!」
「うむうむ! わかるぞ、わかるぞ!」
二人の耳には届いてはおらず、結果としてユリウスの声を遮ることになった。
ここまで来れば、結末は分かり切っている。
制裁だ。
「近衞騎士団流初伝ーー」
声の代わりに怒気がユリウスの体を舞い、そこから放たれるは高速のゲンコツ。
空を切り、それが遠くを見る二人の頭蓋に勢いよく当たった瞬間、悲鳴は響いた。
一人を気絶させ、もう一人に激痛を残す形で。
「痛ったぁあい......っ!!」
そうして波乱の出発を切った僕らは、マキナへと入国した。
目の前に聳え立つ、宙に浮かんでいる建造物を次の目的地として。
「ユリウス。ちょっとーー」
「......どうした、渉」
☆☆☆☆
「ヨウコソ、通過証ヲ提示シテクダサイ」
「はい、どうぞ」
「ピピピピ......確認シマシタ。ドウゾ、オ通リクダサイ」
巨大な鉄の門の前、人形のロボットが提示を求め、エリーが馬車の中から巻紙のような物を取り出し、それを硬い手へと手渡す。
すると、そのロボットが目を輝かせながらスキャンを始め、確認が取れたのか、あっさりと道を通してくれた。
大きく、錆びたような音を立てながら、鉄の大門が開く。
そこをそのまま馬車で通過し、奥にあった大型のエレベーターーーと言うよりかは、上下移動するだけの巨大な板へと乗り込み、空中に浮かぶ城へと僕らは移動した。
「板が飛ぶなんてな......驚きだ......」
「ほんと、びっくりですね......」
ユリウスとエリーが会話を紡ぐ。
その中身からは、驚きの感情がありありと伝わってくる。
普通ならば、ここにダナンとカエデの騒がしさが襲ってくるはずだろうが、今現状ではその脅威はない。
何故か。それは、数十分前に遡る。
「カエデ、ダナン、ゲルダ。お前達は街を見て来い。一応、これも持ってな」
ユリウスが馬車の中でゲルダに手紙のような物を渡してそう言った。
「い、良いんですか、団長! 私、街を見てまわりたいと思ってたんですよ!」
「ガハハッ! いいな!」
二人がテンションを上げ、馬車の中でさらに騒ぐ中、ゲルダは冷静にユリウスから手渡された物を見て、状況を判断する。
「こりゃ、『伝書鳩』じゃないか。伝書鳩を送る相手がどんな場所に居ようと必ず届ける蔵にあった宝。こんな一級遺物まで託して......一体何が起こるって言うんだい?」
「ーー二日だ。二日以内に私達が城から帰還しなかったら、それを使って私達の居場所を突き止め、助けに来て欲しい。詳細は聞くな。ただ命令に従え」
肘を脚の腿に付け、手を組み、顔を落とすユリウスの表情は真剣そのものだった。
その圧迫感とも似たような雰囲気にゲルダも表情を変え、何も聞かずにそれを受け取り、薄く微笑んだ。
「わかったよ。二日だね。それ以上は聞かないよ。どうせ、どこに目と耳があるのかわからないんだ、指示に従うよ。あんたらもいいね」
「は、はい。分かりました......」
「うむ。いつも通りの無茶振りだな。理解したぞ」
そんな慣れた口調のゲルダとダナンの隣には、あたふた混乱するカエデがいた。
初めての遠征任務。初めての重大指令。慣れないばかりで彼女は戸惑っていた。
「大丈夫さね、カエデ。私達に着いてくれば大丈夫だよ」
「うむ、万事安心するがよい!」
「じゃあ、ユリウス。任せときな」
しかし、流石はベテランの近衞騎士団。
ゲルダとダナンは笑顔でフォローに入り、そのまま馬車を降りていった。
そして馬車に残るのは三人。現在に至る。
超大型のエレベーターが目的地へと到着し、ゆっくりと位置を固定する。
そして辿り着いた先、そこには超巨大な鉄の城塞があった。
そこでようやく馬車を降り、僕ら三人は警戒を強めつつ城の中を歩いた。
入り口となる瀟洒な鉄扉を開き、中に映った姿は完全に要塞。
中に入るなり、一本道。そこにあるのは、豪華に飾られた高さ二十メートルはある廊下のみ。
そこに並ぶは鉄の鎧ーーではなく、鉄そのもので身を固めた機械の兵士の軍団。それが廊下の両脇に整列して僕らの入場を歓迎する。
コツコツと僕らの足音が響き、僕らは道を渡り、巨大な玉座の間へとたどり着く。
そこには、両脇に超巨大な鉄兵が二体おり、真ん中には金色に輝く階段と王が座る玉座が置いてあった。
そこに座るのはただ一人。黄金の椅子に肩肘をつき、僕らを見下げるのは黄金の鉄鎧に身を包んだ神のような存在。
そう。あれこそこのマキナの支配者ーーいや、偽りの王:機械神だ。
また遡ること数十分前。
馬車の中で僕はユリウスにあることを伝えた。
「今の機械神は危険だ。多分、操られてるか乗っ取られてる」
「......それは、本当か? 間違いはないのか?」
「うん。多分、間違いはないよ」
「ーーわかった。じゃあ、あの三人には別働隊を頼もう。君を信じるよ」
「ありがとう、ユリウス」
その内容はクエストのことだ。
ひっそりと、ユリウスだけに伝わるように僕はそれを伝えた。
詳細はなく、ただ簡潔に必要最低限をその場で話した。
マキナは機械の国。監視カメラなどに似た物はどこにでも転がっている可能性はあるだろう。
だからこそ僕は必要な部分だけを話し、場を次の場面へと託した。
それがここだ。どう転ぶか、それはあの玉座に座る機械の手にある。
「お主がエルファス王国から来た使者ーーいや、姫か」
「お初にお目にかかります。エルファス王国第2王女のエルリア・エルファスです。本日はお日柄も良く、機械神様におかれましてはーー」
「ーー世辞は良い。要件を言え。突然の訪問、王国の姫殿でなければ、叩き出していたところだ」
エリーが一歩前へと出て、機械神に話を通そうとする。
しかし、機嫌が悪いのか、機械神はそれを一蹴し、鋭い眼光を向けて遮った。
「失礼しました。本日は同盟を組むために参りました。対サイレント・オークの世界同盟です」
「世界......同盟......?」
強烈な一発を叩き込まれたエリーは実直に、素早く本題に入った。
すると、機械神は興味ありげに返答し、さらにその眼光を鋭くした。
「ええ。マキナそして、桜霞の三国で世界の脅威を一気にーー」
「ーーアハハハハッ! 面白い、実に面白いことを言うなこ奴は!」
いけると踏んだのか、詳細な説明をしようとしたエリー。
しかし、彼女のそんな発言を嘲笑うかのように機械神は腹を抱えて言葉を遮った。
その光景に僕らは唖然。
数十秒笑い転げた機械神は一呼吸置いて姿勢を直し、憤怒の表情を持って僕らを睨みつけた。
「下等王国のくせに何が同盟だ、身の程を弁えよ。属国ならばと思ってやったが......片腹痛いわ」
「なっ......!」
侮辱にも等しい言葉を吐きかけられ、僕は思わず憤怒の表情に駆られた。
まさかここまで露骨なものなのかと驚きながらも、一言苦言を呈そうとする僕に、エリーがスッと手を伸ばし、僕を止めた。
その姿は冷静そのもので、怒りなんてものは微塵もなかった。
「失礼しました。大変な無礼を働いたようで」
「ふっ、臣下を律する力もないのかと驚いたぞ」
笑顔を貼り付け、未だ殊勝な態度を貫き通すエリーは、まさに姫と呼ぶに相応しい風貌だった。
そんな彼女の姿を見て、僕も一歩身を静かに引いた。
「まぁ、良い。即刻立ち去るが良い。今ならまだ見逃してやろう」
話を打ち切ろうと、蠅でも払うかのように手を振った機械神は、一つため息をついた。
「では、失礼します」
そんな図々しい態度にも表情を崩すことはなく、エリーはただ一言言って、その場を立ち去ろうとした。
しかし、
「ーー待て、そこの黒髪の男よ。お前はアビスを知っているか......?」
「え?」
機械神は予想だにしない疑問を僕へと投げかけ、その問いに思わず僕は振り向く。
そしてその質問に疑いもなく返答した僕は、ただ一言、目の前の鉄の塊へと返した。
「は、はい。アビスを知ってるんですか......?」
あまりにも怪しすぎる質問に対する、誠実な返答。
その答えを聞きたかったんだと言わんばかり、機械神はありもしない頬を釣り上げる。
「ーーそうか。ああ、知っているとも......即刻奴らを捕らえよ! 牢に入れ、監禁するのだ!」
「え、ちょ......!」
機械神が椅子から勢いよく立ち上がり、そこら中にいる部下に命令を出す。
すると、一斉に動き出した私兵達は僕らを取り囲み、武器を向けて来た。
「これは......無理だな」
「ああ。一旦諦めるしかないな」
多勢に無勢。絶望的戦力差を痛感した僕らは構えていた武器を捨て、大人しく捕まり、簡素な鉄の牢へと入れられた。
「ココニ入ッテイロ」
そう一言言って手錠を外し、鉄兵はその場を立ち去り、僕らは三人仲良く牢屋に閉じ込められた。
「はぁ、結局捕まってしまったな......これは、ゲルダ達に期待する他ない」
「ええ、そうですね。でもびっくりしましたよ、こんなに早く捕まるなんて。でも、これで良いんですよね、渉様?」
ため息を二つ、エリーとユリウスが寛ぎ、僕へと視線を向ける。
だが、心配する必要はない。準備は整ってきている。
「うん、ここまでは作戦通りだ。後は、別働隊に運命を委ねよう」
マキナ攻略の第一手。
それはたった今完了した。
ここからが本番だ。
だがひとまずは、あの三人に身を任せよう。




