インターバル:奏の誕生日プレゼント
それは遡ること、数日前ーー。
「これは......」
ごちゃついていたスケジュールに空きができた僕は、偶然その店を通りかかった。
外套を深めに被り、僕は窓越しに並ぶ、いっぱいの可愛いに満ちたおもちゃ達を眺める。
僕はそれを眺めながら、あることをふと思い出した。
「ーーハッ......! 奏の誕生日プレゼント......! (完全に忘れてた......)」
それは、妹である奏の大事な誕生日プレゼントを買い忘れていたことであった。
そして僕はその場で蹲って、頭を抱える。この世で最も優先するべき事象を忘れていたことに、僕は罪悪感と遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。
「やってしまった......」
いくらアビスにいた時間が数ヶ月と長丁場であったとしても、結果的に僕は妹の事を裏切ってしまったのだ。
彼女が楽しみに、期待一杯に待っていた、僕からの誕生日プレゼント。
約束までして、彼女の涙まで見せてもらったのに、僕は結局長い間を開けてしまった。
この罪は、許されることでは無いだろう。
奏の泣く所を僕はもう見たくない。今からでも、お兄ちゃんを遂行しなければ。
「ーーでも、奏ってどんなのが欲しいんだ......?」
しかし、と。そこで僕は問題にぶつかった。
それは、妹である奏からのリクエストを聞いていないことだった。
この合間の期間をなんとしても埋めなければならない。しかし、何を買い与えれば良いのか分からない。
これぞ手詰まりーー詰みと言うヤツだ。
ショウウィンドウ越しに悩む僕は、側から見ればただの不審者にしか見えないだろう。
だが、唸り声を上げる僕は、それだけ悩んでいたのだ。
奏には一番に喜んで欲しい。これまでかけてきた苦労の分、少しは年相応に一喜一憂して欲しいのだ。
「うーん、だけど......」
だが、僕にはそれでも正解答が分からない。
苦悩し、心の中であたふたしていた僕は、突如として後ろから声がかかった。
「あのー、大丈夫ですか?」
優しい声色で心配そうに声をかけられた僕は、勢い良く後ろを振り返る。
外套が音を立てながら靡き、その急な反応にビクリと身を震わせたのは、煌びやかな女性の姿だった。
そんな彼女は銀髪の髪に、二本のレイピアを腰に携え、驚いた表情でこちらを見てくる。
その女性に僕は心当たりしかなくて、僕も驚愕の表情で彼女の方を見て、窓際へと後退しながら、頭の中で飛び出た名前を咄嗟に口にした。
「アイリス、さん......!?」
「あら? 私の名前を知ってるのね。どこかで会ったことがあったかしら?」
目の前の人物ーーその名を《剣姫》アイリス。
ちょうど数ヶ月ーーいや、こっちでは数日前に起きた大事件ーーそのパーティーを指揮していた冒険者だ。
彼女の指揮の下、僕らはアイビスの未到達領域へと侵入し、そして僕はーー殺された。
そんな彼女は僕の仇敵にして、怨敵でもある町田行持が所属するギルドの副ギルド長でもある。
警戒しておいて損はない。
「い、いやー......その、いつもテレビで見かけてますから......」
「あ、そういうことだったのね......ごめんなさい。たまに自分が有名人である事を忘れてしまって、つい......」
「あ、あー、なるほど......」
適当に誤魔化し、彼女も相手が自分の知り合いではないと知り、気まずい雰囲気が漂う。
しかし、それでも彼女はその場を離れず、フードで顔を隠す僕をジロジロと見ながら、手を顎に置いていた。
その彼女の疑うような視線は、とにかく僕を怯えさせた。
バレるかもしれないという恐怖が僕の中を渦巻き、フードを引っ張る手が止まらない。
しかし、それに呼応するように彼女もまた顔を近づけ、何故か凝視し続けてくる。
「うーん......? やっぱり、あなた何処かで......」
「い、いやー、き、気のせいじゃ無いですか......?」
焦りが止まらず、僕は外套の中でダラダラと冷や汗をかく。
大丈夫。大丈夫だ。
僕は外套を着ているし、以前とは魔力量も桁違い。
それにこの外套には隠蔽のスキルが付与されているし、バレることはない、はず......。
「うーん......まぁ、気のせい、かしら......ごめんなさい」
「い、いや、大丈夫ですよ」
どこか溜飲が下がらず、不満気な彼女だが、とりあえずは納得したようで僕の元から顔を離してくれた。
それを見て僕も安堵の息を漏らし、この外套への信頼度を一段高く上げる。
ありがとう、隠聖の外套。
ありがとう、エヴリンさん。
もう、疑うような真似はしないと誓います。
「それで、あなたは何を探していたの?」
「へ?」
窮地を抜け出し、安息の地へと足を踏み入れたと思った僕は、次の瞬間また崖っぷちに立たされていた。
アイリスさんの言葉。それが意味する所は鈍感な人でなければ、容易に想像がつくだろう。
「ど、どうしてですか?」
「その、これも何かの縁と思ってね。あなたさえ良ければ、ぜひ手助けさせて欲しいのだけれど」
「あ、あー、なるほど......」
そう風に髪を靡かせながら答える彼女に、僕は終始怯えていた。
予想通りの回答に僕は戸惑いを隠せず、ただどうすればいいか困り、立ち尽くしながら脳みそをフル回転させていく。
この状況、普通ならば断れば良いだろう。
しかし、僕の脳裏には過ってしまった。
有名人の誘いを簡単に一蹴し、避難される自分の惨めな姿が。
ただの一般人がSランクテレビモデルの誘いを断り、痛い視線に晒される姿が。
そんな視線に僕は耐えられる気がしない。
それに、目の前のアイリスさんの傷付く姿は、今の僕には効いてしまう。
それすなわち、答えは一つで、
「え、えーと......実は、妹の誕生日プレゼントを何にするか決めかねていまして......」
「そういう事だったのね。なら、任せて。私も一応、年頃の女子だから」
僕は最悪の未来を回避するために、仕方なく彼女の協力を仰ぐことにした。
「それじゃ、とりあえずお店に入りましょう。ここで悩んでいても仕方がないわ」
窮地を抜けて、一安心ーーしている暇もなく、彼女は僕の手を引いて店の中へと入店した。
「いらっしゃいませー」
店員からの挨拶が店の中に響き、アロマの独特なフローラルな匂いが鼻を突き抜ける。
寒かった外とは違い、暖かいこの場所は、物品を品定めするのに最適な環境を提供してくれていた。
「それで、あなたの妹さんはどれくらいの歳なのかしら?」
突然、目の前の彼女がそう質問を投げかけてくる。
一度協力を頼んでしまった以上、もう引き下がることはできない。
幸い、店の中にはほんとんど人がいない。ささっと最適なプレゼントを選び出して、早めに解散するとしよう。
「えーと、確か中学三年生だったはずです」
「そう......」
アイリスさんの質問に対し、簡潔に答えを述べる。
すると、彼女はその情報を基におもちゃの数々を品定めしていく。
(すごい真剣に選んでくれてるな......)
目を細め、何個か手に取って選んでいると、彼女は一つの品を選び出し、目を輝かせながら僕に見せてきた。
「ーーだったら、これとかどうかしら!」
自信満々に選び出したおもちゃを僕に見せてくるアイリスさん。
しかし、そんな彼女とは対照的に、僕の顔色はあまり芳しくはなく、引き攣った顔を浮かべていた。
「えっと、それはなんですか......?」
「? 見て分からない? 木剣よ。女子中学生にはこのくらいの重さがちょうど良いと思うのだけれど」
「あはは......ご冗談を......」
木剣を片手に持ち、軽く数回振るう彼女の姿はまさに戦闘経験者そのものである。
そんな彼女のチョイスを最初は冗談だと思っていた僕も、次第にそれが本気なのだと気付き、少しばかり乾いた笑い声を上げた。
正直、ドン引きである。
彼女は度々取材などで小学生の頃から冒険者になるための特訓を積んでいたと言っていたが、まさかそれが標準化しているとは。
まだ隣の時計くん人形の方がマシだ。まぁ、マシなだけでアリではないけど。
というか、時計くん人形ってなんだよ。
「その、アイリスさん? 妹は冒険者を目指しているような人間じゃないっていうか......解釈違いと言いますか......」
「あら、そうなの? 良いチョイスだと思ったんだけれど......」
「あはは......ご冗談を......」
僕がそう言うと、彼女は残念そうに木剣を元の位置へと戻し、名残惜しそうにそれを見つめて悲しんでいた。
そんな彼女が置く間際に放った言葉に僕は再度、より乾いた笑い声を発し、他の品へと目を移す。
「じゃあ、これなんてどうかしら。時計くん人形! 目覚ましもしてくれて、ふかふかも味わえる一級品よ」
「え、それはその、なんと言いますか......その......妹はもっと、シンプルな物を好む傾向にあると言いますか......」
「そ、そうなのね。プレゼント選びって、意外と難しいわね......」
呼ばれて向けた目を彼女から逸らす。
僕の発言で再度物品を商品棚へと戻す彼女の行動は、実に悩まし気であった。
だがしかし、本当に予想外だ。
アイリスさんのプレゼントを選ぶセンスがここまで壊滅的だとは。
というより、見渡す限りここにはヘンテコなおもちゃしか置いていない。
さては入る店を間違えたのだろうか。あのショウウィンドウ越しに飾ってあったおもちゃは釣りだったのか?
これは、アイリスさんが悪いと言うよりかは、店側が悪い気がしてきたな。
それで、時計くん人形ってなんだよ。
ぐるっとお店を見て、品の独特さに圧倒される。
十分ほど二人で店の物を眺めた結果、僕らは結局そこを出ることにした。
「ごめんなさい、力になれなくて......」
「そんな、全然大丈夫ですよ。付き合ってもらってるだけ、ありがたいです」
「ふふ。そう言ってくれると、助かるわ」
肩を落として悲し気な表情を浮かべるアイリスさんに、僕は気にすることはないと、言葉をかける。
すると、彼女も多少の元気を取り戻したのか、少しだけ笑顔を取り戻してくれた。
しかし、残念なことに未だ目的は果たせていない。
このまま他の店も回って行きたい所だがーー。
「アイリスさん、他のお店も見てみようと思うんですけど、一緒にどうですかね......?」
「! ええ、もちろん協力させて欲しいわ! 必ず良いプレゼントを選び抜きましょう!」
控えめに、一応断られる可能性を考慮して、僕はアイリスさんへと気弱く誘いの言葉をかけた。
しかし、そんな僕の心配とは裏腹に、彼女はパァッと顔を明るくして、元気よく誘いに乗ってくれた。
そんな彼女は僕の手を再度引いて、微笑みながら連れ回す。
僕もそんな彼女の笑顔が綺麗な姿に少しだけエリーの姿を重ねて、軽食などを挟みながら二人で熟考して回った。
しかし、
「うーん、なかなか決まらないですね......」
「そうね......パッと来ないと言うか......」
それだけ悩んで店舗を回っても、僕らは一向にプレゼントの内容を決めれずにいた。
結果、今は某喫茶店で買ったフラペチーノを片手に、広場の石の椅子に座り込んでいる。
(フラペチーノ、うまっ......)
回ったおもちゃ屋さんの数で言えば、それはもう五軒は超えるだろう。
しかし、度々アイリスさんの絶望的センスと僕の奏への解像度の低さが原因で、後一歩のところで決めきれずにいる。
「なんか、違う気がするんだよなぁ......」
「そうね......」
やはり何かが欠けているのか、はたまた僕ら二人にセンスがないのか、手詰まりな状況は夕暮れ時まで続いていた。
低くなる太陽を見て、広場の中心に設置してある、高めの時計に目を向ける。
時間は五時半。そろそろ、奏が晩御飯を作り始める時間帯だ。
「もう、帰らないと......」
タイムリミットは迫っている。うかうかはしてはいられない。
一度帰って、奏に相談してみることも検討したが、プレゼントを上げた時の反応が薄れる気がしてなんだか忍びない。
それにもう遅れているのに、これ以上待たせるわけにもいかないしな。
(一体、どうすれば......)
悩みに悩み、頭痛が引き起こるほどに考えた僕は、ふと、時計へと向けていた目を前に向けた。
すると、視界に映ったのは、一つのお店で。そこの看板近くに飾ってあったある品に思わず目を奪われた僕は、アイリスさんの肩に軽く触れて、彼女の視線もそちらへと誘導した。
「アイリスさん。僕、あれすごく良いと思うんですけど」
「え、ええ。確かに、綺麗ね。ピッタリだと思うわ」
僕ら二人の視線を釘付けにするそれ。
思えば、奏はでかいぬいぐるみなんかよりも、もっと素朴で気持ちの伝わるものを好んでいたと思う。
そう、あれのように。
「ーー僕、あれにします。異論はないですよね?」
「ええ、異論はないわ」
そう言うと同時に、僕はアイリスさんを置き去りにして、店の方へと向かった。
急いでお目当てのそれを手にし、店員に声をかけ、購入する。
ラッピングを済ませ、最後に店員に励ましの言葉を受けた僕は、プレゼントを持って、アイリスさんの元へと帰った。
「アイリスさん。今日は、ありがとうございました。これ、すぐに妹に渡してきます」
「ええ。最高のプレゼント、妹さんに渡してきてあげて。大丈夫。私達二人が惚れ込んだそれなら、きっと彼女も喜んでくれるわ。頑張ってね」
最後に、アイリスさんが立ち上がって、僕の背中を軽く押す。
勢いそのままに、彼女との距離が離れると、僕は振り返って強く手を振った。
すると、彼女も小さく手を振り返してくれて、僕らは別れの挨拶を言ってその場で解散した。
「さようなら、アイリスさん! また、どこかで!」
その言葉と同時に僕は走り出し、人の波から守るようにしてプレゼントを安心安全、家まで届けた。
「ふふ。なんだか、不思議な人だったわ。ね、ライデル」
別れた後、アイリスはクスッと笑い、虚空に向かって誰かの名前を呼ぶ。
すると、彼女の呼びかけに答えるようにして白いトカゲが肩へと現れ、その問いかけに優しく返答した。
「そうですね、お嬢様。まさか、認識阻害系の外套を纏った青年とは」
物腰柔らかなそのトカゲは、一瞬で渉の装備の特徴を見抜き、主人であるアイリスとの意見交換をしようとする。
しかし、それがアイリスの目的ではなかったようで、彼女はその話題をスッと流して帰路に着いた。
「そうね、確かにあの装備は興味深いけど、どこか見覚えがあったって話よ。別に怪しいとは思ってないわ。また、会えると良いわね」
今日の出来事を一つ一つ思い浮かべながら、その見知らぬ青年との再会に彼女は胸を躍らせる。
しかし、よほど浮かれていたのか彼女は一番大事な要素を聞くことを忘れていて、それをまたもや見抜いた聡明なライデルは、的確にそれを主人へと報告した。
「お嬢様......失礼ですが、お名前ぐらいは、聞かれましたよね......?」
「あ......」
「はぁ......やれやれ......」
かくして、後悔が多く残るアイリスの一日は終わり、彼女はその後数日は青年の姿を捜索し続けたのだとか。
☆☆☆☆
「ただいまー、奏」
「あ、おかえり、お兄ちゃん!」
我が家へと帰り、僕は背中側にプレゼントを隠して妹の来訪を静かに待った。
「今行くねー」
そう言って、奏が調理の支度を一時中断し、玄関前まで駆け寄ってくれる。
天真爛漫な彼女の姿に心撃たれ、僕は今ここでプレゼントを渡す決意を固めた。
「今日はさ、奏に渡したいものがあるんだ」
「ん? 何かくれるの、お兄ちゃん?」
不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる奏。
そんな彼女を待たせるのはなんだか忍びなくて、僕はササっと背中側にあるものを彼女へと差し出した。
「はい、これ。お守りと......おまけの花束。お兄ちゃんからの誕生日プレゼントだ!」
「ーーっ! お兄ちゃん......忘れてなかったんだっ......! ありがとう......!」
小さなお守りと、色んな種類の詰まった花束を彼女へと渡す。
すると、奏は泣きそうな表情でそれを受け取り、目尻に浮かぶ涙を華奢な指で拭い取りながら、感謝を述べた。
「忘れるわけないだろ。いいか? そのお守り、絶対に肌身離さずに持ってて欲しいんだ。それは、いつか奏が困った時、必ず助けになってくれる様、おまじないがかけてあるから」
「うん! このお守り、一生大切にするねっ......!」
説明を付け加え、それを奏の手の中で握らせると、彼女は感極まって泣き出してしまった。
そんな彼女へ、僕からのささやかなプレゼント。
例えそれが、何気ないものであったとしても、僕は自信を持ってこれを彼女へと贈ろう。
そう必ず。きっと必ず、彼女が未来で窮地に陥った時に、このお守りが彼女を守ってくれる。
彼女のこの笑顔の涙を失わないためにも、僕はきっとこの先も唯一の家族を守り続けていく。
例え、アビスのクエストが長引こうと、最高最強の冒険者になったとしても、帰るべき家は常に奏のいるここだ。
この環境を崩さないために、もっと努力をしよう。
この決意を胸に思いを馳せて、今はただ温かいご飯を彼女と一緒に食べて、幸せに生きよう。
「ご飯、出来てるよ。一緒に食べよ、お兄ちゃん!」
「ああ!」
このエピソードを機に、今以上に更新頻度をガクッと下げようと思います。
諸事情により、一年ほどです。
迷惑おかけしますが、それまで待っていただけると幸いです。




