42 裏切り
「さあ、ダンジョン突入だ!」
そう言って僕ら6人組は、ダンジョン内へと足を踏み入れる。
中は見慣れた、石造の洞穴みたいな場所。
下級のダンジョンに良く見られる光景だ。
僕らはそのまま陣形を崩すことなく、気楽に先へと進んでいった。
急ぎ足で入ったCランクダンジョンだったが、最初の方は難なく進んでいくことができた。
どうやらここには虫系のモンスターが多く出るらしく、さっきから遭遇する敵は巨大な蟻などの昆虫がほとんどだ。
終始、数は多いが特に強力な個体が出るわけでもなく、僕らは思いの外、スムーズに攻略を進められた。
そうして、ダンジョンへ入ることおよそ1時間、僕らはこのダンジョンの10階層付近に到着していた。
10階層はどうやら休憩所のような場所になっているらしく、僕らは凹凸の激しい石の地面に座り込み、いくばくか休んだ。
同時に、リーダーの田中さんが「これを一緒に食べよう」と言って、メンチカツサンドを持ち出してみんなに渡してくれた。
質素な食べ物を持ち合わせていた皆は、喜んでそれを受け取り、美味しそうに頬張った。
僕ももらったが、あのメンチカツサンドの味は絶品だったな。
そうして休憩をちょくちょく挟みながら、僕らはどんどんを進捗を進めていき、約3時間後、僕らはこのダンジョンの奥深く、深部と呼ばれる場所にまで来ていた。
「よし。皆んな、わかっていると思うが、ここから先は危険な深部だ。何があってもいいように、しっかりと気を引き締めるように」
「「「はい!」」」
皆気合を入れ直して、さらに奥へと進んでゆく。
さすが深部なだけあり、ここは浅瀬の所より遥かに危険だった。
最初は弱く、恐るに足りない昆虫型モンスターたちは、その本領を発揮し、襲いかかった。
昆虫達はその形状を変え、蟻や蛾などに代わり、カマキリやカブトムシと言ったより強い個体を中心に出現し、度々僕らを困らせた。
鋭く、俊敏な動きをするカマキリ型のモンスターと、大きく、力強い強力なカブトムシ型のモンスター。
その他にも登場した数々の昆虫型のモンスター達に僕らパーティーは苦戦を強いられながらも、果敢に向かいそれらを倒していった。
そうして、さらに進むこと二時間。
計六時間の探索の末に、僕らは迷宮の最新部と思われる地点にまで達した。
「おい、おい、マジかよ!」
「ついに、このダンジョンの最新部に届いたな!」
「ああ!」
長年このダンジョンの攻略に勤しんだであろう田中さんと、彼とは戦友で長く付き合ったであろう、安西さんが互いに喜びを分かち合う。
その他の面々も、満更でもなさそうに、歓喜の声をあげている。
この皆んながダンジョンを攻略して得る、喜びの光景。
嬉しいはずの場面も、僕には少し酷な光景だ。
なんともデジャヴを感じる。
あの日、あのダンジョンで見た光景にそっくりだ。
七大ダンジョン『アイビス』で。
そしてそのデジャヴが続くように、田中さんは目を輝かせながら、ある提案をしてきた。
「なあ、皆んな。せっかくここまで来たのだし、もうボス部屋に入って、ダンジョンを攻略しないか?」
この高揚感に駆られ、周りや自分の疲労が見えなくなっていくこの感じ。
「そうだな! さっさとボスを倒しちまおうぜ!」
「ああ!」
一人が賛成し、また一人と、その意見に便乗する。
やがて、その意見を正しいか正しくないかは置いておいて、皆それに賛成し始める。
どのような危険が先に待っていても、まるでお構いなしにと。
盲目なまでに、希望を抱いて突進する。
皆、リーダーの田中さんの意見に賛成し、突入を決意する。
賛成意見が多く集まったことで、田中さんはその決心をさらに固くし、皆んなを率いてボス部屋内の攻略作戦に乗り出す。
ただ、一人の少年の意見を除いて。
「た、田中さん! ちょっと、待ってください!」
「ん?」
皆、咄嗟に出た声の主を探すため、後ろを振り向く。
すると、そこには重そうな装備を全身に纏った、塔矢くんがいた。
「どうしたんだい? 塔矢くん」
呼び出された田中さんは、塔矢くんを真っ直ぐと見て、疑問を抱いたように彼に質問を投げ返した。
すると、彼はここぞとばかりに田中さんを見据え、一石を投じた。
「みなさん、休まないんですか?」
「休む? どうしてだい?」
「みなさん、明らかに疲れ切っています。HPもMPも多少なりとも減っているはずです! ここは少しでも休憩して、万全の状態で挑むべきだと思います!」
真っ当な意見。
普段ならば、称賛して聞き入れるべき正しい見解だ。
しかし、今回ばかりはこの『ハイ』な状態に入った彼らには、その真っ当な意見は邪魔にしか思えてこないのだろう。
「なんだと、坊主」
先陣を切り、最初に塔矢くんに反論したのは安西さんだった。
彼は怒ったような表情で彼を見据えて、反撃に出た。
「俺らは疲れてねえ、見ての通りピンピンしてる。傷も少ないし、魔力だってさっき回復した。それに、休憩ならさっき5階層前でとっただろ?」
「ええ、その通りよ」
そうして反撃する安西さんに加わったのは、魔法職の西野さん。
彼女も少しイラついた表情で塔矢くんにとっかかった。
「私たちはさっき休憩したし、MPとかならすぐに魔法回復瓶で補える。それに何より、今ノリに乗っているこの間にボスは倒すべきよ」
正当に聞こえるように言葉を並び立てる西野さん。
しかし、今の状況ではその判断は間違っているとは彼女自身気付けていない。
「で、ですが......」
「それに、あなたは私たちの心配をしているようだけれど、少しは自分の心配をしたらどうかしら? あなただって私たちに休憩した方が良いって言っておきながら、本心では自分が休憩したいだけなんじゃないの?」
「そ、そんな......!」
「フンッ。まあ、真実はどうであれ、今はまさに攻略を進めるべき時よ」
そうして西野さんと安西さんは自身の意見の主張を強引に押し通し、納得させてしまった。
それは、田中さんにも同じことで、今現在、塔矢くんの味方をしてくれる人なんて、ここにはいなかった。
「すまないが、塔矢くん。今回ばかりは二人に賛成だよ」
「そんな、田中さん......」
「......行こう」
ハイになった彼らは止めることができず、正しい判断を見逃した。
そして、唯一正しい判断を下した少年も、パーティー全員に置いていかれるわけにもいかず、渋々荷物をまとめてパーティーについていった。
そして僕らは、不十分な状態でこのボス部屋へと挑む羽目になった。
☆☆☆☆
そうして、僕らはダンジョンのボス部屋へと突入する。
部屋は円形状の場所であり、大きさは半径50mほどあった。
中心には、大きくぶら下がった蜘蛛の巣があり、所々地面の溶けたような痕見てとれた。
(あれは......酸性液かな......?)
場所や条件から察するに、ボスの正体は蜘蛛型のモンスターで間違いないだろう。
蜘蛛型のモンスターは、そのどれもが凶暴で例外なくある程度は強い。
ボスともなれば、その強さは計り知れないだろう。
(ここは全員、警戒を怠ったら死ぬな)
その僕の考えはベテランの彼らも思っていたことのようで、皆んな一層警戒して、それぞれ剣を構えて杖を握った。
先陣を切り、田中さんが数歩前へと出た。
タンク職である彼は、大きな盾をずっしりと構え、警戒しながら皆を引き連れる。
数歩、また数歩と歩き出し、僕らパーティーはやがて円形状の部屋の中心部分にまで辿り着いていた。
何もいない。
そう思ったその時、天井から、不気味な声が鳴り響いた。
「キシャァァァァァアア!」
「来るぞ!」
大きな蜘蛛の魔物が天井から降り落ち、先頭にいた田中さんへと大きな一撃を加える。
咄嗟に上へと盾を構えた田中さんは、その蜘蛛からの大きな一撃を確かに防いで、僕らに時間を明け渡した。
「頼む......!!」
「おうよ!」
上空からの攻撃を防ぎ続ける田中さんの背後から、3人ほど、蜘蛛へと押し寄せる。
一人は安西さん。
一人は小林さん。
そして最後の一人は塔矢くん。
彼らは一斉に駆け出して、蜘蛛の魔物へと攻撃を仕掛けた。
「くらえ! 【蓮斬り】!」
早くも到着した安西さんが、剣士のスキルで蜘蛛に向かって強烈な5連撃を放つ。
その攻撃で少し怯んだボスにすかさず、小林さんが忍び寄る。
しかし、じっとしているばかりではない蜘蛛の魔物は田中さんを離れ、忍び寄る小林さん目掛けて攻撃を仕掛けようとする。
しかし、同時にそれを許す田中さんではなく、彼は咄嗟にスキルを使い、瞬間移動するように小林さんの前へと回り込み、ボスからの強烈な一撃を再び防いだ。
そこへ、ようやく到着した塔矢くんがすかさずスキルを使う。
「【挑発】!!」
「キシャァ!!」
スキルで蜘蛛のヘイトを一身に請け負った塔矢くんは、自分の持っていた分不相応な大きい盾で、小さい体をなんとか支えて攻撃を防いだ。
その隙を易々と見逃す彼らではなく、安西さん、小林さん、後方の西野さんが最後の攻撃を仕掛ける。
「死んでくれや!【蓮斬り】!」
「【暗黒爆弾】......!」
「食らいなさい。【フレアバースト】!」
最初に繰り出されるは、安西さんの【蓮切り】による5連撃。
続く小林さんによる【暗黒爆弾】による、黒炎の爆発。
そして最後に、遠方から飛び、烈火の如き業火で敵を焼き尽くさんとする西野さんの【フレアバースト】。
3つの技による連携が繰り出され、蜘蛛の魔物は、完全に倒された。
「キシャァアアア......」
「ふう」
「やったわね」
「うむ」
それぞれやりきったような思いで戻り、話を進める。
皆が田中さんの方へと向かい、ダンジョン攻略を祝った。
「やったな、田中さん」
「ああ! そうだな、安西さん!」
「今日は祝いだな!」
そんな楽しい、祝勝会の話を勝手に進める。
当然この時、僕も攻略は完了したと思っていた。
(心配要らなかったな)
しかし、誰もが隙を見せる中、潜む影はゆっくりと動き出していた。
ドンと、轟音と共に、何かが地面を力強く蹴り上げる。
皆が一斉に反応して、その何かに向かって振り返る。
するとそこには、先ほど倒したはずの蜘蛛の魔物が悠々と立っている姿が見てとれた。
「な......!?」
「こいつぁ、一体......」
皆が混乱する中、一人の女性が、それに向かって敵意を示した。
「関係ないでしょ、一度倒したモンスターなんて、恐るに足りないわ!」
そう言って杖を構える西野さんは、再び詠唱を始めて、魔法をあの蜘蛛に向かって放った。
「死になさい! 【フレアバースト】!」
再び特大の火球が杖から生成され、放たれる。
それは勢いよく一直線に飛び交い、大きな衝撃波と共に、蜘蛛の魔物へと着弾した。
「ふっ、ざまあ見なさ......え?」
勝ちを確信する彼女の顔が歪んだのは、言うまでもないだろう。
先ほどまでモロに効いていた彼女の【フレアバースト】は、蜘蛛の魔物に少しの焼け跡だけを残して、あっさりと終わってしまった。
「嘘......私の【フレアバースト】が、そんな......!」
絶望に浸る彼女を横目に、「チッ」と舌打ちを打った安西さんが蜘蛛の魔物に向かって突撃する。
「任せろ、【蓮斬り】!」
放たれる彼の剣からの高速の5連撃は見事に敵に命中し、確かな傷跡を残したーーかのように思えた。
「んな......」
しかし現実は虚しく、彼の放った連撃は、少しばかりの擦り傷を残して潰えた。
彼の技を放った剣もまた、対照的に酷くボロボロになり、刃こぼれして見るも無惨な姿となっていた。
「一体、どうしてこんなことに......」
驚き、絶望するのも頷ける。
事実、僕も驚いているからだ。
先ほどまで圧倒していた相手が、今では僕らを蹂躙する強者へと成り変わった。
なぜこんなことが起きたのだろう。
その答えは、ダンジョン内のボス部屋にあった。
部屋の角で燃え盛る、大きな可燃物。
それは、先ほど西野さんが放った、火球の炎。
それにより燃え盛るものはただ一つ。
「あれは、皮......? ーーまさか、脱皮か......!」
そう、それは生物が脱皮と言う工程で残す不要な皮膚。
それが部屋の隅で猛々しく燃えていたのだ。
脱皮。それは、昆虫が体を強くするために行う、ある種の存在進化。
通常ならば、少し頑丈になるだけのものであろう。
しかし、これは普通の、通常の野生の蜘蛛ではない。
これは得体の知れない、摩訶不思議な謎の生命体『モンスター』の蜘蛛である。
当然、その生態や成り立ちは、通常のものと異なっているのが道理。
常識が通用しないのが常識。
それが『ダンジョン』だ。
そうして得た情報、蜘蛛の脱皮。
それを聞いた瞬間、パーティーメンバーの全員が背中を向けて、走り出していた。
脱皮とは、ほぼ進化。
進化した生物に技が効かないのであれば、彼らは逃げるしかない。
このままでは、死あるのみ。
そう肌で感じた皆んなは、一斉にボス部屋の出口へと走り出す。
全速力で、一切の休憩を入れず、ただただ走った。
ただ獲物を追う圧倒的強者から逃げるか弱い存在のように。
しかし、ここでガタがきたのだろう。
皆疲れが拭いきれず、うまく走れていなかった。
疲労が蓄積し、それが今になって襲いかかってきたのだ。
それは『ハイ』な状態が切れ、集中力を落としたことを宣告した。
そうして鈍く走る僕らをあの魔物が見逃すわけもなく、雄叫びを上げながら、僕らの後ろを追いかけてきた。
「キシャァアアア!」
「はあ、はあ、クソッ......!」
息を切らしながら、それでも皆出口に向かって走る。
しかし、敵はすぐ後ろ。
出口まではまだ距離がだいぶある。
このままでは、全員食い殺されるのがオチだろう。
そう、予感したのだろう。
だからこそ、咄嗟の行動と言えたのだ。
安西さんは後ろを振り向き、こちらへと走ってくる鈍い重装備の子供へと向かっていった。
そして、彼のことを思いっきり蹴り飛ばし、蜘蛛のモンスターの方へと追い遣った。
「いっ......! ど、どうして......!」
「悪いな......俺らのために死んでくれや。坊主」
そうして安西さんはその子一人置いて、再び走り出す。
出口付近で固まり、戻ろうとする田中さんと西野さんを強引に引き連れて、彼は全速力で走る。
そうして出口へと辿り着いたパーティーメンバーはボス部屋を抜けて、一人置いて生還した。
「おい、安西さん!」
「んだよ、田中さん」
「んだよって! あんた何したか分かってんのか!」
「ええ! あれはいくらなんでもやりすぎよ!」
その一部始終を見ていた田中さんは、安西さんの胸ぐらを掴んで激怒する。
「どのみち、ああしなきゃ全員死んでた! 尊い犠牲だ......」
「お前......!」
静かに怒る田中さんを目前に、安西さんは仕方ないことだったのだと彼を諭す。
「もうしのごの言ってても遅ぇよ。田中さんも不慮の事故だと思って帰りましょう。おい、荷物持ち、行くぞーー」
そんな中、彼はせっせと帰る支度を始めた。
身支度を始め、冷酷にも剣を鞘に納める。
そして周囲を見渡し、ここまで一緒に来た荷物持ちへと自らの手荷物を頼もうと叫ぶ。
彼に荷物を預け、ここを去ろうとしたが、
「って、おい。あの荷物持ち、どこ行きやがった」
雨宮源氏を名乗る男は、その場には居なかった。
「おいおいおい、まさか......!?」
気付き、安西さんは後ろを振り向く。
行方を晦ませた、一人の青年がいるであろう場所に。
そして彼が視線を向けたその先。その方向には、今さっき出てきたボス部屋へと続く扉があった。




