(5)会議
主思いの従者と侍女は、明日の皇子との面会について、深夜の荷馬車の中で、声をひそめて相談していた。
「なあリビー、その帝国の皇子って、これまでお嬢と接触する機会があったのか?」
「私は聞いてない。マーサさんも知らないみたいよ。ただ、ローザ様の様子が、なんかおかしいの。たぶん何か隠してらっしゃると思う」
「なんだろうな。城を売るっていう話も、胡散臭く感じるんだが」
「だよね。マーサさんの話だと、内見で皇子の名前が出たら、ローザ様が急にうろたえたんだって」
「アレクシス、だっけ? たしか、第三皇子だったよな」
「帝国のことには詳しくないけど、やり手だっていう噂はあるよ」
「魔導エネルギー関係か?」
「確かそうだったと思う。うちの侍従長が、そんなこと話してた。ローザ様との取り引き相手として、帝国の魔導ギルドがいいんじゃないかって。理由は、その皇子がギルドの梃入れして、営業が健全化したからだったはず」
「うちの侍従長、帝国と繋がったりしてねーよな」
「ないでしょ、それは。あの人、お嬢様ファーストの鬼だもん」
「あー、リバーズのバカ息子を殺しに行きそうで、止めるの大変だったもんな」
「みんな、止めたく無さそうだったもんねー」
「お前もな」
「当然!」
「しかし、どうすっかね。俺らが聞いても、口を割らねーよな、お嬢は」
「うん。マーサさんは、バカ男との婚約破棄の疲れが出たんじゃないかって言ってたけど」
「んなわけあるか。バカの屋敷に行く直前まで、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてたじゃねーか。あんなことでくたびれるタマじゃねーよ、うちのお嬢は」
「マーサさんから見たら、ローザ様は、まだきっと、守ってあげたい小さな子なんでしょうね」
「むしろ、俺ら全員をお嬢が守ってるのにな」
「ほんとにね…。だけど、明日、どうする?」
「何事もない、とは思えねーな。勘だけどな」
「うん。マーサさんは面会に同行するんだけど、私もできるだけ近くに控えていようかな」
「お前、早めに宿の荷物まとめとけ。俺もズラかる準備だけはしておくよ。いざとなったら、荷馬車の中に瞬間移動してくるように、お嬢とマーサに伝えておいてくれ」
「分かった。万が一ってことになったら、四人で帝国外に飛べばいいね。どこへ飛ぶ?」
「前にお嬢と話してた、逃亡先の第二候補の国があっただろ?」
「ああ、古代文献を使って魔導エネルギーを大量生産してるとかいう、あそこ?」
「それだ。面白い事業をやってるってことで、お嬢が興味持ってたんだよな。エネルギー販売での競合相手だけど、お嬢の液体化の技術を売りにして、うまく事業に噛めないかってな。俺も悪くねーと思ったんだけど、なんとなく流れで帝国に来ることになったんだよな」
「そっか。じゃあ、そういうことで、これからローザ様たちと話してくるよ。明日の朝、早めに報告にくるから、起きててね」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ、ネイト」
荷馬車から少し離れたところに、人影があったのだが、ネイトとリビーは気づかなかった。
「昔から、君の信奉者たちは厄介だったけど、今世は特にひどいねえ」
人影は、淡く光る小さな石に、優しい声で語りかけた。
「やっとのことで、君を帝国に呼び寄せたんだ。これ以上、逃してあげるわけにはいかないな」
石が震えるように輝きを増し、胡散臭い微笑みを浮かべる青年を照らした。
「素直に怯える君は、ほんとうに愛らしいよ、僕のローザ」