(12)システム改良
「というわけで、デミグリッド国王は、うちの城の別棟でお預かりすることになりました」
「マーサ、王様のお加減は?」
「長い間、呪いの支配下にあったためでしょうか、かなり記憶が混乱して、いろいろなことを思い出せずにおられるとのことですが、お身体のほうは、しっかり休養されれば大丈夫かと」
「心配だけど、お医者様に診てもらうわけには、いかないものね…」
「デミグリッド国は、今朝早くに軍事クーデターが起きまして、軍の総帥が臨時政権を立てたそうです。国王が帝国にいることが知られると、いろいろとまずいですから、極秘に匿うしかございません」
「うん」
「ご心配せずとも、我が侍女組には医術の心得のある者たちもいますから、しっかりと健康を取り戻されますよ」
「でも心の方はどうかな」
記憶が混乱するつらさは、ローザにも覚えがあることだった。
邪神だったという前世のトンデモ記憶は、まだ消化しきれずにローザの脳内を圧迫している。
「思い出すことに耐えられないうちは、思い出さないほうがいいと思う。アルダスたちの調査も必要だろうけど、王様の心が壊れてしまわないように、配慮をお願いしないとだね」
「アルダスに伝えておきましょう」
「お願いね、マーサ……それと、私に出来ること、何かあるかな」
「ローザ様には、しばらくゆっくりとご静養なさって欲しいところですが…どうせ何もせずにはいられませんのでしょう?」
「うん」
「では、新事業のことについて、ご無理のない範囲で進められてはいかがでしょうか」
「だけどマーサ、こんなことになっちゃったし、事業のほうは延期したほうがよくない?」
「とんでもないことでございます。ローザ様がなさりたいことが、私どもにとって、最優先の仕事です。遠慮なさらずにプロジェクトをお進めください」
マーサの言葉に反応したのか、ソファに座っていた皇子人形が、にっこり笑って言葉を発した。
「僕も手伝うよ。ローザの好きなことをしよう」
「え、皇子殿下?!」
「アレがまたしゃべった…」
「僕は、ローザのためだけに生まれてきたんだ。ローザが望むことは、どんなことだって叶えたいんだ……って、僕の本体も言ってるよ」
「本体……皇子殿下と、常に連絡が取れるのですか?」
マーサが詰問気味に尋ねると、皇子人形は、邪気のなさそうな笑みを浮かべて答えた。
「常にじゃないよ。いま本体は、あまりにも忙しくて、ローザのそばにいられないことを嘆いててね、僕が代わりに働けるようにって、たくさん力を送ってきたんだ。こう見えて、結構役に立つと思うよ」
「ローザ様を警護してくださるということですか?」
「それもあるし、新プロジェクトだっけ? たぶん僕にできることがたくさんあると思うよ。たとえば、人形の小型化とかね」
「えっ?」
「ローザは、創生の術のコントールが苦手でしょ」
「ええ…」
「保有魔力が大きすぎるから、成型するときに出力を絞るのが難しいんだよ。僕を通して魔術を発動すれば、制御装置として働けるから、思った通りに成型できるようになるよ」
「ほんとうに?」
「うん。試しにやってみない?」
皇子人形は、ローザに右手を差し伸べた。
「僕の右手を握って、僕の左手から創生の魔術が出るのをイメージしながら、何が小さなものを作ってみて」
「分かった。やってみる」
「ローザ様、危険では?」
「大丈夫よマーサ。うまく出来る気がするから」
「僕はローザの制作物だからね。つまり、ローザの魔力そのものでもあるわけだから、ローザの害になることは起きないよ」
でも皇子の魔力も送られていたではありませんか、とマーサは思ったけれども、ローザがすっかりやる気なのを見て、口に出すのを思い止まった。
「さあローザ、詠唱して」
「うん……我は請い願う、掌に乗るほどの愛らしき姫君の人形を」
ぴゅるぴゅるぴゅる…
小鳥の囀りのような音とともに、皇子人形の左手から白い煙が細く立ち上り、それがふわりと球形にまとまったかと思うと、中から少女の人形が現れた。
「はい、かわいいローザのお人形」
「わ、私そっくり……」
胡散臭そうに皇子人形を眺めていたマーサも、出来上がった人形を見て、相好を崩した。
「まあ、本当に、愛らしさがローザ様そのものですよ」
「姫君って言うと、全部ローザになっちゃうと思うから、違う人形を作るときには、詠唱の言葉を変えてみてね」
「はい…いろいろ練習しなくちゃ。アレクシス皇子殿下、手伝ってくださいますか?」
「もちろん手伝うけど、僕のことは皇子殿下じゃなくて、レックスとでも呼んでほしいな。でないと本体に呪われそうだからさ」
「じゃ、じゃあ、レックスさん」
「さんも、いらないんだけど、まあいいか。じゃ、次のものを作ろうか。今度はアクセサリーなんて、どう?」
「はい!」
ローザが皇子人形と一緒に、和気藹々と制作物の山を築きあげていた頃。
アレクシス皇子は、自分の中に残存していた、記憶隠滅の呪いの残滓を取り出すために、我が身を虐め抜いていた。
「限界まで息を止めて、やっと三割ほど抜けたか……残滓がこびりついてる箇所を切り取ってしまえば早いんだけど、心臓のすぐ隣だから、いくら僕でも命が危ない」
皇子は、呪いの残滓を封じたガラス瓶を見た。
「しかし、タチの悪い呪術だな。術者は陰険で粘着質、狡猾で強欲、他人をいたぶるのが大好きな奴だな」
僅かな残滓からでも、底知れない悪意が感じられた。
「術者をたどるには、ギリギリってところか……帝国は、呪術関係には少し弱いからなあ、僕も含めて。今後の課題だな」
ローザを守るためなら、どんな努力も惜しむつもりのない皇子だった。
「どこかの国に、頭髪全部と引き換えに完全解呪できる、凄腕の魔導医師がいるっていう噂を聞いたけど、髪の毛を失うのはちょっと困るな。髪がなくなったくらいでローザに嫌われることはないだろうけど、気の毒そうな顔で見られたら、ちょっと凹みそうだよな…」




