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悪役令嬢は、昨日隣国へ出荷されました。  作者: ねこたまりん
業務日誌(一冊目)
2/24

(2)輸送

 出荷を宣言したローザは、挨拶もそこそこにリバーズの屋敷を飛び出した。


 つい気になって屋敷の外まで出てきたゲブリル・リバーズは、門前で待っていた二頭引きの大きな荷馬車に飛び乗るローザを見て、ぎょっとした。


「なんだあの身のこなしは。令嬢のやることか? それにあの馬車は農民用ではないか。あんなものに乗って、うちに来たのか…」


 御者台には、黒ずくめのお仕着せを身につけたローザの従者が座っていて、荷台にも数人の使用人が居るようだった。


 荷台に乗り込んだローザは、ゲブリル・リバーズがこちらを見ているのに気づくと、別れの挨拶とは言い難い言葉を叫んだ。


「いっぺん、魔導医師の診察受けた方がいいですよー! 呪いって、早めに対処したほうが後遺症が少ないっていいますからね!」



 荷馬車が妙に早い速度で走り去るのを見送り、屋敷に戻ったゲブリル・リバーズは、背筋に薄寒い何ががぴったりと貼り付いているような気がして、思わず肩をすくめた。


「全て、うまく行っている。そうだよな…」

 

 ローザに抵抗されることもなく、あっさりと婚約破棄が成立した。慰謝料も取れると決まっている。問題は何もない…はずだ。


 なのに、なぜか、とても不味いことをしてしまったような、薄気味悪い落ち着かなさがある。


「呪いだと? まさかな……」


 否定したくてもしきれなかったゲブリル・リバーズは、腕のいいと評判の魔導医師に、連絡を取ってみることにした。



……………


 心地よい速さで進む荷馬車の中で、ローザは心の憂いを隠しつつ、おやつの時間を楽しんでいた。


 幌付きの荷台に一緒に乗っている侍女の一人が、手に持った携帯用カップに、よく冷えた茶を注いでくれる。


「リバーズ家のお茶など、飲むものじゃありませんよ。あそこの侍女頭は味音痴で有名ですからね」

「そうなんだ。今日は顔にかけられたけど、口には入らなかったのよ」

「それはよろしゅうございました」


 にこやかに答える侍女だけれど、目は全く笑っていない。


 もう一人の侍女は、甲斐甲斐しく小皿にクッキーのおかわりを並べてくれている。


「落ち着き先が決まったら、料理長も他の者も、全員すぐに飛んで来るそうですから、引越し祝いのパーティをいたしましょうね。どこぞの婚約式よりも、盛大に、晴れやかに!」


「うん、ありがとう」



 御者台の従者が、荷台を振り返って声をかけてきた。


「お嬢、もう少し先で瞬間移動しますから、今のうちに食べちまってくださいよ!」

「分かったわ!」



 今日の面会で、ゲブリル・リバーズが婚約破棄を言い出すことと、自分の養父母が了承していることを、ローザは事前に把握していた。


 もともとローザの望まない婚約で、金に目のない俗物の養父母が勝手に決めたものだった。


 だいぶ格上のリバーズ家が抱えた負債を少しばかり肩代わりする代わりに、姻戚関係となることで、利権のおこぼれに与かりつつ、社交の場で注目を集めようという、下卑た話だった。


 けれども、ゲブリル・リバーズは、幼馴染のルーシェと内々に結婚の約束をしていて、そのことで自分の両親と揉めていた。


 ルーシェの両親は特に貧しいわけではなかったが、借金を肩代わりをしてまで、高慢な振る舞いの多いリバーズ家の人々と繋がりたいとは思わず、むしろ愛娘の嫁ぎ先としては、敬遠したいと考えていた。


 そんなわけで、愛する女性と引き裂かれそうになって焦ったゲブリル・リバーズは、ローザ側の有責で婚約破棄するために、ローザに不埒な噂を立てて評判を落とすという、実に姑息な作戦を思いつく。


 夜会などで誰彼となく人をつかまえて、ローザについて有る事無い事、というか、ほとんど無い事ばかりを言いふらすという、行き当たりばったりばったりの品のない作戦だったのに、意外にもそれが大成功し、ゲブリルの両親が婚約破棄を命じるという結果になった。


 ローザの養父母は、令嬢としての値打ちの下落したローザを、資産家のやもめ貴族に売り飛ばし、その金の一部をリバーズ家への慰謝料に充てる算段をしはじめた。もちろん、このままリバーズ家との婚約にしがみついて怒りを買うよりも、そちらの方が儲かると計算してのことである。



 そこまでの情報をつかんだ時点で、ローザは養家を捨てる決意を固め、信頼する従者や侍女たちとともに、出奔する準備を始めた。


 持てる限りの私物と隠し資産を持って、速やかに隣国へ逃げ落ち、そこで生活の基盤を作る。


 ゲブリル・リバーズとの話し合いが終わったら、その足で逃走するつもりだったので、密かに購入していた幌付きの大きな荷馬車に、逃走用の物資を積んで、リバーズ邸の近くで待たせていた。


 逃走劇には、従者のネイト、侍女のマーサとリビーの三人が同行することになっていた。


 養父母の家の使用人たち全員が、ローザと一緒に隣国に行きたがったのだけど、生活基盤ができるまでは、どう考えても無理がある。


 真夜中の納屋に、執事から庭師までを含む三十余名が集合し、恨みっこなしという誓いを立てた上で、くじ引きを敢行。三人の初期人員を決めたけれども、明け方まで声無き怨嗟が屋敷中に飛び交っていたとか、いないとか。


 養父母のろくでもない思惑に振り回されない普通の生活を夢見て、ローザは幼いころから、血の滲むような努力を続けて来た。


 生きるための知識と力を貪欲に身につけ、資金を得る手段をいくつも獲得し、信頼できる味方を増やしていった。


 その夢の新生活に、あと少しで手が届くのだ。


 というわけで、ローザとしては逃走の日を心待ちにしていたのだが……。


 ゲブリル・リバーズの怒鳴り声で蘇ってしまった、前世の記憶のせいで、ローザは想定外の悩みを抱え込むことになってしまった。



(邪神の私を倒した変態皇子の国って、隣国なのよね。まさか、もう生きてないとは思うけど…)





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