(3)試作と代案
屋敷中で新プロジェクトが立ち上がりつつあることを知らないローザは、ガゼボでお茶とケーキを楽しみながら、側に控えているマーサに、自分の案を話し始めた。
「ねえマーサ、液体魔法のストックもだいぶあるし、しっかりした拠点も出来たから、何か新しいことを初めてみたいんだけど、どう思う?」
「とても良いと思いますよ。ローザ様が楽しめそうなことでしたら、皆もきっと喜びます。ちなみに、どんなことをご計画されてるんですか?」
「あのね、アクセサリーとか、お人形さんとか、作ってみたいんだ」
「それは、裁縫や小物細工の得意な者たちが大喜びしますね」
裁縫室方面から歓声が聞こえてきた。
厨房からは『くううううっ』『そっちに行ったか』という悔しげな念話が、武器庫からは、『聖剣をモチーフにしたブローチとかなら、イケるんじゃねーか?』などと相談する念話が漏れ出ているが、ローザには聞こえていない。
「あ、でもみんなの手を煩わすつもりはないんだ」
「ローザ様お一人で、なさるおつもりですか?」
「全部一人っていうのは少し寂しいけど、ほとんどの作業は私だけでできるし、量産も可能だよ」
「もしかして、新しい魔術を開発なさいました?」
「うん。前の家にいたころから、創生や成型の魔術の練習はしてたんだけど、そろそろ物になりそうなんだ。見てて」
ローザは、空いている椅子の座面にら両手をかざすような仕草をしながら、小声で詠唱した。
「我は請い願う、レクス王子様の素敵なお人形…」
ずんもももももも…
妙な音と共に、椅子の上に真っ黒な煙が立ち上り、中から人形が現れた。
「ごめん! 失敗しちゃった! 大きすぎたわ」
「これは……等身大のアレクシス皇子ですね。しかも全裸」
「違うの! 昔読んだ絵本に出てきたレクス王子のつもりなの」
「ローザ様、あの絵本の中の王子は、アレ…いえ、アレクシス皇子殿下のお姿とそっくりでしたよ」
「…そういえば、そうだったよね。何で忘れてたんだろう」
「些細なことだからでしょう」
「そうかな……あれ、なんか動悸がしてきた」
「ローザ様! お顔が赤くなって…お熱があるようです。お部屋に戻りましょう」
「風邪でも引いたかな」
「引越しのお疲れもあるのでしょう。ご無理はいけません。お夕食まで、少し横になってお休みください」
「ごめん、そうする…あ、王子人形、どうしよう」
「誰かに破棄、いえ、今日の掃除班に片付けさせておきますよ」
「お洋服着せてあげなきゃ、寒そう」
「裁縫班が何か着せてくれるでしょうから、ご心配いりませんよ」
「分かった。お洋服着せてもらったら、部屋に運んで来てもらえるかな」
「え、コレを、ローザ様のお部屋に置かれるのですか」
「ええと、ほら、アレクシス皇子殿下の存在に慣れるために、ちょうどいいんじゃないかって…」
「無理に慣れようとなさらなくても」
「真剣に求婚してくださってる方だから、私もきちんと向き合いたいの」
「はあ、分かりました。裁縫班に、よくお願いしておきましょう」
「うん、よろしくね、マーサ」
ローザが自室の寝台に横になった頃、裁縫室では、侍女たちが半目で人形を眺めていた。
「うっわー、真っ裸の等身大皇子、ほんとにきちゃったよ…」
「微に入り細に入り、似てるよね…」
「パッと見、ほぼ本人じゃん」
「素っ裸じゃなきゃね」
「見た感じ、皮膚にそっくりなんだけど、これって材質、なんなんだろ」
「触ってみたら?」
「やだ、キモい」
「で、どうする、これ」
「サラシでも巻いとこう」
「お嬢の部屋に飾るんだよ。サラシじゃダメでしょ」
「じゃ、寝袋。頭から突っ込めば、余計なモノも見えなくなる」
「服じゃないじゃん」
「つっても、こいつにまともな服を縫うのも、気乗りしないよね」
「アレとそっくりじゃなかったら、いい人体模型なんだけどね」
「人体模型……あ、そうだ。いっそのこと、等身大の人体模型を作って売るのって、どうかな」
「アレの?」
「いや、アレじゃなくてもさ、人気の舞台女優とか、いにしえの勇者さまとか、欲しがる人っていそうじゃない?」
「こんなデカいの、家にあったら邪魔だって」
「冒険者ギルドとか、観光地の宿屋とかなら、人寄せになりそうじゃん」
「あ、なるほど」
「そういう人形なら、衣装作るのも楽しそうだよね」
「……あのさ、ちょっと気づいちゃったんだけど」
「なに」
「本人たちに何もかもそっくりな、等身大の全裸人形なんてものが製造できると知っちゃったら、極秘裏にものすごーく欲しがりそうな組織とか商売とか、特殊なご趣味の界隈とかが、あるよね」
「あー」
「ダメだね、この案、没だわ」
「うん。お嬢をいかがわしい商売に関わらせたら、裁縫班全員、執事長にシメられる」
「儲かりそうなんだけどなあ」
「やっぱり最初の案で行こうよ。サイズが小さければ、いかがわしくないって」
「だね」
そのころ帝都の某所では、遠見の魔術を使用中のアレクシス皇子が、ため息をつきながら、秘書に指示を出していた。
「いますぐに、僕の衣装を一式、裁縫班に届けて来て」
「一式とは」
「普段着は多いほうがいいかな。季節に合わせて着替えられるようにしとかないと。デート用の外出着は、昼用と夜用を一着づつ。式典用と夜会用は、それぞれ最高級のものを。あとは寝巻きと、鍛錬用の服と、靴や装身具もそれぞれに合わせて。あ、もちろんローザの分もね」
「……やりすぎでは?」
「何を言うのさ。これまで何百年も、彼女に何もしてあげられなかったことを考えたら、全然足りないよ」
「それは分かりますが」
「じゃ、頼んだよ。僕はそろそろ出国しないとだから」
「デミグリッド王国に、直接向かわれますか?」
「いや、あの国がちょっかい出そうとしてる国のほうへ行く。その方が穏便に済みそうだ」
「どうかお気をつけて。お早いお戻りを期待しております」
「ああ、待たせるつもりはないよ。ローザにお土産も買ってこなくちゃ」
アレクシス皇子の転移を見届けてから、秘書のテオは小声でつぶやいた。
「着替えを担当させられる侍女たちに、恨まれるだろうなあ、俺…」




