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悪役令嬢は、昨日隣国へ出荷されました。  作者: ねこたまりん
業務日誌(二冊目)
11/24

(1)問題提起

「ねえリビー、ちょっと教えてほしいことがあるの」


 城の地下に設置された魔導工房で、液体魔力作りに勤しんでいたローザは、ふと手を止めて、侍女に声をかけた。


「なんでしょう、ローザ様」


「恋すると、人はどんな気持ちになるものなのかな」


 ピキピキピキーン!


 地上五階、地下一階の城全域に、無数の緊張の糸が張りつめる気配がした。


 若く有能な侍女であるリビーは、話の成り行きによっては血の雨が降ると確信した。


「ローザ様、まさか、恋をなさってるんですか!?」


「あ、違うのリビー! 私じゃなくて…ええと、例えばの話なんだけどね、誰かのことを考えると、動悸がしたり、落ち着かない気持ちになったりした場合、それって恋かもしれない?」


 城内の気配が不穏に練り上げられつつあるのを感じながら、リビーは慎重に言葉を選んだ。


「感じるのは、動悸と落ち着かなさだけです?」


「うーん、あとは、食欲が少し減ったりとか、眠りが少し浅かったりとか」


「胃のもたれとか、夢見の悪さなんかは、ありますか」


「あるかも……あ、本当に私のことじゃないのよ。一般論として、そんな状態を恋っていうのかどうかを、聞いてみたいなって思っただけなの」


「なるほど、分かりました」


 リビーは深く頷いた。


「私も、似たような状態になった覚えがありますよ」


「そうなの!? それって、どんな時だった?」


「知り合いの家に泊まったとき、夕食でアオグロマダラドクヤガエルの姿煮(すがたに)を出されたことがあって」


「ちょっと待って、何の姿煮?」


「アオグロマダラドクヤガエルです」


「それって確か、魔樹大森林とかに住んでる、絶滅危惧種じゃなかった?」


「そうですね」


「皮一切れで人一人が死ぬっていう猛毒のはずだけど、毒抜きは完璧だったの?」


「はい、それは大丈夫だったんですけど、アレの皮の色合いや模様は、はっきり言って食べ物とは言い難いじゃないですか。さすがの私でも、姿煮で出されると、なかなかキツいものがありました」


「確かに、見ただけで動悸がしそうよね」


「味はまずまずだったんですけど、精神的に胃もたれがして、その夜は夢見もすっごく悪くて」


「眠りも浅くなるよね、それは」


「ええ。ですから、ローザ様のおっしゃるような状態は、恋なんかじゃなくて、アオグロマダラドクヤガエルの姿煮との遭遇に相当するんじゃないかって、私は思います」


「なるほど…ありがとうリビー。すごく参考になったわ」


「お役に立てたならよかったです」


 会話の区切りとともに、城内の緊張が一気にゆるみ、地下の魔導工房はのどかな空気に包まれた。


「ローザ様、そろそろ休憩にしませんか?」


「そうね。今日のノルマは終わったし」


「ノルマだなんて…いまある液体魔力だけで、百年は遊んで暮らせるじゃないですか。ご無理なさる必要なんてないのに」


「でも、この先何があるか分からないし、どんなことにも対応できるようにしたいのよ。それにはやっぱり、お金って大事でしょ」


「ローザ様…」


 苦労人のローザには、蓄えを切り崩して暮らすという発想がない。


 幼い頃から必死でお金を稼いで、使用人たちを養いながら密かに逃走資金を貯めるという、ギリギリの暮らしを続けてきたせいで、定住する場所を得た今も、危機意識が抜けないのだ。


「それとね、ちょっと考えてるんだけど、液体魔力以外の物も、仕事として作ってみたいの」


「事業を増やすということですか?」


「うん。作れる物が一つだけって、潰しがきかない感じがするでしょ。せっかく魔導産業大国に移住したんだし、もう少し力を付けたいって思うのよ」


 さわさわさわさわ…と、城のあちこちで人の動く気配がするのを感じたリビーは、この場を早く切り上げて、自分も彼らと共に動くべきだと思った。


「分かりました。みんなもきっとローザ様のご意見に賛成しますよ」


「ほんと? リビーも?」


「当然です! どうせやるなら、楽しい事業にしましょうね、ローザ様」


「うん!」


「今日はガゼボで休憩なさいませんか? マーサさんが、ローザ様のお好きなケーキを用意するって、張り切ってましたよ」


「わあ、楽しみ!」


 話しているうちに、動悸や寝不足の原因だったアレクシス皇子のことなど、すっかり忘れたローザだった。


 彼女がガゼボに着く頃には、新事業のためのプロジェクトチームが城内各所で動き出していたのだが、ローザがそれに気づくことはなかった。






 帝都の某所では、遠見の魔術を使用中のアレクシス皇子が、秘書に指示を出していた。



「ローザの新プロジェクトに僕も確実に加われるように、うまく根回しをしておいて」


「…やれるだけ、やってみます」


「難しいことを頼んですまない。本当なら僕もすぐに動きたいんだけど、しばらく外遊しないといけないから……ああ、まったく煩わしいよ」


「例の国は、バイヤーを偽装してローザ様の液体魔力を押さえたら、すぐにも開戦したいようですからね」


「ローザの魔力を戦争なんかに使わせるわけないだろ。魔道ギルドのほうはどうなってる?」


「偽装バイヤーは、購入契約が遅々として進まないように、あの手この手で足止めされていますね」


「ギルド長にも苦労かけてるなあ……あの国のやつら、いっそ帝国(うち)に攻め込んでくれたら話が早いんだけどね。僕が一日で潰してやるのに」


「そうなるように仕向けることも可能ですが」


「だめだよ。たった一日でも戦争に巻き込まれるなんてことになったら、彼らは城ごとローザを帝国外に飛ばすだろ? せっかく手元に来てくれたんだ。もう二度と逃さないよ」


「束縛のお気持ちは、なるべく秘められたほうがよろしいかと。使用人の皆様の警戒レベルが上がるのは、得策ではありませんでしょう」


「まあね。でもローザも少しだけ、僕を意識してくれてるみたいだし、先行きは明るいよ」


「アオグロマダラドクヤガエルの姿煮に、意識を置き換えられていたようですが」


「それは言わないでくれ…」


「殿下も、ご苦労なさいますね…」


「僕の苦労を分かってくれるのって、君だけだよ…」


 皇子たちを極秘裏に監視しているローザの使用人が、見つめ合う二人の姿絵に、皇子の『君だけだよ…』という台詞を添えて、貴腐人たちの秘密倶楽部に持ち込むのは、この後まもなくのことだった。



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