08.安息
「隊長の1人を倒すなんて、スペアさんは強いんですねぇ!!」
憂鬱な私の脳に耳障りな声が響き渡る。この女のせいなのか、『呪い持ち』の能力の反動だろうか。頭が痛い。
「ああ、うん。強いんだよ、私は。」
「いやぁ、カーティもいい人を見つけたなぁ。こんな人材が裏通りに埋もれていたなんて!」
「そうそう、埋もれてたのよ」
こういう、話を捲し立てる人間は苦手だ。こいつを殺しても還元率は低いだろうな、と考える。
隣を歩く女はジェラと名乗った。身長はまあまあ高く、胸もでかい。ショートに切りそろえた髪を揺らしながら、私の腕をブンブンとふる。
ああ、頭がぐわんぐわんと揺れる。
すごい、すごい、私にはできない。私なんて。私をあげ比較する事で自虐する。紫色の目から、嫉妬心が伝わった。対して強くないんだろうな、心も実力も。
なんでこんなやつにも、身長が負けているんだろう。そんなに自分が嫌いなら、少しくらいご自慢の身長を分けてくれ。
人を殺すことはいつになっても慣れない。心が深く沈んでしまうのも仕方がないだろう。
そう考えながら、一つのことに気がつく。あ、そうか。『嫌国』民は、嫌うという感情を強く持つ。この娘は、自分が嫌いなんだ。
自分を嫌うという感情に特化している。
だから、弱い。
アンクシャとの戦闘にいたら瞬殺されるだろう。
『恐国』民であるアンクシャも、何かを恐れていた。不安がっていた。
感情大陸にいる限り、一つの感情を強く持つことになる。『楽国』にいるみんなは、常に楽しそうだった。パーション隊長は、戦闘を楽しんでいた。ルプレスさんも、プレスレスさんも、毎日が楽しそうだった。私は楽しめているだろうか。何を楽しめばいいのだろう。
眼帯をしている、右目が少し熱い。こう言う思考をすると、いつも熱くなる。
カーティは何が嫌いなのだろう。
「ヘイトは、何が嫌いだったのだろう」
「え?なんです?」
「なんでもない」
ジェラとは、壁を左回りをしながら、南西門を目指している。
彼女はヘイト達が呼んだ増援だった。
ヘイトたちが時間稼ぎに成功してジェラが間に合ってもなんの戦力にもならなかっただろうが。
私がアンクシャを一刀両断した時には、近くにいたようだ。目を輝かせて、私の元に駆け寄ってきた。それからずっとこの調子だ。
幸い、ヘイトたちを短刀『リーフ』で刺してまわっていたのは見られていないようだ。
慌てて前髪で左目を隠しので、黄金の目もバレていない。
左目は隠れ、右目は眼帯をしている私は、まるでアンクシャのようだ。
ヘイトたちは、アンクシャとの戦闘中に命を散らした、ということにした。彼らの死体は、他の裏通りの連中が運んでくれた。『嫌国』に持って帰るらしい。
彼女はペラペラと軽い言葉を叩きながら歩く。仲間が十五人も殺されたというのに、随分と陽気だった。
どうやら、戦争に参加することに慣れたらしい。仲間は死ぬし、敵も死ぬ。自分さえ死ななければ、お金が手に入って裕福な人生が手に入る。他人の死など二の次なのだ。ヘイトとも仲が良かったらしいが、「仕方がないことだよ」と彼女は言った。あっさりしている。
戦争とは、そういうものなのかもしれない。私はまだ子供なのだ。
仲間の死より、隊長を一人倒せたことの方が重要なようだ。
非公式招集の報酬は、二通りあるらしい。
一つは、個人単位の報酬。隊長クラスの人間を倒すと、上乗せされるらしい。個人で識別し、個別に配布される。
二つ目は、裏通りの全体の報酬。非公式招集で期待する成果を出すことができたら、報酬が上乗せされる。これは非公式招集に参加した人間に一律で配布される。
つまり、私がアンクシャを倒したことで、二つ目の報酬が増加されるということだ。ジェラの手に入る金額も増えた。
カーティはそれを見越していたのかもしれない。私を戦争に参加させ、活躍させることで国からもらえる報酬が増えるのだ。個人単位の報酬もカーティに譲渡することになっている。
二魔嫌士に会うためには、活躍が最低条件だ。警備隊から逃げ続けている私を見て、そこまで考えられたのなら大したものだ。
左回りに壁沿いを歩いていて、南西門についた頃だった。リベレが消滅させた門があった場所は仮拠点になっていた。
いくつもテントが立っていて、青い薔薇を胸元につけた裏通りの連中が大勢見張りをしている。敵国に仮拠点を作ることができるほど、進軍は成功しているようだ。
これだけの量のテントを運んできたとは思えない。アベレーンが光のゲートを使ってワープさせたのだろうか。魔法とは便利なものだ。
仮拠点には、知った顔がいた。と言っても、名前を知っている人間なんて、3人しかいないが。私とジェラに気が付いたのか、ピンク色の髪をした屈強な女がこちらに走ってくる。
「スペア!お前どこ行ってたんだよ!」
「ああ、カーティ。探したよ」
「探したじゃないよ!お前、急にいなくなるな!」
「ごめんごめん」
「死んだと思った…」
そういうカーティは心底安心したように、私を抱き抱える。彼女からはジェラのように邪心は感じられなかった。ただ、無事なことに安堵しただけ。
彼女の抱擁はなんだか恥ずかしかったが、不思議と不愉快ではなかった。
金銭的に利用しようと私に近づいたのは間違いないが、彼女も私のことを気に入っているのかもしれない。
そう考えると、憂鬱な私の気分は少し晴れた気がした。
「カーティも無事でよかったよ」
「当たり前だ」
「はは」
彼女は私が眼鏡をかけていないことに気が付いたのか、こっそりと魔法の眼鏡を渡してくれる。
予備があるとは用意周到だ。
「聞いてください!カーティ!私はヘイトに呼ばれてスペアさんを助けに行ったんですけどね。そこで私が見たのは…」
案の定、ジェラは自分のことのように私の活躍をカーティに説明し始める。
彼女の生き方そのものは鼻につくが、私の活躍を他人に広めることは悪くない。二魔嫌士に近づくためには、自分の活躍を周知させる必要がある。裏通りに現れた超新星として、売名しなくてはならなかったが、頼まずともジェラがそれを引き受けてくれた。
「そうかそうか、よくやった!スペア!」
「ふふん。で、これで二魔嫌士に会える?」
「一歩近づいたのは間違いないな。とはいえ、まだ無理だ。本隊と合流できてないからな」
「カーティは西門をに向かってたんじゃないの?正規軍に会いに行ったんじゃないの?」
正規軍は『恐国』の西門から攻めている。南西門と同じく、西門にも仮拠点が作られているだろう。二魔嫌士の二人がいるならば、進軍は間違いなく上手くいっているはずだ。
問題は、裏通りの方にあったらしい。カーティらは現れた隊長を1人倒したようだが、激戦だったようだ。敵軍との抗争で、西門まで進めなかったようだ。
そんな中にアンクシャが後ろから攻めてきたとなると、損害は計り知れなかっただろう。逆走していたヘイト達はやはり重役だったのだ。
西門に行けば、物理的に二魔嫌士に会えるだろう。
ただ、国の重鎮だ。仮拠点の中でも最深部にいるだろうし、今の私でも門前払いだ。
もっと名声を集めなくては。
「つまり、明日以降も西門に向かう。そして、そこで活躍する必要があるってことかな?」
「まあ、そういうことだな。ただ…」
カーティは声を潜めて続ける。
「命あっての人生、という事は忘れるなよ?」
「どういう事?」
「今回の戦争は今までとは違う。やはり、『恐国』に直接入るのは敵の強さも警戒度も段違いだ。『恐国』の隊長がこんなに来るのは初めてだ。今は上手くいっているが、いつ崩壊するかわからない」
「危なくなったら逃げていいってこと?」
「そうだな。私のことも気にしなくていいぞ。生きてたら報酬をもらうからな」
「随分と親切じゃないの」
「雇われの身でいうのもあれだが、『嫌国』と『恐国』の戦争だ。『楽国』民であるスペアは関係ないだろ?」
「ふうん。まあ、そうもいかないのよ」
「どういうことだ?」
個人的には、任務と命など天秤に掛けるまでもない。ましてや、『嫌国』が勝とうが負けようがどちらでもいい。私には関係のないことだ。
ただ、それは個人的な意見だ。今は個人の考えで動いていい立場じゃない。
カーティに任務について話す予定は無かったが、彼女は本当に『良い』奴だ。事実を話すことがせめての誠意になるだろう。
「私は『楽国』の任務で二魔嫌士に会いに来たのよ。何が目的かわかる?」
「うーん。最初は増援を求めに来たんじゃないかと思ったんだけどなぁ。『楽国』と『嫌国』はそこまで仲が悪いわけじゃないし。でも、やり方が雑すぎるでしょ?」
彼女はテントの天井を見ながら、思考を巡らせる。と言っても、彼女の言っている事はほとんど正解だ。警備隊に追われるくらい雑に『嫌国』に侵入した私が、『楽国』の使者とは考えにくい、というのが引っかかる要素のようだ。
「そう。二魔嫌士と一緒に『怒国』を攻めに行きたいのよ。奇襲で」
私みたいな少女が、一人で『嫌国』に来たのには理由がある。その背景にあるのは、やはり戦争だ。
『嫌国』と同じく、『楽国』と『怒国』も戦争をしている。お互いが国境の付近で激しい戦いを繰り広げ、戦争が終わる気配はない。
『楽国』は北と西が海に面していて、東側に『怒国』、南側に『嫌国』がある。『楽国』は『嫌国』が攻めてこないことを分かり切っているから、東側の『怒国』だけに集中しているわけだ。
『怒国』と『恐国』も隣り合っているが、この二国が仲が良いという話は聞かない。『恐国』は、『悲国』を含む3国に囲まれていて、逃げ場が無い。常に漁夫の利をしてくる国を警戒しなければならない。
そして、私が一人で来た理由は、『楽国』にそこまで余裕が無いからだ。『怒国』は強く、『楽国』は劣勢だ。『恐国』のように本土に攻め込まれるまで追い詰められているわけでは無いが、まともな使者を用意する時間はない。
そこで選ばれたのが、私だ。他人の命を自分の力に変える『呪い持ち』の力に目覚めた私は、計算外の戦力だった。戦闘力は上がり続けるので、1人で『嫌国』に送ることもできる。湧いて出てきた、使いやすい駒というわけだ。
『怒国』の四怒将の1人でも倒せれば戦況は変わる。そして、彼らとまともに戦えるのは『楽国』の三剣士、『嫌国』の二魔嫌士くらいなものだ。
私が二魔嫌士を連れて『怒国』を攻めることができたら、一気に優勢になる。
「というわけなのよ」
「どこもかしこも戦争ばかりだなぁ。感情大陸に平和な場所はないのかね」
「平和を作るために、戦っているんだろ?」
私たちの背後から、男の声が響く。一度聞いたことのある声だった。振り向くと、やはりその男がいた。
リベレ。裏通りの中でもその容姿は輝いて見える。貴族のように整った身なりに加え、夜にその金髪を見ると星空を見ているようだった…。と、私が詩的に彼を表現するのも無理はない。
彼の魔法に魅了されたのだ。一瞬にして、城壁を消すあの魔法。逆再生をするように、木々は若々しく散って行った。あれぞ、魔法だ。私にはできないその力。。彼に注目してしまうのは仕方がない。
決して、私が面食いだからではない。
「やあ、リベレ。今回もお手柄だったらしいな」
「そういうカーティこそ、隊長を倒したらしいじゃないか」
「みんながいたから勝てたんだよ」
「で、スペアだっけ?お前も隊長を1人殺したとか。しかも1人で」
みんながいたから勝てたんだよ、と言いたいのはカーティではなく私の方だ。ヘイト達が居なかったらあの場で死んでいた。
リベレにも私の活躍をジェラのように言い回ってもらわなければならない。彼の影響力は、裏通りの中でもトップクラスだろう。二魔嫌士に近づくためには、彼にも頑張ってもらわなければならない。
「そうなのよ。私は強いのよ」
「ふうん。頼もしいね。明日はよろしく頼むよ」
「明日って?」
「聞いてないのか?明日は、一気に本軍と合流する。リパグーの馬鹿と俺たち全員で、西門に直行だ」