82.二者択一2
私も、自分の体力が限界に近づいていることくらいわかっていた。
このまま、このまま魔法を使い続ければ、体中の血液が無くなってしまうかもしれない。体は指先一つ動かせないし、声を出すのも精一杯だった。
それでも、やらなければならない。
感情大陸を滅ぼす。自分の生まれてきた意味を証明する。
その後何をするか、色々考えていた。
やりたいこともたくさんあって、話したいこともたくさんあった。
ここで死ぬということは、何もできないというわけだけど。
たくさん人を殺してきた私が、そこまで求めるのは、強欲だろう。
だからこそ、まだリべレには来てほしくなかった。
感情大陸崩壊後でないと、彼の顔は見たくなかった。
彼は、ひどく狼狽した様子で、魔法の中断を迫る。
このままだと、死んでしまう。自分の治療に魔力を使え、と。
だけど、そんなことはわかっている。わかっているからこそ、止められないのだ。
今、魔法を止めると、次にいつ力を使えるかわからない。それに、気持ちは固まっている。
後一歩で、世界を終わらせられる魔法を撃てるのだ。
「もういい。わかった」
突然、リべレは冷たげに言い放った。彼の瞳から焦りは消え、紫色の鋭い目線は、デスペアを見下ろす。
「お前がここまでめんどくさい女だとは思わなかった」
「あ…え?」
「スペア、勘違いするなよ。感情大陸が崩壊するとかしないとか、俺にとってはどうでもいいんだ」
思わず、息を飲み込んで、血液が詰まりむせる。
この男は今、何て言った?
「許せないのは、スペアが感情大陸を崩壊させる、その一点だけだ」
「わけのわからないことを言って、混乱させるつもり?」
「違う。叛逆者として、スペアが兵器になるのが許せない。嫌だ」
まっすぐな瞳で、リべレは言葉を続ける。
「そんなスペアの姿を、俺は見たくない」
その言葉は、周囲に鳴り響くどの音よりも小さかった。
吹き込む暴風よりも、打ち付ける豪雨よりも小さな声。
だけど、私の耳には、彼の言葉しか聞こえていなかった。
そう。
そうなのよ。
彼は叛逆者。決められた道から、覚悟から、死者の呪いから、叛逆する男。
そういう男なのだ。
ーーだから、まだ会いたくなかったのに。
「なんか、愛の告白みたいね」
「そうだ。これは愛の告白だ」
「へ」
リべレは表情を崩さない。そのままの表情で、デスペアの天に突き上げている手を取る。
「スペア、お前のことが好きだ。だから、二度と決められた道を進むな。人を殺すな。大陸は崩壊させるな。後は、俺に任せておけ」
ああ、この瞳だ。
叛逆者の瞳。
この瞳が欲しくて、私も叛逆者になりたくて。
だから、彼の事が気になって仕方がなかったのだ。
こんなに、幸せでいいのか。
決められた人生から叛逆していいのだろうか。生まれてきた意味を否定して生きていいのだろうか。
「私は、私も…」
大陸を崩壊させるために天に向けていた右腕に力を入れる。ゆっくりと魔力を抜き始め、崩壊の雨を止めようとする。
「私も、リべレのこと…が…」
ーー好き。リべレの事が好き
そう口にしたかった。だけど、言葉は続かない。
ーーなんで
いや、『なんで』という問いは適切ではない。なぜなら当然だからだ。
彼女が、巨大軍艦の五階にいるのは、当たり前だ。
ただ、私が信じたくなかっただけ。リべレと二人きりの空間に、割って入ってほしくなかっただけ。
そこにいて欲しくなかっただけのことなのだ。
リべレしか見ていなかったから。彼女の接近に全く気が付かなかった。
彼の背後にぬるりと姿を現した人影。
ウェーブ状に伸ばした黄金の髪、薄い色の付いた丸眼鏡、その奥に見える、鋭い黄金の瞳。
彼女の名前は楽王。
王室のある五階に再び姿を現した。しかし、彼女にしては珍しく、全く笑っていなかった。黄金の瞳を細目、冷徹な表情でリべレを見下ろす。
彼女の右手には、『黒い何か』が持たれていた。筒のような黒い物体の穴は、地獄の闇に繋がっているかのように暗く、不吉だった。
「リべレ!!!」
私の視線が自分に向けられていないことに気が付き、リべレは叫び声と同時に振り返る。
振り返る瞬間に叛逆の一滴を生み出し、槍上に変化させる。
楽王は、その様子を無言で見ていた。そのまま『黒い何か』に引っ掛けていた指を、自身の体のほうに引き寄せる。
直後に鳴り響く、不気味な爆発音。
楽王の持つ『黒い何か』とリべレの出した叛逆の一滴は、放たれた。
同時にお互いに向かって。




