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76.魔王デスペア2


 雨が降り始め、海が揺らめき、大地が震え始めたころ。

 デスペアは、大陸を鎮めるために力を送るために天に掲げていた両手をおろす。

 指輪を触り、大剣を出現させる。巨大軍艦に乗ってから、初めての臨戦態勢をとる。



「良い目をするようになったな」



 『震駭』テラーは、冷徹な表情を浮かべたまま、甲板に降り立った。


 

 『震駭』テラーは中部戦争で会った少女の変わり果てた姿を見る。

 艶のある黒髪は金色に。眼帯を外した藍色の右目に、光り輝く黄金の左目。

 そして何より、覚悟の決まった両目。


「久しぶりねぇ」


 声をかけたのはデスペアだった。邪魔をされたことによる不快感や、出方を探る様子はない。

 大剣を構え、臨戦態勢をとっている。一歩踏み出せば相手を両断する間合いを取りながらも、デスペアの表情はとても穏やかだった。


「テラー、貴方に聞きたかったことがあるのよ」

「何だ」


 逆に、拍子抜けしたのはテラーの方だった。天変地異を引き起こす巨大な魔法。それだけの『絶望』を与えられた少女は、とっくに壊れていると思っていたからだ。


 二つの感情を持つ歪な存在で、

 楽国から仲間を殺すことを強いられ、

 その事実に気がついてもなお従う哀れな少女が、絶望に耐え切れるはずがない。

 幾つもの絶望を与えられ、精神を徹底的に破壊され、絶望に絶望を重ねた結果、楽国を海に沈めるほどの力を手に入れたはずだ。

 操り人形のように廃人になっているだろうと考えていた。


 あれ程の大技を使うには、いくつか制限があると考えていたテラーは、魔法の準備段階での奇襲を考えていた。つまり、雨が降り始めたタイミング。その瞬間に巨大軍艦に乗り込み、抵抗する隙も与えずに殺す予定だった。



 だが、目の前に立つ少女は違った。

 誰かに従っているわけではない。

 命令されているわけでもない。


 自分の意思を持って、『覚悟』を持って。

 世界を滅ぼさんとしているものがそこにはいた。



 テラーは巨大軍艦に降り立ち、彼女を見た瞬間に己の計画を変更した。奇襲は辞めた。


 生まれたのは、純粋な興味。

 あの少女は、『覚悟』を持ってどう変わったのだろう。

 何を考えたら、感情大陸崩壊を遂行しようと考えたのか。

 任務や祖国のためではない。一人の男として、目の前の少女に興味を持った。



 彼は懐から種子を取り出し、魔力を込める。種は割れ、深緑の色をした若木へと成長した。それが、彼の臨戦態勢だった。

 その上で、腕を組む。右手でぷらぷらと若木を振りながら、深緑の瞳でデスペアを見る。


 デスペアはテラーが会話をする気になったことに喜び、話を続ける。


「何で、私を生かしたの?」

「意味がわからないが」

「今ならわかる。中部戦争の時、貴方は手加減をしていた。本気を出せば私なんて瞬殺できた。なのに、貴方は殺す相手を選別していた」



 『震駭』テラーが現れた時、まず最初にリベレが殺された。彼の首は胴体から離れ、抵抗する隙も与えなかった。

 攻撃は、隣にいる私には何故か当たらなかった。リベレにだけ、斬撃を飛ばした。その後も、テラーは私との対話を試みていた。


 彼は、裏通りの人間を容赦なく殺していた。なのに、二魔嫌士らが登場してからは一人も殺していないらしい。

 リベレは、あえて殺さず恐怖を与えることで恐国の強化を図ったと考えていた。

 しかし、それでは納得ができない。

 明確に、殺す相手の選別を行っていたはずだ。



 

 『震駭』テラーのことを、もっと理解したい。




 でないと、テラーの『想い』を引き継げない。覚悟を決めて戦う男を今から殺す。そのために、理解が必要なのだ。 



「貴方は、何のために戦っていたの?なぜそこまで強いの?」



 その問いに、テラーは空を仰ぐ。虚空を見つめながら、呟く。



「俺の親友に、運命に囚われた男がいた。王の血を引き、恐国を守る義務を与えられ、感情大陸崩壊に恐怖し続ける男だ。あいつは、自分の決められた運命を呪いながらも、感情に身を任せていた」

「うん」

「その親友と…、恐王と、お前を重ねていた。王の血を引き、感情大陸を崩壊させる義務を与えられた哀れな少女。仲間を殺す度に絶望し、着々と感情大陸崩壊までの道のりを進めて行く」



 にやりと頬を釣り上げ、デスペアに目線を移す。



「だが、それは杞憂だったようだ。自らの意思で感情大陸を崩壊させる。その『覚悟』が目から見てとれる。お前は絶望に浸る事もなく、狂喜に酔いしれる事もしなかった。感情に流されず、自らが人間である道を選んだ」

「そういうことよ」

「これで、安心してお前を殺せるというわけだ。質問は終わりか?」

「そうね、大体わかったわ。貴方のこと」


 雨は降り続ける。一定のリズムで床を叩き、雲は広がる。


「最後に、問いに答えよ」

「どうぞ」

「これまでの戦い、何を想う」



 デスペアは人差し指を頬に当て、思考する。



「たくさんの仲間を殺したし、仲間に助けられたりもした。そのことは何度も後悔したし、泣いたりもした。でも、『想い』は受け継がれる。パーションさん、カーティ、ルプレスさん、プレスレスさん、孤児院のみんな。数えきれないほどの死者の想いを受け継ぐ」


「私は一人じゃない。私が殺したみんなは、私の心の中で生きてるんだ。今までも、これからも」


「そして、今から私に殺されるあなたも、意思は受け継ぐ」



 少女の告白は終わり、沈黙が訪れる。男は噛みしめるように少女の言葉に対して頷き、彼女のことを理解した。思わず、笑いがこぼれる。



「くっくっ。魔王のような考えだな」

「いいじゃない。魔王。かっこよくて」

「改めて名前を聞こうじゃないか」



 デスペアは握りしめていた大剣を地面に刺し、両手を天に掲げる。それは、会話の終わりを意味し、戦いの始まりだった。



「私はデスペア。ただのデスペアよ」

「我はテラー。一人の人間として、デスペア、お前を屠ろう」


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