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70.無限牢獄迷宮3

 怒王がここにいる、というのは何もおかしなことではない。

 むしろ、彼こそここにいるべき存在だ。


 昨夜、四怒将を引き連れた怒王は都市ピスを強襲し、都市センに侵攻してきた。

 その際、都市ピス上空で嫌王と通信をしていたリパグーたちは先制攻撃を食らい、そのまま戦いが始まった。


 怒王の異常なほど高い身体能力と、高火力の炎、物理法則を無視した動きは、紛れもなく最強格の実力だった。

 リパグーとワンダーが魔法使いでなく、純粋な力で戦う戦士だったら決着は一瞬だっただろう。

 『嫌気』の浮遊魔法と、『感嘆』の金操魔法、加えて二人の連携があってこそ、多少の時間稼ぎに成功していた。彼女たちはエクスの到着を待っていたが、その前に天変地異が起きた。

 巨大な津波に怒王が飲み込まれるところまでが、リパグーが見た最後の瞬間だった。


「お前らも無事だったんだな」


 少し前まで殺し合いをしていた相手だとは思えないくらい、彼は自然に話してくる。

 こちら側としては、近づきたくもない相手だというのに。


「ふん!捕まってていい気味にゃ!」


 ワンダーはげしげしと怒王との間にある格子を蹴る。

 彼女の怒りは最もだ。スペアに着いてきて流れで怒国と戦ったリパグーとは違う。

 楽国出身のワンダーは、一年間怒王と戦争をしてきたのだ。敵の大将を憎むのは当然とも言える。


「んん?」



ーー待てよ



 この状況はおかしい。

 ただ、怒王の攻撃に応戦していただけだ。親友のために最強格の敵に魔法を撃っていた。

 結果的に、都市センを守る動きをしていたのだ。

 なぜ、怒王もリパグーも、両方とも投獄されているのだ。あの戦いはなんだったのか。


「…。ワンダー、鍵かして」

「にゃ?」

「こいつを解放させるわよ」

「な、何言ってるにゃ!こんなやつ、一生独房の中にいるべきにゃ」


 ワンダーは再びげしげしと格子を蹴る。怒王はにやにやと笑いながら、ワンダーの神経を逆撫でし続ける。


「こいつは楽国の敵かもしれないけどさ。そもそも怒国が怒っているのって、『与楽』に対してでしょ?敵の敵は味方じゃない?」

「ほう、三剣士ワンダーはアホで話にならんが、お前は頭が回るようだな。その紫色の瞳、まさか、お前が『嫌気』リパグーか?」

「誰がアホにゃ!」


 鎖をガチャガチャと揺らしながら、怒王は続ける。


「話はアーギュから聞いている。俺たち怒国は、嫌国と同盟を組んだ。協力して『与楽』を倒す仲間だとな」

「はぁ?じゃあ、なんで私にも攻撃したのよ!」

「はっはー。味方よりも敵の数の方が多いからな。出会ったやつはぶっ飛ばすことにしてるんだ。味方が一人増えるより、敵が二人減ったほうがいいだろう?」


ーーアホだ…


 この男、アホである。危うく死ぬところだったというのに、彼は大笑いするだけだった。

 全くもって緊張感のない男でだ。


 だが、強さだけは本物だ。

 文句を言い続けるワンダーを無視し、黄金の鍵を奪う。牢獄を開き、無数の鎖を解錠する。鎖の山を抜けて、男は通路に現れた。


「あんたなら、鎖ぐらい引きちぎりそうだけど…」

「そんな力ねーよ。鍛えてないから、身体能力は並の人間と同じだ。魔法さえ使えれば、仮想筋肉で船ごと破壊できるけどな」


 言われてみれば、怒王は細身の男だ。筋肉もさし付いていない。努力が嫌いなんだ、と彼は笑った。

 よく笑う男だ。胡散臭い笑顔と、清潔感のない髪がなければ、ナイスガイなのだが。


「ところで少年、声が聞こえると言っていたな。何と言っている?」

「うぇっ」



 先ほどまで仲が悪かったワンダーの後ろに隠れ、腰から顔だけ出す。スタンは、怒王に怯えながら答える。



「ええと、女の人の声で、『こっちにきて、顔を見せて』って…」

「ほう。今も聞こえるのか?」

「うん…。『こっち、こっち』だって」


 スタンは前方に指を刺し、あっちから聞こえると告げた。

 勿論、彼が指を刺した先には牢獄があり、迷宮が続いている。


 その方向を見た怒王は、左手で自身の右肩をぽんぽんとたたき、牢獄に向かって歩く。そのまま右手を振り上げ、斜めに突き落とす。

 拳は鉄製の壁を突き破り、大きな音とともに穴が開く。


「なっ」


 穴の先には、再び同じ景色が続いてた。牢獄が単調に並ぶ廊下に繋がる。

 怒王は首をポキポキ鳴らしながら跳躍し、そのまま天に向かって拳を突き上げる。爆発とともに、天井が凹む。何度も同じ場所を叩き、数秒で風穴が空いた。

 懸垂をするかのように穴から上に登った怒王は、すぐに降りてきた。


「ふむ。確かに、この階層は迷宮になっているようだな。二階という概念はなく、上下左右前後、全て牢獄迷宮というわけか」


ーーこれで魔法使ってないっていうの?


 純粋な力だけでも、この鉄製の壁を破壊できる。魔力が練れなくても、彼は最強だった。

 あの鎖だって、こいつは自力で解けたに違いない。

 何が筋肉は付いてない、だ。私たちを警戒させないように、わざと鎖を残していたに決まっている。



「少年。その声の元に案内してくれ。そいつが、この迷宮を作っている犯人だろう」

「え、あんた、知ってるの?」

「知るか。勘だ」



 怒王はズカズカと道を進む。

 ムカつくが、実力は信用できる。仲間になったと考えたら、これほど頼りになるやつはいない。

 怒王に置いてかれないよう、三人は走る。


「おい!助けてやったんだから、わーたちに従うにゃ。上下関係を忘れるにゃよ」

「おーけー、姉ちゃん」

「誰が姉ちゃんにゃ!!」



 ーーアホが二人になっただけじゃ…



 冷や汗をかきながら、頭を振る。

 今は、ここから脱出をすることが第一だ。

 三人を信じよう。



 四人は無限牢獄迷宮の探索を始めた。

 声が聞こえるというスタンの導きのもと、怒王が壁を壊して前に進む。

 見つかるかわからない、迷宮の出口に向かって進むのだ。



 巨大軍艦全体を深緑の海が襲い、ほとんどの人間が『恐怖』に魅入られている時も。

 迷宮にいた四人は影響を受けることなく意識を保っていた。


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