69.無限牢獄迷宮2
「何なんにゃこれはー!」
巨大軍艦一階、牢獄迷宮。
魔力を練ることもできず、通路は無限に広がっていく。
ワンダー、リパグーの二人は、彷徨い続けていた。
ワンダーの声は無限に続く通路に反響し、次第に小さくなっていく。
どれほど騒いでも、彼女が入ってきた入り口が帰ってくることはなかった。
「わーちゃんの国でしょ?一回も来たことないの?」
「あるわけないにゃ。牢獄が王宮地下にあることは知ってたけど、そもそも楽国に犯罪者はいないにゃ。だからここを使う機会なんてなかったの!!今思うと、アミューズのやつが国民を洗脳していたからだったにゃ!」
「許せん!」とワンダーは叫ぶ。
さまざまな国の人種が集まる楽園で、犯罪者が生まれたことはここ最近ない。
つまり、ワンダーもこの迷宮の脱出手段を知らないのだ。
ーーはぁ
親友の間抜けさに呆れながらも、リパグーは入念に調べる。
ワンダーはこの十字路のどこからか入ってきた。
出入り口は確実にこの周辺にある。
床、地面、壁。全てを細かく触り、調べる。
透過する壁というものが嫌国にはある。見た目は岩造りの壁にしか見えないが、視覚を騙しているだけというものだ。
無限牢獄迷宮の十字路は、他の鉄製の牢獄と同じく何一つ透過しない。この迷宮はやはり透過する壁は使われていない。本当に鉄製の壁が存在しているのだ。
無限に続く道と、魔力の練れない特殊な空間。その二つを同時に満たす一階は、どう言った原理で作られているのだろう。リパグーの知らない魔法?
ーーそれか、未知の技術
ルーゼンが死んだ『黒い兵器』も、あの部屋の中身も。
全てが未知の技術だ。
巨大軍艦はリパグーの想像の上を超えてくる。故に、理屈ではこの迷宮を突破できないのかもしれない。
「にゃ!!」
真剣に考察をしているリパグーを無視し、ワンダーは声を荒げる。
「りっちゃん!い、今の見たかにゃ?」
「何?出口でも見つけた?」
「子供がいたにゃ!」
「子供」
「そうにゃ。十歳くらいの男の子が、あっちの通路を走ってたにゃ!」
ワンダーは指さした方向に向かって走っていく。
「ちょ、ちょっと」
一歩リパグーが前に進むと、十字路が消え去った。出入り口の手がかりは失われた。
「ああ、もう!待ってよ!!」
子供。牢獄とは無関係の象徴のような存在が、ここにいるわけがないだろう。と、一蹴するほど、ワンダーは常識知らずではない。こういう時にふざけるような奴ではないのだ。
走ること数分。
前へ進むほど、牢獄は作られていく。最初は同じ風景が続いたが、次第にそれは見えてきた。
髪の黒い、少年。汗をかきながら、前に向かって全速力で走っている。
ワンダーから逃げているわけではない。夢中で走っている彼は、追いかけている二人に気がついていないのかもしれない。
追いついたワンダーは、少年の両脇に手を挟み持ち上げる。
「ほら!」
魚を釣りあげたかのように、少年を高らかに掲げる。黒髪の少年は手足をバタバタさせながら、激しく抵抗する。
「おい!はなせ!!」
「早くここから出すにゃ!犯人め!」
「俺が犯人?ちげーよ!!」
「じゃあ、何で子供がいるにゃ!」
「知るか!」
本当に子供がいた。
黒髪に鋭い目つきの少年は、犬のようにワンダーの手を噛みつく。情けない声と共に手を離したワンダーを睨みながら、少年は叫ぶ。
「俺もこんなとこにいたくているんじゃない!」
「わーもにゃ!」
十歳くらいの少年と、二十二歳の大人の喧嘩は続く。
呼吸を整えながら、リパグーは少年を見た。
奇妙な少年だった。瞳の色が左右で違う。右目は黄金、左目は紫色。楽国民でも嫌国民でもない。
ーーん…?
左右の目の色が違う子供で、右目だけ黄金…
リパグーは、その話を最近よく聞いていた。リベレが宿として使っているところ。楽国に来てから、一度だけ訪れた孤児院。
「もしかして、スペアちゃんのところの子?」
「そうだ!って、俺はこんなところで話している場合じゃない!」
少年ーー国営孤児院の唯一の生き残りであるスタンは、騒ぎ立てる。
「声。声が聞こえたんだ。だから、行かなきゃ」
「声?」
「ほら、今だって聞こえるだろ!!」
スタンは、口を閉じ、聞き耳を立てる。そして目を見開き、再び走り出そうとする。それをワンダーが掴んで抑え、喧嘩を始める。彼女達は同じことを繰り返していた。
二人が馬鹿なのか、これも無限牢獄迷宮の影響なのか、わからない。おそらく前者だろうが。
二人を無視し耳を澄ます。
騒ぎ声以外に、何も聞こえない。ゴォという風が流れる音はすることから、確かに出口はあるはずだ。
ーーどういうことだ?
少年が嘘や適当を言っているようには見えない。
子供だけに聞こえる音とかそういうことか?それとも、魔法?
謎は深まるばかりだ。
だが、スタンは貴重な情報源だ。
彼からも情報を聞き、迷宮脱出の手がかりの一つにしなければならない。
そう考えていたリパグーの脳に、新たな声が響き渡る。
「おい、お前ら」
男だった。
スタンとは違い、明らかに声変わりしている男の太い声。
先ほどまでは一度も耳に入らなかったが、突如としてその声は聞こえた。
だが、リパグーは警戒心を最大限に上げた。
脱出の手がかりや、スタンのいう謎の声ではない。
その声の正体を、リパグーは知っている。
それはワンダーも同じだった。
掴んでいたスタンを優しくおろし、背中に隠す。ロングソードを抜き、臨戦態勢に入る。
その真剣な様子に、スタンも思わず無言になった。さっきまでの大人気ない大人ではなく、子供を守る戦士の姿だった。
リパグーも、魔力を練れないことを思い出し、ワンダーの後ろに隠れる。
「おいおいおい、そんなに警戒するなよ」
軽々しい言葉は、ワンダー達の神経を逆撫でした。
ーー警戒するなですって?
「警戒するに決まってるでしょ!出てきなさい!」
「俺は隠れてないぜ。お前達が見ようとしていないだけだ」
「何言ってるにゃ!出てこい!」
「いや、だから隠れてないって…」
男の呆れ声は、牢獄の中から聞こえた。
確かに、その男は逃げも隠れもしていなかった。
使われていないはずの無限に続く牢獄の中に、人が幽閉されていた。
全身を鎖で巻かれ、地面に固定されている。
手首は勿論、首の角度すら変えることができないだろう。
ぼさぼさな赤い髪に、ゆるい口角、地獄の業火のような赤い瞳はこの牢獄の景色に溶け込んでいた。
「ほら、もっとこっちこいよ。お前達の表情が見えねーじゃねーか」
楽国の敵、巨大軍艦攻略のキーマン。
怒王は軽快に笑った。




